第22話 ジョブ:小さなヒーロー

「やっぱり、ここにいた」


 風通しの良い体育館裏のベンチ。

 購買のサンドイッチを片手に一人の女子生徒が一条ボッチを訪れる。


「隣、いい?」


「……よくここが分かったな」


「類は友を呼ぶ。ボッチの考える事なんて簡単だよ」


「常に友達に囲まれてるお前が言うかよ、西島」


 あの体育の時間、西島が事情を説明して俺の冤罪は消えた。

 傍からみたら庇っているようにも見える。

 しかし、重要なのはそこでは無い。


「もう、分かってるくせにそういう事言わないでよ」


 隣に腰を下ろし、卵サンドを頬張る。

 飲み物は紅茶花伝。

 パンの御供にはもってこいだ。


「それで?」


「ん?」


「何か用が有ったんじゃないのか?」


「うーん、特に無いよ?」


「ならなんでここまで来たんだよ……」


 こんな滅多に人が近寄らない場所に友達の誘いを断って昼食を取りに来る。

 用事が有っても躊躇ってしまう。


「だけどほら、私と春樹君が仲良くしていないと冤罪だって皆信じないでしょ?」


「別に構わない――」


「私は嫌」


 ぴしゃり、と言葉を遮られた。


「あの時も、春樹君は分かっていたんでしょ?」


「何がだ」


「私が反応した結果、場の状況的にあのような誤解を生むリスクが有る事を」


「それに答える意味は無いだろ」


「自惚れかもしれないけどさ、春樹君なりに私の願いを叶えてくれようとしたんだよね?」


「HAHAHA……何言ってんの? 頭大丈夫か? 病院行くか?」


「ありがとね」


「話を聞けよ」


 風に揺らされ、木漏れ日が姿を絶え間なく変化させる。

 体を通り過ぎる突風は思いの外気持ちが良い。

 話の通じない相手に無視されても、怒りが湧いてこない程度には。


「あ、良い事思い付いた!」


 手の平をぽんっ、と叩くわざとらしい仕草。

 口元に着いた卵をぺろりと舐めながら視線を俺に寄せる。


「聞きたい?」


「別に」


「春樹君、聞きたい?」


「い、いや、別に聞きたく――」


「聞きたいよね?」


 ―――引き攣った作り笑いフェイクはもうやめたんじゃないのかよ。距離感じゃなくて射程距離測るために使ってんじゃねぇーよ。


「……なんだよ」


「今度からお互いに名前で呼び合おう!」


「は?」


「私は春樹君からランクアップしてハルキって呼ぶから」


「い、いや」


「ハルキも私の事、下の名前で呼んでね?」


「いや、だから、同意した覚えは無いんだが」


「良いでしょ?」


「なんでだよ。別に今のままで良いだろ」


「仲良しアピールする為に必要なの」


「冤罪の件か? だから、さっきから言っているが俺は別に気にしないっ――」


「それもあるけど、私の個人的願望も入ってる……じゃ、だめかな?」


 駄目に決まってんだろ。

 個人的願望が優先されるほど世の中甘くねぇよ。


「……はぁ、分かった」


「やった! これからもよろしくね! ハルキ!」


「あぁ、よろしくな……えっと……」


「ぉ?」


「……すまん」


 他クラスの奴の名前など知らない。

 自分のクラスメイトすら憶えていないのだから。


「ひっどーい!」


「悪かったな。人の名前を憶えるのは苦手なんだよ」


「もぅ、これだからハルキは……」


 ―――お前、一度も自己紹介したこと無いだろうが。


「いい? 私の名前は西島にしじまれんだよ。ちゃんと覚えてね!」


「……あぁ、レンな」


「おっけー!」



 ゆっくり流れる時の流れに身をまかせ、予鈴が鳴るまで雑談に興じる。

 もう深淵に棲む鬼は怖くない。

 一度生まれた以上、消える事は無いだろうが、それは皆とて同じ事。

 共存することによって彼女はあの時よりも、強くなったのだ。

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ボッチからジョブチェンジなんてするんじゃなかったな【リメイク】 雲煙模糊 @uneimoko

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