第7話 ジョブ:弱者

「お帰り一条くん! 案外早かったねー!」


 ニコニコした顔で俺の机を占領している高砂が話しかけてくる。

 俺が体育館の裏に呼ばれてから二十分は経過した筈だが……もしかしてずっとそこにいたんですかね?


「大した用事じゃ無かったからな」


 俺は自分の椅子に座り、高砂も机から降りて前の席の椅子に座る。

 前の席の奴には迷惑だろうな。


「それで? どんな話してきたのかなぁ?」


「別にお前に報告する義務は――」


 右手の指と指の間に鉄定規が割り込む。

 あと数センチずれていたら中指が大変な事になっていた。


「また告白でもされたのかなぁ? なんちゃって」


 舌をペロッと出した悪魔的ウインクは恐怖でしかない。

 可愛さなど皆無だ。

 背中に冷たい汗が流れる。


「だから、俺に報告する義務は――」


「次は外さないよ?」


 女子高生の鋭い眼光は盾をも貫く。

 昔の偉い人が言っていたような気がする。


「白川さんと別れてくれ、だとよ」


「……へぇ?」


「だから、白川さんの告白は違う意味で、お前が思っているような類の物じゃないっ――」


「体育館裏で話した内容を詳しく教えて。じゃないと二本目の定規出できちゃいそうだから」


「……はいはい」


 二本目とか冗談じゃない。

 二刀流とか扱いが難しいからコントロールがズレちゃった、てへっ。

 とか言われても困る。

 俺は千聖とかいう奴と話した内容を必死に思い出した。


******


「別れてくれ」


「は?」


 俺はやっとの思いで白川さんのフルネームをハルペディアに載せる事を出来たが、そんな俺をお構いなしに千聖という赤髪の女子が話を進める。


「まぁ、一条も驚いたと思うが、あれは間違いだ。無かった事にして欲しい」


「間違い?」


「ゆずは……まぁ、昨日話してみて分かったと思うが、少し思い込みが激しいというか、アレな部分が有る」


 仮にも友達が告白した相手の目の前でいきなりのカミングアウト。

 しかもネタじゃない。


「それでまぁ、授業中にも色々あったと思うが、根は良い奴なんだ。悪い様には思わないでやってほしい」


 その言い方だと根っこの部分以外はアウトなのかよ。

 もう少しオブラートに包めよ。

 包み込んで優しくてやれよ。


「それと、私が休んだ時にペアを組んでもらったらしいな。感謝する」


「あ、あぁ、それは別に問題無いが……」


「話は以上だ。こんなところまで付き合わせて悪かったな」


******


「話は以上だ」


「はっ、下らないね」


「お前が教えてって言ったんだろうが……」


 そろそろ昼休みも終わる。

 呆気ない幕切れに高砂も毒気を抜かれたのだろう。

 俺としてはこの上ない成果だ。


「あーあー、何か喋り過ぎて喉乾いちゃった」


「パシリならやらんぞ?」


「奴隷だよね? 君、私の奴隷だよね?」


「金が無い」


「恵んでやろう」


 ドヤ顔で渡されたのは二百円。

 結局自分の分だけかよ。


「さて問題です。その二百円で私は紅茶花伝二本を要求します」


「は?」


「ヒントは部室棟近くのどんなジュースも百円で買える自動販売機。さぁ! 貴方はこの問題をどう解決する!?」


「おい、冗談だよな? 部室棟って確か外にあるんだぞ? 昇降口まで行って靴履き替えて来いとか言わないよな?」


「昼休み終了まで残り十分を切りました。なお、主催者であるわたくし高砂神奈は罰ゲームまで用意出来る用意周到な女で有名です!」


「くそったれがぁぁあ!」


 俺の悲痛な叫びが廊下に木霊した。

 奴隷でいる内は奴に逆らえない。

 放課後の別れ話も、高砂に後押しされてようやく決心が着いた弱者の俺では。

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