第13話 ジョブ:ツッコミ役

「おはよう一条くん、私を裏切った罪は重いよ?」


「土曜日に物持ち付き合うんだから勘弁してくれ」


 廊下を通り抜ける熱風。

 折角風が入ってきても恩恵を感じられない季節になった。


「さて、まずは部活見学について聞こうかな」


「興味が有ったのか?」


「ボッチの一条くんを誘う部活だよ? 廃部の危機とか、儀式の生贄用じゃないと普通いらないでしょ?」


「前半はともかく後半は大問題だろうが。白石さんの部活は別に魔術研究をしている部活じゃねぇよ」


「モルモットじゃなかったんだ、良かったね」


「素直に喜べねぇよ」


 温度計の針が三十度近くを示す。

 近年稀に見る猛暑。

 まだ六月に入ったばかりだ。

 この先が思いやられる。


「てか気になるなら高砂も参加すれば良かったじゃねぇか」


「私は店の手伝いがあるから部活に入る気無いし。高砂書店から可愛い看板娘がいなくなったら大変でしょ?」


「大変かどうかはいなくなってからじゃ分からないだろ」


「……ん、あれ?」


「なんだよ」


「看板娘とか可愛いにツッコミは?」


「ツッコミ入れるところなんて有ったか?」


「い、いや、まあ、無いなら、良いんだけど」


 気温に釣られて湿度まで高くなってきた。

 額に大粒の汗が浮かび上がる。


「う、うん゛……どこが可愛い看板娘やねぇんー」


「は?」


「威圧をするんじゃない。怖いだろうが」


 精一杯考えたツッコミは何の躊躇いも無く一蹴された。

 素の驚きには圧も加わる。

 後世に残すべき情報がまた一つ増えた。


「いきなり何?」


「だから威圧をするんじゃない」


「別に威圧してないけど。ただ、あまりにも突拍子の無い事を言うもんだからさ」


「グーで殴って正気を戻そうと?」


「お、よく分かったね」


「右手の握り拳を見れば誰だって分かるだろうが」


 硬く握りしめられた小さな拳。

 クラスメイトの発言に違和感を感じた瞬間に作られた。

 暑さとは違う汗が流れていく。


「本当に大丈夫?」


「大丈夫だ。だから拳を下ろせ」


「そう、なら良いんだけど」


「暴力を振る癖、直したらどうだ? 将来苦労するぞ?」


「大丈夫、一条くん専用コマンドだから」


「全然大丈夫じゃない。今すぐ直せ」


 少なくても高校の間は高砂書店にお世話になる。

 クラスが変わっても少なからず関わりは持つことになるだろう。


「あ、それでどうだった?」


「部活見学か?」


「そう」


「まあ、普通?」


「一条くん、残念ながら一条くんの普通って普通じゃないの、異常なの」


「深刻そうな顔で言うんじゃない。心配になるだろうが」


 ワイシャツの袖口で額を汗を拭き、アニメのロゴが入った下敷きで顔を仰ぐ。

 昨日の放課後、部活という名の未知は彼にどう干渉したのか。

 青空に浮かぶ雲を目で追いながら俺は記憶を呼び戻す。 

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