Section 4. Restart!

また、朝が始まる



 話し合った結果、「チーム・ドリーマーズ」の集まりは一旦無くすことにした。このまま続けても埒が明かないから、と満場一致で可決されたのだ。


「なのに、どうして俺達がお前らに勉強を教えないといけないんだ」


 皮肉たっぷりに春貴が言うと、舞と祐司は申し訳なさそうに笑った。


 祐司がこのままの成績ではまずいということで、美咲と春貴に頼み込んで放課後勉強会を開くことになった。そこに舞も成績が不安だと打ち明けて、結局この四人で集まることになっていた。


「まあいいんじゃない? 大学受験するならって考えると元の趣旨にも沿ってるし」


 美咲が難しそうな数学の問題を解きながら言った。


 あの後、美咲は何度も親に頭を下げ、大学進学を認めてもらえたらしい。

 店を手伝いながら通うという条件付きではあるが、本気になればなんとかできちゃうもんなんだね、と三人に照れ臭く言っていた。舞は、少しだけ、彼女のまとうオーラが明るい色に変わったように思う。


「それに、舞ちゃんが赤点を取ったら可愛そうだしね」


「あ、ありがとうございます」


「おい、俺はいいのかよ」


「お前ら集中しろ。あと美咲も、そう言うなら自分の勉強だけじゃなくてちゃんと手伝え」


 なんだかんだで時に賑やかに、基本的には真面目に勉強会は行われていく。


 舞の毎日は満ち足りていた。

 美咲だけじゃなくて、自分だって今の自分の置かれた状況としっかり向き合ったおかげで、条件付きではあるが昔のように絵を描けるようになってきていた。

 京子や両親、お世話になった医者に伝えると、みな揃って心から祝福してくれた。そして学校に来たら、この三人や沙織のような友達と仲良く過ごすことができる。これ以上なく幸せな時間だと感じる。


 その夜、舞はいつものように夜更かしをし、いつものように散歩に出かけた。

 夜の始めに降っていた雨もすっかりやみ、暁の空には久々に星が望める。空を見ながらウキウキとした気分で歩き、いつもの場所に着くとレジャーシートを広げ、その上に座る。


 明けつつある空の下、じっくりと辺りを見回す。

 泥が混じって鈍色をしている川、雨に濡れた雑草、土の付いた石段。遠くには国道、商店街、マンション、遠景には青い山々。


 あの校舎の悪夢はすっかり見なくなっていた。どうすれば絵を描けるのだろうという焦りも、完全に消えた。

 今の自分が一番描きたいもの、どうしても人に見てほしいと思うもの。

 まっさらにした頭で、心動かされる瞬間を待って、感覚を研ぎ澄ます。


 しばらくそうしていると、対岸に見知った姿が見えた。舞は手を振って声を張り上げる。


「高崎くーん!」


 気付いてくれたようで、彼の方からも手を振り返してくれる。舞は嬉しくて胸を押さえた。


 数分後、こちらの岸まで来た彼は、舞と挨拶を交わして隣に座った。


「なるほど、レジャーシートか。地面が濡れてるし、考えたね」


「はい、家の掃除をしていたらちょうど出てきたので。使う機会もあまりないと思うので、お姉ちゃんに言って拝借しちゃいました」


 姉は、前の彼氏とピクニックに行ったときに買った物だと言っていた。二人用だと言い張っていたが、買った理由がそういうことだったからか、どう考えてもサイズが小さい。端どうしで座っても、なお腕が時々ぶつかってドキッとする。


「そうだ、三鷹さん。これ」


 祐司が差し出してきたのは、以前に貸したマンガだった。


「借りてすぐに読んでたんだけど、ちょっと返しそびれちゃってた。面白かったよ」


「本当ですか。それは嬉しいです」


 受け取って、両手で大事に包み込む。自分の好きな物を他人と共有できる幸せ。沙織のときも同じく興奮したけれど、今の舞はそのとき以上に喜びを感じていた。


 顔を上げると、祐司は何やら考え事をしている。目で尋ねると、ああ、と呟いて彼は言った。


「三鷹さん、漫画家とかどうかな」


「え、将来の夢、ですか」


「そう、漫画家。伝えたいものを伝えるって、まさにそのものじゃない」


 確かに漫画は好きだし、魅力的な職業だし、色々な絵を描けて楽しいかもしれない。だけど。


「無理、だと思います。私、ストーリーを考えたりするのはあまり得意じゃないので」


 絵で勝負する漫画家もいるかもしれないが、やはり基本はストーリーとキャラクター、二つの魅力が必要なはずだ。伏線たっぷりのストーリーなんて思いつかないし、一からキャラクターを考えるなんて三人くらいしか無理な気がする。


「うーん、じゃあさ。原作者は別で絵だけ描いていくっていうのは? 最近よくあるじゃん」


「確かに……でも、それって私の場合の『自分の描きたいもの』を描いていると言えるのでしょうか。何様という感じですが……原作者のアイデアにもし納得できなくなったら」


「うーん、そっか。面白いと思ったんだけどなあ」


 やがて全快すれば、たとえ気に入らないストーリーでも描けるようになるのかもしれない。ただ、ここまで回復できたのも、奇跡のような話だと思っていた。そんなところまで良くなるビジョンが、今は全く見えない。


 祐司は頭を悩ませていたが、急に顔を明るくする。


「それなら、自分の描きたいストーリーを作ってくれる原作者を引き寄せればいいんだよ。三鷹さんの画力で」


 えっ、と声が漏れる。


「そんなことって、できるんでしょうか」


「さあ、知らない。だけどできそうだと思うんだけどな、三鷹さんの絵の上手さなら」


 あまりにも真っ直ぐな褒め言葉に、なんだかぐんぐん自信が湧いてくる。ありがとうございます、と微笑んだ。

 そうか、漫画家、か。帰ったら一度調べてみようと思った。


「あ、ところでそのマンガの続き読んでみたいんだけど。本当に家、行っていいの?」


 少し照れ臭そうに祐司は言った。舞は密かに、やった、と思いながら予定を思い出す。


「大丈夫ですよ。では、今週の金曜日とかはどうでしょう。その日は姉も仕事が早く終わると言っていましたし」


「よし、それでいいよ。勉強会の日で美咲と春貴も空いてるはずだしな。俺の都合があるから着くのは七時前でいいかな」


 祐司は携帯を取り出してメモを取る。遠足のときに美咲に貰ったストラップが、ひょこひょこ揺れながら風景を透かしていて、思わず笑みがこぼれる。


「OK、じゃあそろそろ行くか。金曜日、楽しみにしてるよ」


「あ、待ってください」


 立ち去ろうとする彼を反射的に呼び止める。頭の上にクエスチョンマークを浮かべる彼になんと言おうか迷い、勇気を振り絞って笑みを浮かべた。


「頑張ってください」


 ぎこちなく、おお、と言って祐司は走っていく。

 後ろからの朝日に照らされて、舞はしばらくの間、彼の後ろ姿をじっと見つめ続けていた。



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