桃色に包まれて
「はあ、なんかいきなり疲れちゃったね」
ベンチに腰掛けると、美咲と舞は脱力する。
少し離れた広場では、カラフルな花壇や噴水の周りにキャラクターの着ぐるみがチラホラといて、西高の生徒達が一緒に記念撮影している。
「あそこまで盛り上がるなんて思いもしませんでした」
「はは、ほんと男女とも同じようなヤツばっかり集まっちゃったね。おかげで楽しいけど」
アトラクションから出ると、男達は沙織に誰が一番カッコ良かったかを聞いていた。しかし沙織が「あんな大人げないのを見せられてもね」と冗談っぽくすかしたように笑うと、三人は露骨に落胆していた。
もっとも煽っていた女子含め、大人げないのは全員ではあるが。
「そういや昔来たときも祐司と春貴、あんな感じでムキになってたな。どっちも下手くそだったけど」
「ふふ、高崎君はわかりますが、御堂君までムキになるなんてビックリしました」
「まあ春貴は感情を表に出さないしね。アイドルやってたくらいだから結構目立ちたがりだし、負けず嫌いな部分もあるよ。祐司の影響もあるだろうけど」
「本当に仲がいいんですね、あの二人」
沙織の意向で、昼から効率良く回るために、祐司と春貴は人気アトラクションのうちいくつかのファストパスを取りに行った。そのときも一瞬で分担と落ち合う場所を決めて、舞はその連携力に思わず拍手しそうになったほどだ。
「そう言えば、前田さん達戻ってこないですね。どこまで買いに行ったんでしょう」
「あそこよ、あそこ」
美咲が嬉々としながら指さした先、数百メートル先の屋台の前で沙織と悟はチュロスを手に談笑していた。
「ええと、あれって焼き立てですよね」
朝ご飯が早かったせいで小腹が空いている。しかも美味しいと評判のチュロスだ。どうせなら早く食べてみたいな、と舞は欲が出てしまう。
「あはは、食いしん坊だね。でも許してあげて。せっかく二人きりになってるんだから」
「え、というと」
「あの二人、両思いなのよ」
思わずガタッと美咲の方へ身を乗り出す。
「え、前田さん、谷原君、と?」
「うん。そっか、沙織から聞いてると思ってた。ごめんね」
美咲は両頬に手を添えて、うっとりしたような目で二人の方を見つめる。
「両思いなのにさ、二人ともああ見えて意外と自分の恋愛には奥手で、意識し合ってるってことも知らないみたいなの。それで祐司にも協力してもらって同じ班にしちゃったんだ。今日で一気に距離が近づけばなあ、って」
舞はもう一度二人の方を見る。
遠くて表情は掴みにくいが、二人とも確かに、普段他の友達と話しているときとは雰囲気が違っていて、なんだかその空間だけ柔らかな桃色をした泡に包まれているような、そんな気がした。
「いいですね、ああいう雰囲気」
ふと、自分と仲のいい男友達、と考えてみるが、ここに転校するまでは絵画教室に通っていた頃の数人くらいしかいない。どうりで姉も男友達ができたと聞いたら驚いた訳だと納得する。
突然、美咲が悪戯っぽく笑う。
「舞ちゃんは、好きな人いる?」
一瞬にして顔中に熱が巡っていくのがわかった。
声も出せず、自分の足先を見ながら舞はぶんぶんと首を横に振る。今度は美咲がこちらに顔を近づけてくる。
「別に否定しなくてもいいんだよ。恥ずかしいことじゃないし」
「え、いや、その」
答えに窮していると、沙織達がこっちの方へ歩いてくるのが視界の隅に見えた。助かった、とばかりに舞はぶんぶんと手を振って叫ぶ。
「チュロス、ありがとうございます!」
舞の様子のおかしさからか、沙織と悟は笑い出した。
一瞬、あの二人が見つめ合う形になり、お互いに照れたような顔をする。
その瞬間、舞の心臓がとくん、と高鳴った。
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