Section 3. 夢を探して

チーム・ドリーマーズ


「で、俺達は何をするんだ?」


 祐司がイライラしたように尋ねた。


 約束通り放課後の教室に「チーム・ドリーマーズ」の四人は集結した。教室の真ん中の机を陣取り、小学校の給食のときみたいに机をくっつけて向き合う。廊下側に男二人、反対側に女二人という形だ。

 しかし集まって十分ほど、未だ雑談しかしていない。


「え、何をって」


 美咲は明後日の方を向いて、おどけたような表情で目をパチパチとさせる。


「何をすれば、いいんだろね?」


 男二人が溜め息をつく。


「考えてねえのかよ、あんな風に言っておいてさ」


「美咲の思い付きはほんと思い付きだからな。しかも大抵祐司の思い付きとかよりタチが悪い」


 真っ向から図星を指され、さすがの美咲も何も言い返せず縮こまる。


「とりあえず、何ができるかそれぞれ考えてみようか」


 春貴の意見に従うことにして、それぞれ頭を捻り始める。


「とは言ってもなあ、目標が曖昧すぎるんだよなあ。『将来』って」


「うーん、せめて指針みたいなのが見えたらなあ」


 将来、進路……。ふと思いついた舞は、一つの疑問を口にする。


「あれ、この学校って進路指導室はないのでしょうか」


 美咲と春貴がピンときたように顔を上げる。祐司が困惑したように尋ねた。


「え、そんなのあったっけ?」


「あるよ、というか無い学校なんて滅多にないでしょ。あの三階の北館の部屋」


 祐司もようやく思い出したようだ。あそこかー、と手を叩く。


「よし、じゃあ行ってみるか」




 失礼します、と言ってゆっくりと開けたドアの向こうには誰もいなかった。

 部屋には大きな本棚がいくつかあって、それぞれは色んな冊子で満ちている。部屋を見回しながら祐司が言う。


「担当の先生はいないのか。というか担当って誰だっけ」


「数学の坂下さかした先生じゃない? 学年集会でいつも進路系の話してるし」


 美咲と春貴が部屋の中を物色し始め、祐司と舞も何か使えそうな物を、と他の棚を探る。


「うわあ、これ全部赤本? もう少ししたらこれやらなくちゃいけないのかなあ、はあ」


 美咲の前の棚には大量の受験過去問が並んでいた。年季の入った物、寄贈品と書かれた背表紙の汚れている物。彼女は適当に一冊取り出し、パラパラとめくり始める。


「おい、美咲。今はそっちじゃないだろ」


 企業の紹介冊子が並ぶ棚を探っている春貴に釘を刺され、こっちも大事でしょ、と美咲は言い返す。


 案の定、美咲の言っていた通り、昨日は四人とも先生に呼び出されて個別面談を行った。話の分かる岡野だったのが幸いで、四人はそれぞれ進学希望と伝えると、詳細は次までに考えろよ、と言われただけで済んだのだが。

 成績の良い美咲などはその場で部活を辞めると言ったら、やっと勉強に集中してくれるのか、と逆に喜ばれたらしい。


「この辺りなんかどうでしょうか? 何かありそうなんですけど」


 舞の目の前にある棚には、職業選びや大学選びの冊子がズラリと置かれている。舞の頭の上から祐司が本を抜き出していく。


「とりあえず目ぼしそうな物だけそこの机に置いていくか。これと、あ、それも取ってくれないかな」


 祐司の両手が塞がってしまったので、舞は指示通りに本を取って彼の腕に乗せていく。分厚めの冊子を乗せたとき、彼の顔がわずかに歪んだ。


「あ、肘に負担かかりますよね! 一度机に置きませんか」


 慌てて声をかけると、祐司は誤魔化すように笑う。


「いやー、ごめん。これくらい余裕かなと思ってたけど、なっさけねえよな」


 よいしょっと、とわざとらしい声を出して本を運ぶ祐司。不安になって後ろ姿を見つめていると、三鷹さんも何冊か持ってきて、と何気ない風に言われて、舞は棚の方へと意識を戻す。


