舞の決意
もう少し彰彦の傍に付き添うと言った美咲を置いて、めぐみと舞は先に病院を出ることにした。
別れる頃には美咲も元気を取り戻していて、ちゃんと祐司にも謝らなきゃね、と泣き腫らした目で笑っていた。
駅で電車を待っていると、めぐみが舞に向かって深々と頭を下げた。
「三鷹先輩、今日は本当にありがとうございました」
「いや、あの、そんなに大したことはしていませんから。だから顔を上げてください」
慌てふためいていると、めぐみは顔を上げてニコッと笑った。
「三鷹先輩って、なんか面白いですね」
「えっ? その……今のは演技だったんですか!?」
「いやいや、違いますよ、からかった訳じゃないです! その、面白いって言うのは、いい意味ですよ。安心してください、心から感謝してますから」
今度はめぐみが慌てて言うと、舞は胸をなで下ろして笑った。自分なんかより、この兄妹の方がよっぽど面白いと思うのは気のせいだろうか。
電車がホームに到着した。田舎の方から来る各駅列車には人はほとんどおらず、ガランとした車内で二人並んで座る。
動き出すと共に、めぐみが話し始めた。
「アキくんとは、小学校の同級生だったんです。とっても優しくて、女の子みたいに柔らかい笑顔の子で。よく同級生何人かと一緒に遊んだり、時々二人でお兄ちゃんや美咲さん達に引っ付いて、あの公園や河原や色んな所で遊んだり。
だから、倒れたときは私も本当にショックでした。なので部活の無いときとかは、今でもこうしてお見舞いに行ってるんです」
「あの、他のお友達は」
「以前は結構来てたんですけどね。やっぱり中学に上がると忙しくなってきたみたいで。アキくんが目覚めなくなった頃にはもうサッパリですよ」
無理に笑ってみせる彼女。美咲や沙織ともまた異なる、さっぱりとしていて良い子だなと感じる。
「偉いですね」
思わず口に出していた。彼女は照れたように一生懸命首を振る。
「偉くなんかないですよ。……ただ、アキくんと、それから美咲さんが心配なだけです。美咲さん、ほんとに毎日のように来て一人で頑張ってますから」
美咲の両親は店の方で忙しく、なかなか来ることもできないと聞いていた。そんな親の代わりも兼ねながら、あれだけのことを背負ってきたのだ。その苦労を、この子は一緒に分かち合おうとしている。それを思うだけで、舞は胸が詰まりそうになる。
電車は停車しても乗降客がなく、すぐにドアを閉める。道程は早くも残り半分を過ぎていた。
「ところで、どうして今日は私を連れていこうと思ったのですか」
ずっと引っかかっていたことを尋ねると、めぐみは一度頷いて話し始めた。
「三鷹先輩の話は、時々お兄ちゃんから聞いていました。前にお会いしたときの印象通り、とってもいい人なんだな、って。
それで、昨日先輩を見てたらふと思ったんですよ。なんでだかわからないですけど、先輩なら美咲さんの支えになってあげられるんじゃないかな、って」
「そんな、支えだなんて」
恥ずかしくて否定したが、心臓が大きく高鳴っていた。彼女の言う通り、私でも、支えになってあげることができるのだろうか。
「あの幼なじみ三人、特に美咲さんとうちのバカ兄貴は、結構なんでも一人で抱え込んじゃうんですよ。だから三鷹先輩、あの人たちをよろしくお願いします。って私から言うのも変ですけどね」
二人で笑っていると、車窓からはショッピングビルやいつもの川や、明かりがついた住宅街や、そんな見慣れた町並みが徐々に近づいてくるのが見えた。
曇ってはいるが、雨は降っていない。仲村さんが帰るときまで、どうか降ってあげないで、と舞は願った。
□
舞は自分の部屋で考え事をしていた。
隣の部屋からは、京子が親と嬉しそうに電話をしているのが聞こえる。さっきの夕食の時間に今日の出来事をかいつまんで話すと、彼女は妹の成長に嬉しさの余り泣き出しそうになっていたから、きっとそのことを報告しているのだろう。
自分の親も自営業ではあるが、姉や自分に店を継げと言ったことはない。むしろ今まで自由に絵を描かせてくれていた。
だから美咲の事情にはピンとこない部分もあるが、それでも強制される辛さは、なんとなくわかる。
私が、支えてあげられる方法。私にできること。
自分の右の掌を、目の前で広げてみる。
舞は確かに感じていた。今なら、できるかもしれない。グッと握り拳を作る。
居ても立っても居られず、部屋を飛び出した。京子が自分の寝室から顔を覗かせる。
「舞ちゃん、こんな時間にどこに行くの?」
「ちょっと用事、すぐ戻るから」
ドアを開けると肌に雨の気配を感じた。傘立てから傘を引っ張り出し、舞は外へと駆け出した。
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