第8話 ジョブ:女の敵

「賽は投げられた、進めブルータス!」


「投げたのお前だろうが、カエサル」


 高砂の圧により足がか弱い少女へ向かう。

 傷付けると分かっていて進むのはやはり気が引ける。

 先延ばしに……いや、それだけ残酷というものか。

 身から出た錆。

 潔く罰を受けよう。

 元々クラスで好かれていた訳じゃない。

 クラスのボッチが女の敵になるだけ。

 ただ、それだけだ。


「白川さん、この後少しいいか?」


「え、あ、どうしましたか?」


 高砂からのサイン。

 体育館裏に人はいないようだ。

 密会するなら丁度いい。


「少し話したい事がある。付いて来てくれると嬉しい」


「あ、はい!」


 おぉ、心が痛む。

 キラキラした目を俺に向けないでくれ。

 もしや罪悪感で俺を殺す気なのか。

 実は高砂とグルで計画通りってやつなのか。


「アタシは先に帰る。じゃあなゆず」


「あ、うん! ばいばい千聖ちとせちゃん!」


 鞍馬の瞳に浮かぶ文字。

 泣・か・せ・た・ら・殺・す、か。

 いっそ殺してくれ。

 そっちの方がまだ気分が晴れる。


「それじゃ、付いて来てくれ」


 人を疑う事を知らずに育ってしまった少女、白川ゆず。

 心配する親友に恵まれ、クラスでも浮いた存在では無い。

 何を間違えてこんな奴に告白してきたんだ。

 黒歴史を増やすなら後で笑い話になるものを選べ。

 こんな知名度低い奴との告白話、サイレント魔法にしかならんぞ。


「わぁ、中々趣深い所ですね」


 草木が風によって揺れ、木漏れ日がたった一つのベンチを照らす。

 年季がかなり入っているようだ。

 熟練の整備士が丁寧に扱ってきた証拠だろう。

 本当は座りながら話をしたいが、そういう雰囲気になる気はしない。


「ボッチの俺に長話をするコミュニケーション力は無い。単刀直入に言う、告白の答えを無しにしてもらいたい」


「……ぇ?」


「あのオッケーは誤解なんだ。俺が勘違いして、回答してしまった」


 真っ赤だった顔は徐々に青ざめていく。

 無理もない。

 勇気を乗せた告白が時間差で崩壊したのだ。


「正直、今まで告白された事なんて無かったから、脳が正常に情報を処理できなかった。俺みたいな奴に好きだと言ってくれた人は、白川さんが初めてだった」


「そう、だったんですか」


 下を向いている彼女の表情を読み取る事は出来ない。

 今回は俺が全面的に悪い。

 それは分かっている。

 人の話を勝手に決めつけ、ぞんざいに扱ってしまった。


「だから、白川さ――」


「あ、はい! 大丈夫です! こちらこそ早とちりしてごめんなさい!」


 いや、彼女は何も悪くない。

 悪いのは俺だ。


「私、思い込みが激しいとこがあるからって、千歳ちゃんによく言われてたんですけど」


 このままじゃだめだ。

 いくら語尾や表情を明るく見せても、傷は残る。

 身体の深い所に沈んでしまった傷は二度と消えない。

 これから先の価値観に影響を与えてしまう。 


「また、やっちゃったみたいです……えへへ、学習しません、ね……」


 無理な笑顔は余計傷口を悪化させる。

 考えろ一条春樹。

 今の俺が、今の彼女に言うべき事はなんだ。

 元々俺が蒔いた種だ。

 薄っぺらい自意識もプライドも捨てろ。

 キャラ付けなんて無い。

 地位も名誉も誇りだって無い。

 失うものなんて何も無いんだ。


「そ、それじゃ、私には教室に戻りますね」


 有るとすれば……俺が、持っているものは……


「あぁー、まだ俺の話は終わっていなんだが?」


「へぇ?」


 予想外の言葉に思わず歩みを止める。

 話は終わった。

 これは己の勘違いが引き起こした悲劇だ。

 大丈夫、時間が解決してくれる。

 そう思っていた。


「最後まで御清聴頂いても?」


「は、はい」


 しかし、うは問屋ボッチが黙っていない。


「えぇー、その、確かに、昨日のあれは、お互いのことをあまり知らない状態でのオッケーだったので、白川さんにとっても俺にとっても良くない事だったと思うし、第一、ちゃんと白川さんの話を聞かずに返答した俺が一番悪いってことが明白で、白川さんが気に病む事や謝る必要性は皆無なんで、調子乗るんじゃねぇよボッチがってくらいで丁度いいというか、だからまぁ、白川さんは悪くない」


「は、はあ」


 俺の意図を理解しようと、前傾姿勢で話を聞く白川さん。

 長い三つ編みが前の方に垂れ下がり、そこに木漏れ日が差し込んで金色に輝いているように見える。


「つまり、俺が何を言いたいかと言うと」


 どうせ物陰から聞いてんだろ高砂。

 これにてミッションクリアだ。


「俺、まだ白川さんの事、あまり分からないから、これから沢山教えてくれ。白川さんも俺の事よく分からないと思うからさ、沢山教えたいと思う。だから、付き合っ……まあ、そういう関係になるのは、それからじゃだめか?」


 きざったらしい、歯の浮くような台詞。

 傍から聞いていたら鳥肌もんだ。

 既に俺自身が鳥肌だが。


「それに俺なんて容姿中身共にアウト、ボッチ、評判最低の三拍子だ。途中で幻滅した時の保険は掛けておいて損はないと思う」


 事実を淡々と並べる。

 じゃないとこの空間に俺が押し潰されそうだ。

 同じ場所に同じ時間を共有した、二人の男女がいる。

 片方は会話が途切れないように慣れない長話に必死だ。

 もう片方はそれをどう思っているのか。

 寒い奴、痛い奴、残念な奴。

 どれでも良い、どれでも構わない。

 何か言ってくれ。


「まだ俺たちは一年生なんだし、この高校には後二年半はお世話に――」


「いちじょうくん゛!」


 大粒の涙が頬を伝って足元の葉に落ちる。

 栗色の髪は天の力によって黄金と化した。


「これがらも! よろしくお願いじまずっ゛!」


 彼女の笑顔が俺の一部となった。

 妬み、嫌悪、憎悪。

 負の感情ならいくらでも持っている。周りから沢山貰ってきた。


「あぁ、よろしく」


 初めて手に入れた”感謝”というオーパーツ。

 これはボッチをどのように変えていくのか。

 誰も、俺自身すら知り得ない未知の領域。

 これはどこまで足を踏み入れて良いのか。

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