 数分後、机の上に二人で選んだ本が並べられていた。


「よし、こっちはこんなもんかな」


 大学のパンフを見ていた美咲は、


「こっちは特に収穫なし。でもああいうの見てるとやっぱり大学っていいなー。自由そうで」


 と言いながら机の上から本を一冊選び出す。


「こっちも特に、って感じだな。ただ一つ、就活をするなら企業見学は七月解禁だそうだ」


 春貴の言葉に、祐司がウソだろ、と驚きの声を漏らす。


「もうすぐ五月だから……もう言ってる間じゃねえか」


「気にしなくていいんじゃない? 一応は四人とも進学希望とは言ったんでしょ。とりあえずやりたいことを考えてそれにマッチする学校を探す、でいいと思う」


 四人で分担して、集めた本の内容を確認していく。

 学部紹介の本を読んでいる祐司が言う。


「うわ、大学の学部だけでこんなにあるんだな。これとかなんだよ、先進イノベーション……?」


「最近はカタカナ名の所も多いそうです。基本は今までの学部と同じような感じらしいですが」


 舞は絵画教室時代の、デザイン関係の学部に行った先輩の話を思い出しながら言った。そう言えばあの先輩もそろそろ就職の時期か、と思いを馳せていたとき、


「適職診断……?」


 開いたページの見出しに目が留まった。何ページかに渡って質問がズラリと書かれている。


「え、何それ。面白そう」


 美咲がページを覗き込んでくる。


「この質問に答えていくとあなたの職業適性・学部の適正がわかります、だって! これいいんじゃない?」


 はしゃぐ美咲に対し、祐司は疑り深そうにしている。


「それって占いみたいなもんじゃねえの? なんかちょっと胡散臭くねえか」


 ページの内容に目を通していた舞は、いえ、と反応した。


「『心理学的な見地から、過去の高校生のデータベースを基に作成した』と書いています。ほら、ちゃんとした大学の先生の監修で」


 該当部分を指さして男二人に見せる。一応の納得はしたようで、二人は了承する。


「さて、じゃあこれをコピーしてやってみよっか。じゃんけんで負けた人がコピーってことで」


 最初はグーから勢いよくじゃんけんをした結果、一人負けした祐司が担当することになった。


「うげ、これ一枚十円かよ。金取るにしてもせめて五円だろ」


 文句を言いながらコピーをとっていく祐司。その様子を眺める舞に美咲が耳打ちをする。


「祐司のやつね、パッとじゃんけんをしたら大抵いつもグー出してくるから。覚えておいたら色々得かもよ」


 彼らしいな、と思いながら舞は笑った。


 祐司がやや雑な感じで一部ずつ配っていき、みんなでぶつぶつ言いながら進めていく。


「『電車で席に座っているとご老人が乗り込んできました。あなたならどうしますか?』……へえ、こんなのもあるのねえ」


「なんか似たようなことやったことあるな。教習所だったか」


「え、御堂君、免許を持っているんですか」


「ああ、バイクだけだけどな。さすがにもう無免許でいる意味もねえしな」


 始めてから三分ほど、祐司が鉛筆を置いた。美咲が驚いたように祐司を見る。


「もう終わったの? 私まだ二割くらい残ってるのに」


「みんな考えすぎなんだよ。こういうのはパパッとフィーリングで選んでいくのが一番!」


 祐司が本を手に取る。診断結果の部分はページ数が多いため、先着順で元の本を使っていくことにしていた。

 遅れること少し、舞も記入を終えてしまったが、祐司はまだ結果を見ている。

 待っている間に三人を眺めていると、それぞれの顔からどことなく充足感に満ちているのが伝わる。ずっと機嫌悪そうにしていた祐司ですらも、だ。色々言いながらも、みんなこの集まりが楽しいのかな、と思ってなんだか嬉しくなってくる。


 祐司、舞、美咲、春貴と本が回る。バイトだから早く終えたかったんだけどな、と苦笑していた春貴は、しかし、結果を見て顔をしかめる。


「これ、バカにできねえな」


 祐司がすぐに反応する。


「なあ、どういう結果だったんだ」


「いや、なんというか。これだよ」


 彼は紙を一枚置いて、すまん、バイト行ってくる、と部屋を後にした。

 そこに綺麗な字で書かれていた結果は、「芸能関係、音楽関係」だった。



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