第14話 ジョブ:後輩
「一条君、私たちは貴方を歓迎します!」
白川の声を合図に一歩、前に出る。
踏み入れた新境地。
部活という名の未知が少しずつ露わになる。
「へへー、その子が部活見学の子ー?」
フワッとした
ウェーブが掛かっているせいで肩くらいまでの長さになっているが、ストレートにすると鎖骨まであるだろうか。胸元には二年生の証である赤色のバッチが光っている。
「マヤ先輩! 今日は一条君が来るので寝ないでくださいって言ったじゃないですか!」
「えぇーいいじゃんー」
「良く無いですよ! 早く一条君が座れる場所を空けて下さい!」
「大丈夫だよーおいでー?」
亜麻色の女子生徒は自分の隣に空いている細長いスペースに俺を誘う。
どう見ても高校生一人が座れる場所など無い。
「ほらほらー」
「そんな隙間じゃ一条君は座れないですよ!」
「んっふっふ、ゆずちゃん不正解だよー」
「何がですか!?」
「座らないの、一緒に横になるのー」
ガード緩めのギャル先輩に添い寝してもらえる。
ボッチどころかリア充ですら滅多に手に出来ないチャンス。
先の事は何も考えない。
後は野となれ山となれ。
いざ、尋常に突撃開始。
「だ、だだ、だだだっ!」
「心に体に刻むキミのビート?」
白川のポンコツ化が進む。
これ以上の弄りは想いが言葉の領域内に収まらない。
「だ、だめに! 決まってるじゃないですかぁー!」
「あははー、ゆずちゃん面白いー」
後輩弄りは見事に成功した。
満足したのか、ギャル先輩は畳の上に座りなおす。
「さーて、自己紹介がまだだったね。マヤの名前は
「もう知っているかもしれませんが、一応俺も自己紹介しておきます。一条春樹です、白川さんと同じA組に所属しています」
大きな窓から差し込む西日。
東側に設置された大きな本棚を照らし、ライトノベルから分厚い文庫本の題名まではっきり読み取れる。中央には長机を四つ、その上をテーブルクロスで覆い、大きな机のような仕様にしている。また、奥には普通の机が二つ用意され、机の上にはデスクトップパソコンが設置されていた。そして西側、先輩が寝転んでいる畳は六畳と、結構の広さ。
「これからよろしくねー」
「はい、宜しくお願い致します」
空いた畳のスペースに腰を下ろす。
どいてくれた、という事は座る事を許可してもらえたのだろう。
いつまでも入口付近で立っているのは疲れた。
「はぁーいゲットー」
座ったのも束の間、膝の上を占領された。
風に乗ったほのかな香水の香りに嗅覚が反応する。
「あ、あぁー先輩?」
「なぁに?」
「俺の膝枕、居心地悪く無いですか?」
「ふっふっふ、苦しゅうない」
「左様ですか」
膝の上に重みを感じる。
遥か昔、己がまだ小学生だった頃。
昼寝をしない妹をこうして寝かしつけた。
今となっては毎日いがみ合っているが、お互い幼い時は仲が良かったのだ。
他人の悪意に触れず、偽善と幸福に満ちた世界に包まれていた時代は。
「先輩、そろそろいいですか?」
「だめかなぁ」
「じゃあ、俺立ちますよ?」
「お客さんに立ったままで居させるほど、マヤは失礼に見えるのー?」
「別に畳の上じゃなくても、そこら中に椅子があるじゃないですか。それの内の一つを使わせてもらいますよ」
「あぁー、今それペンキ塗り立てだからだめねー?」
「だったら外に出して乾かしてくださいよ」
西日しか入らないこの部屋にペンキ塗り立ての椅子を放置する。
何らかの意図が無い限り、無意味に近い乾かし方である。
「立ったらお仕置きだからねー」
「それは怖いですね。何されるんですか?」
「チョキチョキの刑かなぁ?」
「その物騒な手を引っ込めて下さい」
ボッチ歴が長い後輩と会話のキャッチボールが成立する。
コミュニケーション力、ざっと数えて五十三万と見た。
「い、一条君!」
耳を突き刺すような声が部室内に響く。
「そ、その、あまり部室で不純異性交遊をやられると困ります!」
「え、俺?」
「そうです! 先輩はいつもこうなので仕方ないんです! もう治らないんです!」
「マヤ、なんか失礼な事を言われている気がするぞー」
「文芸部員なのにいつも寝てるし、起きたかと思えばスマホ弄り始めるし、部費はあまり使わないパソコンに使っちゃうし! 本当にもう、治らないんです!」
「マヤ、なんか軽くショックな気がするぞー」
「いや、そこは先輩として言い返してくださいよ」
「それが事実だから仕方ないんだよね、てへっ」
「誤魔化すなら俺にじゃなくて白川さんに向けてやってください」
「だからイチャイチャしないでくださいー!」
顔を真っ赤にした白川が俺と先輩の間に割って入る。
これ以上、好意の異性が自分の知り合いとイチャつくのは我慢ならない。
言って効かないなら実力行使有るのみ。
「はぁはぁ……」
「ゆずちゃん、大丈夫ー? 麦茶あるよ?」
「ありがとうございま……って、元は言えば先輩が原因でこうなってるんですよ!?」
「あ、文芸部へようこそハルキ君ー」
「私の話は無視!?」
唐突に告知された部活の所在、文芸部。
文化部の中でも比較的大人しいイメージの有る部活だ。
現在進行中で部員が個性を放出しまくってはいるが。
「えぇっと、文芸部って具体的には何をしているんですか?」
「詩や小説、随筆、論評などの執筆が主な活動だよー」
「あ、簡単に言うと、お話の創作って感じです」
「お話の創作……中々難しそうな部活ですね」
感受性豊かな者にとっては持って来いの居場所。
想像を文字として起こし、メディアに反映させ、人を仮想と現実の狭間に誘う。
心の奥深い場所、深淵を覗かせる事すら出来るかもしれない禁忌の魔法。
力有る者が携われば世界すら変えてしまうだろう。
「で、でもでも! すっごい楽しいですよ!」
難しさは否定しない。
しかし、それ以上に楽しい。
これを人は”やりがい”と名付けた。
「どうするー? 入部する?」
「え、えっと……その……」
「歓迎しますよ一条君!」
差し伸べられた手を取れば、今までの自分と変われる。
難しいけど楽しい、そんなやりがいを感じる事が出来る生活を送る事が出来る。
独りで、
「……そうですね」
人間、変化を起こすには勇気が必要だ。
勇気があるからこそ決断する事ができ、決断することが出来るからこそ人は変われる。
「では――」
旧校舎を揺らす程大きな音を立てていた吹奏楽部は身を潜め、野球部は片づけをし始めた。
奴隷という身分を背負った彼は自分を変える事に成功したのか。
風は一条の勇気を込めた返事を、目の前の女性二人にそっと伝える。
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