あの頃に、戻れたらいいのにな



「久々だな、俺らの秘密基地!」


「もはや基地要素ゼロだけどね」


 かつて、祐司とその仲間達が秘密基地を作った茂みのあった場所は、周辺の再開発で公園もろともマンションの敷地になってしまった。

 今はその敷地の片隅に、少しの遊具が公園の名残としてあるのみだ。


 実は三人揃って一緒に帰るのは久々だということで、雨が止んだのをいいことに、誰から言うともなくここを訪れることになった。


 ブランコの上の水を払って、三人横並びで座る。この黄色のブランコは昔のままだ。


「秘密基地か。いつもここで何してたっけな」


「あれじゃないか? トランプとかゲームとか。よく通信対戦してただろ」


 ああ、と三人で懐かしさに浸っていると、美咲がマンションを眺めながらぽつりと呟く。


「この町も、なんだか結構変わっちゃったね」


「駅前も再開発したしな」


 春貴も続いた。先日、駅前のショッピングビルでの望との一件を思い出して、祐司の心がちくりと痛む。


「田中さんちの電気屋も店閉めたし、国道沿いにあったファミレスも潰れちまった。一番遊んでた頃からもう七年とかだよな。……そりゃあ、変わるよな」


 祐司の言葉に春貴が頷いて、小さくブランコを揺らす。


「変わっちまったんだよな、町も、俺らも」


 なんとなく、皆黙り込んでしまう。

 祐司はぼんやり空を見る。新月の夜空の一部を、マンションは遠慮することもなく隠している。昔は、周りに空を遮る物は何もなかったのに。


「ねえ、舞ちゃんのこと、だけど」


 美咲の言葉に祐司はギョッとする。


「ごめん、まだ今日はあそこまで聞く予定じゃなかったのに。ほんっとごめん」


 祐司は両手を合わせて大きく頭を下げた。春貴と美咲は首を横に振る。


「別に私はいいよ。舞ちゃんもやっと他人に話せた、って感じでスッキリしてたし。結果オーライでしょ」


「そうそう。それにお前のあの向こう見ずな感じ、久々に俺達のリーダーっぽくて良かったぜ」


 二人に両側から軽く小突かれる。照れ臭く笑ってから、祐司はふと神妙な面持ちに変わる。


「それにしても、三鷹さんにあんな過去があったなんてな」


 春貴は煙草を取り出す。


「俺は多少ならわかってたけどな。たぶんいじめを受けてたのかな、ってくらいだけど」


 煙草に火が灯るのを見ながら、彼が実際に吸うのを見るのは初めてだと祐司は気付いた。昔の面影を残したままの親友が手慣れた風に煙草を吸う姿に、大きな違和感を覚える。


「え、気付いてたの? さすが春貴」


「俺は全然わからなかったな」


「祐司には期待してないから」


「おい。ひどいだろ、それ」


 春貴は口から煙を吹き出して、淡々と言う。


「あの子、極端なくらい人との間に壁を作ってるしな。……人を信じられなくなるのなんて、まあ大方そんな理由だろ」


 そうか、と祐司は気付く。春貴もかつては同じように人を信じられなくなっていたのだ。


 中三のとき、春貴は色んな事が重なり疲弊しきっていた。事務所や自宅に悪意ある電話が鳴り続け、一部の同級生ですら春貴の噂を――あることないことない交ぜに――している中、むしろよく不登校にならずに来ていたと思う。


 祐司はクラスが違ったこと、自分も野球で手がいっぱいだったこと、何よりどう労らってあげればいいかわからなかったことで、自分の無力さに腹が立っていた。

 時々美咲と共に昔のように話しかけに行くこともあったが、二人に心を開くまでですら時間がかかった。


 美咲が大きく溜め息をつく。


「ほんと、似た者ばっかり集まったよね」


 祐司は苦笑する。


「そうじゃなかったらさ、こういうとき『三鷹さんが絵を描けるようになるにはどうしたらいいのかな』なんて、青春ドラマみたいにしてあげたいんだけど」


 春貴が再び煙草に口をつける。


「生憎だが、こっちも普通に友達として一緒にいてあげるくらいしかできないんじゃないか」


 それぞれに頭を巡らせ始める。一人がブランコを動かすと、きしみが他の二人にも伝わる。全員が半ば諦めているのは、もうお互いにわかっていた。


「だけど」


 沈黙を破ったのは美咲だった。


「舞ちゃんはさ、自分で頑張って環境を変えることができたんだよ。だから、やっぱり報われないと、なんだかかわいそう」


 二本目の煙草を吹かしていた春貴が美咲の方を見る。


「なるほど。逃げられなかった俺達とはちょっと違うよな」


 そんな会話を聞きながら、祐司の中では色んなことが渦巻き始めていた。

 自分のケガのこと、父親とのこと、舞の絵、舞の過去、春貴の過去――。


「あああ!」


 突然祐司が叫び、二人はビクッと大きく体を動かす。


「もう、いじいじ考えててもどうしようもねえよ! なんか体でも動かそうぜ」


 呆気にとられて彼を見ていた二人が、突然笑い出す。


「あはは、さすが祐司!」


「ほんとだぜ、やっぱり生粋のスポーツ野郎だお前は」


 遠慮なく笑う二人に祐司はふて腐れる。


「なんだよ、間違っちゃいねえだろ」


「いやさ、別にバカにしてるわけじゃないんだ。ただあんまりに突拍子もなかったからさ」


 そう言いながら春貴は腹を抱え続ける。祐司が少しいじけた気持ちになっていると、美咲が声を裏返しながら尋ねてくる。


「で、何するの? こんな小さい公園で」


「決まってるだろ。ブランコと言えば、靴飛ばしだ!」


 美咲はええー、と不満たらたらに言う。


「だって水たまりあるじゃない。嫌だってそんなの」


「いいだろ、リーダーの命令だ!」


「俺は構わねえぜ。おっと、さすがに男には勝てないと逃げるのかな? 美咲」


 春貴の一言で美咲の心に火が付いた。ブランコを降り、彼女は勢い込んで二人の方を向く。


「そんなの、負けるわけないでしょ。いいよ、勝負!」


 春貴と美咲は靴を半分脱いでブランコの上に立とうとする。そこに祐司は慌てて呼びかける。


「おい、ちょっと待ってくれ」


 二人はきょとんと祐司を見つめる。


「あの、立ってやったら俺の肘に良くない気がして、ね。それに公園から靴飛び出しそうだし」


「あんたどんだけ力入れる気なの!? じゃあ座ってやるの? このブランコ、子供用だからめちゃくちゃ低いじゃない!」


「いやいや、関係あるか、いくぞー!」


 祐司がこぎ始めると、美咲は、もう、と文句を言いながら、春貴はおかしそうに笑いながら一緒にこぎ始める。


 キイ、キイというブランコの規則的な音が、夜の空気に吸い込まれていく。

 公園中に賑やかな声を響かせながら、三人は気が済むまでひたすら靴を飛ばし続けた。




 よっしゃー、俺の勝ちー! 


 ふん、今のはまぐれでしょ! 


 はは、まだ俺が総合一位だぜ!


 


 美咲ノーコン! 


 気をつけろよ美咲! 


 しょうがないでしょ、なら投げ方教えてよー!




 よし、勝った! 


 すごいね、春貴! 


 ふん、運が悪かっただけだ、もう一回!




 靴を飛ばして、ボールを追いかけて、ゲームに熱中した日々。


 あの頃に、毎日がただ楽しかったあの頃に、戻れたらいいのにな。



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