俺達の空を、晴らしにいこう
二日ぶりの「チーム・ドリーマーズ」の集まりを前にして、祐司の気分は重たかった。
めぐみに諭されて、美咲に謝ろうと決心はしたものの、やはり荷が重い。
美咲とは何度もケンカをしてきたが、それはお互いにどこまでなら本気のケンカにならないか、暗黙のうちにわかり合った上でのことだ。
小学校低学年の頃なんかは掴み合いになったりしたこともあったが、今回のように心を深く傷つけるのは初めてのことだった。
なかなか切り出すタイミングも掴めず一人で悶々としていると、あっという間に放課後になってしまった。
他の場所の掃除に行った三人を待つ間に、机をセッティングして一人で座る。
めぐみからは昨日、舞と共に彰彦の見舞いに行ったと聞いていた。そこで美咲と会い、話をしたとも。
めぐみを信じるなら、仲直りは上手くいくはずだ。だけど、どう切り出せばいいのだろう。
まず舞が、遅れて春貴と美咲が同時に教室に入ってくる。
美咲と一瞬目が合い、気まずくそらしてしまうと、彼女は黙って席に着いた。
四人の間に沈黙が流れる。外の雨の音や、どこかから聞こえる生徒の声や、時計の針の音が一々鬱陶しく感じられる。
きっかけを掴もうと、祐司は口を開いてみる。
「あ、美咲。昨日、めぐみが見舞い行ったんだってな」
「ええ、それと、舞ちゃんも」
再び沈黙が帰ってくる。たった一言、一言だけでいいはずなのに、どうしても言えない。
突然、舞が立ち上がり、自分の席へと向かった。
三人がぽかんとしながら眺めていると、彼女は机の中から何かを取り出し、恥ずかしそうに三人の前に差し出した。
「これ、見てください!」
ずっと黙って見守っていた春貴が、初めて口を開く。
「これって、例のスケッチブック?」
薄汚れた黄色の表紙、サインペンで書かれた名前。祐司は頷く。
祐司は彼女の手からスケッチブックを受け取る。見るとピンク色の付箋がしていて、舞にそのページかどうか確認すると、彼女ははっきりと頷いた。
机の上に置き、付箋をつまんでゆっくり開けてみると――。
「わあ……」
色鉛筆で描かれた温かい絵だった。
場所はあの公園だ。ブランコと、申し訳程度の砂場。
人が三人立っていて、みんな空を見上げているので顔は見えないが、明らかに祐司、春貴、美咲。三人はお互いに手を繋ぎ合って円になっている。
彼らがリラックスした様子で眺める空は、東の方こそどんよりと曇っているが、西に行くにつれ青空が広がっていく。遠くのマンションに干している蒲団や毛布が風ではためき、タンポポの綿毛が公園の隅からいくつも天へと舞っている。
絵に釘付けになっている三人を見ながら、舞は言う。
「私、やっとわかったんです。今の私はどうしても描きたくなったときや、どうしても誰かに見てほしいときだけ、ちゃんとした絵を描けるということを。
この前の絵も、クラスを眺めながら、雰囲気が凄くいいな、お姉ちゃんにも教えてあげたいなって思っていたら、いつの間にか描いていたんです。
今回もそうです。昨日一人で公園に行って、夜で、雨が降ってて、たくさん想像して、家でスケッチブックを開けられたと思ったら、手が動き出して。
この三人が大事で、大好きで、ずっと仲良くしていてほしくて、今を変える勇気を持ってほしくて、だから、私」
必死に言っているうちに涙目になってきた彼女を、美咲が強く抱き締める。
「もう、舞ちゃん、あなたは……」
気付けば、いつの間にか祐司の胸のつかえもとれていた。立ち上がって美咲に頭を下げる。
「美咲、一昨日はごめんなさい!」
恐る恐る顔を上げると、彼女はそっと舞から手を放し、目を潤ませながら言う。
「ううん、私だって悪かった。こっちこそごめんなさい。……いや、叱ってくれてありがとう」
お互い、同時に手を差し出す。そのタイミングのピッタリ具合に二人で笑って、しっかりと握手をした。
そうだよな。仲直りに必要なものは、いつだって握手だ。
春貴がホッとしたように笑う。
「どうだ、今からこの公園行かねえか?」
外は雨だし、自転車もないので結構歩くことになる。でも、構わないだろう。
「うん、いいなそれ。行こうぜ、みんな」
美咲と舞もニッコリと笑う。
祐司はもう一度絵に目を落とした。この絵から感じるもの、優しさや、温もりや、そして希望。
舞は、ついに自分の手で道を切り拓いた。絶望の中にも、がむしゃらにもがけば、きっと光を見出すことはできる。
そうだ、止まっていたらダメなんだ。たとえ曇り空の下でも、手を繋げ。希望を持て。一歩踏み出せ。
俺達の空を、これから晴らしにいこう。
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