もしかして。いや、マジ?



 祐司はベッドに寝転び、一人で盛り上がっていた。


 このマンガ、面白い。


 表紙から普通の学園物かと思っていたが、やられた。

 二人の主人公がぶつかって男女逆転し、入れ替わったまま男子校・女子校にそれぞれ通うことになってしまい、そこから少しずつお互いに校内での立場が動いてきて……というところで一巻が終了した。

 各話とも引きが上手くて、自然とページをめくる手が動く。


 何より、舞が言っていたように絵が上手い。

 細部にまできちんと気が配られていて、風景も手抜きがないどころか、木々や海は白黒とは思えない瑞々しさを表現している。


 読み終えた祐司は本を閉じて、胸元で大事に抱えながら、今朝の出来事を反芻する。


 左腕に掴まり、縋るように見つめてきた彼女は、いつもより一段と魅力的に見えた。手の温度はまだ思い出せるし、見つめ合ったときの緊張感もはっきりと覚えている。


 ああっと叫び、足を振り下ろしてベッドを叩く。

 こんなことは初めてだった。

 例えば、めぐみに同じようなことをされてもこんな風にはならないだろう。なんなんだ、これは。もしかして。いや、マジ? そうなのか俺? まさかな?


「祐司、ご飯よー」


 階下から母親に呼ばれ、マンガを鞄の中に入れて部屋から出る。

 高揚した気分のまま階段を下りて、食堂のドアを開きかけたところで、静電気に弾かれたみたいに手を引っ込めた。


「それでね、後から聞いたら対戦相手はかなり期待の新人とかだったらしいんだけど、なんと二ゲームとれたんだよ」


「へえ、よく頑張ったな」


 ここしばらく出張中だった父親が戻ってきていた。めぐみがこの前の新人戦の話をして、父親は満足そうにビールを飲んでいる。

 父親も、母親も、めぐみもなんだか活き活きとしていて、一家団欒という言葉がピッタリだった。


 さっきまでのテンションは消え失せた。湧いてくる色んな負の感情を押し込めて祐司はドアを開く。


「親父、お帰り」


「ああ、ただいま」


 短くそれだけを交わして、祐司は席に着く。晩御飯は焼き魚を中心とした和食で、骨を取ったりするのに集中できるのはありがたい。


 しかし祐司が入ってきてから、食卓にはなんとなく気まずい沈黙が流れていた。やがて魚の骨は全部取ってしまい、仕方なく彼が口を開く。


「ほら、新人戦のときの話をしてたんだろ。こいつ頑張ってたんだぜ」


「あ、うん。そうそうそれでね」


 めぐみに無理矢理続きを促すと、空気を読んで話を再開してくれた。三人が談笑する中、祐司は黙々と食事をとり続けた。


 食事を終え、ソファに座ってドラマを見ていると、いきなりテーブルからリモコンが取り上げられテレビが消される。


「何すんだよ」


 リモコンを置き、父親の険しい目が祐司を睨んだ。


「祐司、進路はどうするんだ」


 言葉に詰まり、目をそらす。それを意に介さず父親は続ける。


「母さんから聞いたぞ。進路を特に決めていないんだろ。どうしても野球を辞めたいんだったら、それくらいはちゃんとすべきだって思わないのか」


「考えてるよ、色々」


 ウソではない。ちゃんとあれから色々な職業を調べて、数年ぶりに図書館にも行ったりして、自分なりに頑張っているはずだ。


「ちゃんと目を見て言いなさい」


 父親の声には徐々に怒りが滲んできている。仕方なく目を合わせると、父親はまた口を開く。


「大体お前成績も悪いだろ。考えたってこのままじゃ大学にも行けないんじゃないか」


 少しカチンときた。


「成績が悪いのは、ずっと野球やらされてたせいだろ」


 その言葉に父親の怒りは頂点に達しようとしていた。しわが増えてきてますます頑固者な印象が強くなってきている顔を、祐司の前に突き出してくる。


「なんだと、もう一回言ってみろ!」


「ああ、言ってやるよ。成績の悪いのはあんたのせいだってな!」


「このバカ息子が!」


 父親が殴りかかろうとするのを、ずっと皿洗いをしていたはずの母親が、いつの間にか彼の後ろに回り込み腕を掴んで制止してくれた。

 祐司は小さく、だけど絶対に聞こえるような舌打ちをして、自分の部屋へと戻っていった。



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