テーマパーク!



 遠足のバスから降りると、祐司はかすかに潮の香りを嗅いだ。上空では白い鳥がいくつも旋回している。


 学校の敷地ほどの広大な駐車場を、生徒達は賑やかにぞろぞろ歩く。

 テーマパークの入場ゲートに近づくにつれ、老若男女誰もが知っている軽快なBGMが聞こえてくる。どこかのクラスの女子がきゃあきゃあ言いながら早くも写真を撮り始めている。

 祐司は春貴に話しかけた。


「まさか高三にもなって、テーマパークに遠足なんてな」


「ああ」


 二人の間を押しのけるようにして、谷原悟が入ってくる。


「いや、こういうのもいいんじゃね? 受験生たるものたまには羽を伸ばすことも必要だぜ」


 春貴と共にそうだな、と言いながら、恐らく二人で同じことを考えていた。

 あ、俺達受験生だったんだよな、と。


 一方女子組の方へ目を移すと、みんな早くもウキウキしているようで、足取りも軽い。


「やっぱり女子ってこういうの好きなんだな」


「だって、八年ぶりとかだよ! もうずっと来たかったんだよ」


 美咲が両手をぶんぶんと振りながら、テンション高く応じた。


「八年ってことは、ああ、子供会の遠足か」


 春貴が思い出したように言うと、美咲は何度も頷く。祐司も当時のことを思い出す。


「懐かしいな、小四のときか。あのときは俺もまだバカみたいにはしゃいでたな」


 そのときの出来事を色々と思い出していると、前田沙織が何やら不敵な笑みを顔に浮かべていた。美咲が不審そうに尋ねる。


「どうしたの、沙織」


「ふっふっふっ、初心者さん達。それなら今日は、毎年のようにここに来てる私に任せて! 完璧なプランで案内してあげるよ」


 胸元を軽く叩き、誇らしげにする沙織。「毎年って」とか「よく飽きないよな」とか言っている春貴達を尻目に、祐司は、珍しくご機嫌な感じの舞に尋ねてみる。


「三鷹さんは、ここ来たことある?」


「いえ、実は初めてなんです。お姉ちゃんは行ったことがあるらしくて、ずっと羨ましかったんです。本当に楽しみです」


 喜びを抑えきれないように言って、彼女は祐司を見上げてきた。

 屈託ない笑顔の上で、さらさらの髪が浜からの風に大きく揺れて、ふと触れたくなる衝動に襲われた。

 慌てて手を後ろで組むと、彼女はきょとんとして小首を傾げる。


「おーい、いちゃついてないで入るぞ、お・ふ・た・り・さ・ん」


 悟にふざけた調子でそう呼びかけられると、二人は目を合わして同時に赤面した。

 祐司が噛みつくように叫ぶ。


「バカ、その無駄なテンションは中に入ってから使え!」




 園内に入ると、うっすらと見覚えのあるメインストリートが伸びていた。ただし店はすっかり様変わりしているようで、去年公開の映画のキャラクターショップもすでにできている。


「それで、最初はどこから行くんだ」


 先頭を歩く沙織に問うと、彼女は、そうね、と園内マップも見ずに、一つ一つ思い出していくような仕草を見せる。どうやらアトラクションの配置まで完全に覚えているようだ。


「じゃあ、最初はあそこのシューティングなんかどうかな。たぶんまだ混んでないと思うの」


 沙織が振り返ると、全員が賛成の意を示した。調子に乗った沙織はさらに続ける。


「特に男子達、頑張りなさいよ。ここでカッコ良かったら女子の間でいい評判流してあげるかもよ?」


 そのセリフに男三人が耳ざとく反応し、お互いの顔を一瞥し合う。男というのはなんてわかりやすい生き物なんだろうか。美咲がしらーっとした目で三人を見ていた。


 沙織の見立て通り、アトラクションにはスムーズに入ることができた。映画に出てくる武器を模した緑の銃がついた船に乗せられ、六つのレーザーでそれぞれ道中の敵を撃っていく。


「あれ、祐司上手いわね」


 途中で美咲に誉められ、祐司は得意げになる。


「こんなの野球のピッチャーの方が難しいよ。集中力の問題」


 そう答えつつ、できるだけ集中を切らさないようにしていると、突然女子三人が感嘆の声を上げ、驚いて照準がずれてしまった。


「春貴、上手すぎ……」


「御堂君、さっきからノーミスですよ」


「なんで、ここ来たの二回目とかだよね」


 春貴は何でもない風を装いながら言う。


「一時期バカみたいにゲーセンに入り浸ってたからな。この手のシューティングの基本は、無駄弾を撃たずに、一瞬を狙い撃ちだ」


 出現時間の短い高得点のターゲットに当てたようで、再び感嘆の声が上がる。祐司はチラチラと春貴の顔を窺ってみる。照準から目を離さないので判断しにくいが、あいつ、あれはきっと照れてるな、チクショウ。


 悟も負けじと頑張っているようで、「おい、俺の方も見てくれよ!」と叫ぶ。


「負けるか!」


「このまま逃げ切る!」


 男三人の勝負は気付けばかなり白熱していた。あれ、なんだかんだで楽しんでるよな、と祐司は頭の隅で思い、なぜかますます愉快な気持ちになっていく。



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