夢の国
昼食、お昼のパレード、アトラクションと、舞のグループは沙織のおかげでかなり効率よく回ることができた。
おまけに、ただ急いでアトラクションをこなしているだけの他の班と違い、沙織が園内に隠されている見どころスポットなんかを次々と教えてくれるおかげで、ただの移動時間ですらとても楽しい。
何より、沙織が一番楽しそうにしている。
彼女が何回も来ているというのは本当かもしれないが、もしかすると、今日のために、悟に楽しんでもらうためにプランを一生懸命考えてきたのかなと思うと、なんだか舞の心の中はポカポカと温かくなってきた。
園内を一周すると、もう四時を回っていた。五時には集合ということで、みんなでお土産屋を物色し始める。
とは言え舞は家族くらいにしか買うあてがないので、そのうちなんとなくみんなと別行動になってしまった。
あてもなく店内をぶらぶらしていると、同じく別行動になっていた祐司と偶然落ち合った。
「あ、三鷹さんも買い終えた感じ?」
「はい、家族くらいにしか渡すあてがないので」
仕方がないとは言え、やはり気まずくて苦笑いを浮かべてしまう。
「あはは、俺もそうなんだよ。でも、自分に何か買わなくていいの?」
「うーん、いまいちわからなくて。もし何か良い物があればほしいのですが」
何せお土産屋だけでも相当数ある。先に沙織に聞いておくべきだった。
「それなら俺も一緒に探してあげようか? 俺、割と背高いし、三鷹さんよりは色々見つけやすいかなって」
暗にチビと言われているような気がして、確かに高崎君は百八十センチ台とかでしょうし、私は百五十センチ台の前半ですけど、と少しムスッとしたが、拗ねていてもしょうがないので一緒に回ることにした。
しかしそれは実際正解だったようで、彼は混み合う店内で行く手を示してくれたり、人混みをかき分けてくれたりと、慣れない様子ながらもエスコートしてくれる。舞は彼の後ろで、少し嬉しい気持ちになっていた。
商品を眺めたり、どっちに行こうか話しながら歩いたりを繰り返していると、純白の壁の静かな空間に出た。
「ここは、絵画の店かな」
店内を覗き込み、祐司がチラッと心配そうにこっちを見てくる。
「大丈夫です。今はもう他人の絵なら見ても平気ですし、むしろ、見てみたいです」
少し気恥ずかしくて最後の方はぼそぼそっとなってしまったが、祐司は頷き、ゆっくりと一つ一つの絵を見て回る自分の歩調に合わせてくれた。
さすがと言うか、どれも素敵な絵だった。
油絵でテーマパークの夜を描いた、光の濃淡が印象的な一枚。女性キャラクターを全員集合させて、飛び切りの笑顔を振りまかせている一枚。変わり種としては水墨画風にここのメインキャラクターを描いたものもあり、海外の人とかが買ったりするのかな、とクスッと笑う。
順番に見て歩いていると、ある絵の前で足が止まった。
水彩画で、テーマパークの広場と青空を爽やかに描いた絵だった。素敵な絵ではあるが、それだけでなく頭に何かが引っかかった気がした。
絵の横の説明文に作者名を見たとき、理解した。
祐司が首を傾げて尋ねてきた。
「どうしたの、三鷹さん」
「この絵……前にお話しした穂波先輩の尊敬する画家さんの物なんです」
「穂波先輩はこの人の絵が大好きで、暇さえあればその画集を開いて勉強していたんです」
最初に見た穂波の絵も、彼の物を参考にして彼女ならではの技法で描いた物だった。一時期は舞も画集を貸してもらったり、個展に連れていってもらったりして勉強していたのだ。
「こんな所で、雪村さんの作品に出会えるなんて……」
信じられないような気持ちになり、舞は偶然の出会いに感謝した。さすがに値段は相当額を示していたが、もしお金さえあれば、即決で購入していただろう。
じっくりとその絵を眺めていた祐司も、興奮したように話す。
「俺さ、絵とか全然わからないけど……この絵を見てると、なんだかワクワクした気分になりそう。まさに夢の国、って感じ」
まるで、このテーマパークに遊びに来る人の幸せを体現しているかのようだ。楽しげなキャラクターや、風に揺れる色とりどりの春の花壇。どっしりとそびえ立つお城に、澄み切った青空。
その一つ一つがひどく愛おしくて、全てが合わさるとそこは地上の楽園となる。
「夢の国、ですね」
「ああ。なんか色んな希望が湧いてきそうだよな」
舞は、体の底からしばらく感じたことのないようなエネルギーが湧いてきていることに気付いた。
一度冷え切っていた心の火山が、再び活動を始めたかのような。
「私も、こんな絵が描けたら」
羨望、憧れ、恐怖心、悔しい、
悔しい。
こんな絵を、描きたい。
口を結んで打ち震えていると、ポンと肩に手が置かれる。
「三鷹さんなら描けるよ、きっと」
「……そこは、断定してほしいんですけど」
他のお客の迷惑にならないように、二人で小さく笑った。
そのとき、どこかからチャイムの音が聞こえて――。
「チャイム!?」
二人揃って腕時計を確認すると、ちょうど五時を示していた。
「ああ、まだ自分へのお土産買ってないのに」
「そんな場合じゃないだろ! 急いで戻るぞ」
祐司の後について店内から飛び出し、ゲートの方へと駆けていく。
――高崎君、速すぎ!
――三鷹さん、もっと走って!
頭上にはガラス張りのアーチ越しに、みかん色に染まりつつある空が見える。ふと園内の方から吹いてきた強風に振り返ると、さっきの絵の広場が見え、名残惜しそうに、また来てね、と自分を見送ってくれているような気がした。
運良くと言うか予想通りと言うか、祐司と舞が集合時間から数分遅れで到着したときにはまだ生徒は揃いきっておらず、その場で口頭で叱られただけで済んだ。バスの出発ギリギリに帰ってきたメンバーは厳重注意に加え反省文も書かされるらしい。
帰りのバスではみんな熟睡しきっていて、祐司達が目を覚ました頃には学校の近くで、辺りも暗くなっていた。バスから降りると、自然といつもの四人が集まる。
「時間はちゃんと確認しときなよ、反省文じゃなくてよかったねほんと」
祐司は寝ぼけたまま、うん、と返事する。ゆっくりと鼻で息を吸ってみると、あの潮っぽさはなく、ちゃんとこの町の匂いだった。
「まあそれは良かったんだけど、三鷹さんは」
やはり眠たそうにしていた舞は、祐司にいきなり話を振られてビクッと反応する。
「あ、はい。ええと、実は自分用のお土産を買っていなくて。……あ、でもあの絵を見られて私は満足していますから」
美咲と春貴は当然絵のことはわかっていない様子だが、美咲は深く気にせず、
「無理しなくていいのに。はい」
と、祐司と舞に小さな袋を手渡した。
「何これ……ストラップ?」
袋の中身は、マスコットのキャラクターの顔を模した、小さなガラスのストラップだった。
「わあ、可愛い」
舞は感激したように言った。彼女のそれは、夕焼けを閉じ込めたようなオレンジ色をしている。祐司の物は赤色。街灯に向けてかざしてみると、ルビーの指輪のように情熱的に光る。
「もちろん私達も買ったのよ」
二人は携帯電話につけたそれを見せてくる。春貴は青、美咲はライトグリーン。
「せっかくだから何かこういう物ほしいなって思ったの。色のチョイス、これで良かったかな」
祐司は舞と目を合わせて、同時に言った。
「もちろん!」
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