第15話 ジョブ:物書き

「やっぱり異常だよ、一条くん」


「そりゃどうも」


 勇気ある行動により、文芸部への入部は丁重にお断りをした。

 複雑な表情をした天然少女の顔が脳裏にこべりついている。


「なんで断ったの?」


「別に小説家になりたい訳じゃないからな」


「でも、入部してたらハーレムじゃない?」


「だとしても、断った」


「その心は?」


「俺みたいな中途半端な奴はいつか、人の和を乱す。存在するだけで害になる」


 あるグループに十人の若者が所属しているとする。

 その内、九人は同じ志を持ち、日々努力する。

 残りの一人は誘われただけで、目標も何もない。周りに合わせて時間を過ごす毎日。


「考え過ぎじゃない?」


「何度も見てきたから、何となくそう思っている」


「中学の時とか?」


「そんな感じだ」


 しかしその内、その一人は孤独を感じるようになる。

 周りは額に汗を流しながら目標に向かって努力する。

 自分は誘われただけに過ぎない。

 温度差がどんどん広がっていく。


「殆どの奴は怠ける事や休む事に長けている。手を抜くことを覚えると、全力の出し方を忘れてしまう」


 溝は深まるばかり。

 周りの有象無象と己を比べ、焦りを感じ始める。

 心の安寧に繋がる手っ取り早い方法は何か?

 別の趣味に没頭する?

 そのグループを抜ける?

 だが一度抜けてしまえば、恐らく二度と戻ってこれない。

 誘ってくれた仲間との関係に乖離が生じてしまう。


「元々あまり興味の無い俺はサボる事に全力を尽くすだろう。そうなると、それが周りに伝染していき、やがてパンデミックが起きる」


 今の関係を壊したくない。

 だけど周りのように頑張れない。

 誘われただけの一人はこの問題を解決する為にどうするか。

 答えは明解。


「やっぱり考え過ぎだと思うけどなぁ」


「最初は目標に向かって頑張ってきた奴が、つるんでいた奴に影響されて”努力する事”に馬鹿らしさを感じる瞬間が必ず来る。まあ、それでも続けられるって事はそいつは本物なんだろうけどな」


 影響された者が一人、また一人と増え、グループを維持出来ないまで膨れ上がった後は崩壊あるのみ。

 綺麗さっぱり消え去るか、外殻を残してもぬけの殻となるのか。

 人の数だけ陳腐な物語が繰り広げられるだろう。


「へぇ、そんなもんか」


「あくまで可能性が有るという話だ。逆のパターンだって勿論存在する」


「文芸部の部員に影響されて、一条くんが変わる可能性ってこと?」


「俺が物書きに目覚める、とかな」


「ふーん……もしさ、お話を書くならさ、どんなものを書いてみたい?」


「ジャンルか?」


「そうそう。青春物とか恋愛物とか、ホラー的な物とか」


「そうだな、書くなら……」


 周りからズレた感性を持った者が創作するお話。

 友達がいない者に青春は無理だろう。

 恋人がいない者に恋愛は無理だろう。

 お化けが苦手な者にホラーは無理だろう。


「そういえば、うちの店から買ってる”進み続ける異世界”だっけ? あんな感じの異世界物?」


「異世界系はあの本で間に合ってるからな……ラブコメとかか?」


「ラブコメ? 一条くんにラブ要素もコメディ要素も無いのに?」


「無いからこそだ」


「あぁ、ないものねだりってやつね」


 くくくっ、と笑う高砂は俺が執筆している情景を浮かべたのだろう。

 ボッチが描く主人公だ。

 男性だろうと女性だろうと捻くれた思考を持った者になる。


「じゃあ、出来たら一番に私に見せてね」


「いや、文芸部には入らないと言っただろうが」


「趣味で書きたくなるかもしれないじゃん」


 捻くれた主人公に慣れないラブ&コメディを次々と展開させる。

 そいつは自分のドッペルゲンガーにどのような指示を出すのだろうか。


「だから、もし書いたら、私に一番に見せてね? 良いでしょ?」


「限りなく低い可能性だが、まあ、書いたら一番に見せてやるよ」



 いつ叶うかも分からない絵空事。

 だが、高砂にとっては楽しみが一つ増えたように思えて嬉しかった。

 彼の中に浮遊する”限りなく低い可能性”に芽が生えるのを期待して。

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