第9話 ジョブ:生還者

「おめでとうキザ条くん」


「その呼び名はやめろ」


 無事ミッションクリアを果たした俺たちは帰路に着いた。

 破局はしたが、彼女のダメージは最低限に抑えられたと思う。

 我ながら自分に満点をあげたい。


「ねぇ、誰が青春やれって言った?」


「別に青春なんてしてねぇだろ。ただ、事実を述べただけだ」


「けっ、アオハルかよ。爆裂しろよ」


「人の話を聞け」


 遊歩道に影を伸ばしながら歩く帰り道。

 高校入学式以来、こうして高砂と帰る事が多くなった。

 中学までの俺なら考えられなかっただろう。

 ほんと、人の出会いとは分からないものである。


「だいたい、物陰で聞いていた私が鳥肌立ったんだよ? ゆずちゃんとか卒倒してもおかしくなかったよ?」


「俺も鳥肌もんだったよ」


「なら、なんであんな事を言ったの?」


「一番丸く収まるだろ」


「丸く収まる? 何が?」


「場、だよ」


 つま先に小石がぶつかった。

 ころころ転がり、やがて勢いを失って止まる。

 すると隣を小学生たちが走り抜けた。

 にっ、と笑い、静止していた石ころに再び命を吹き込み。

 俺も昔はよくやった。

 独りで。家に着くまでずっと。


「もし高砂が白川さんなら、あの反応をした俺をどうする?」


「ど、どうするって言われても……笑う?」


「笑った後はどうする?」


「うーん……仲の良い友達に話す?」


「話したらどうなると思う?」


「そんなの、なにそれ面白いって……はぁーん、なるほどね」


「つまりそういう事。笑い話になり、彼女の記憶にはプラスのイメージが残る。友人と面白話として共有出来る。一条春樹をそういう奴だとキャラ付け、次に進める」


 自己犠牲と呼べるほど立派なものでも無い。

 彼女は自分の中に小さなトラウマを持っていた。

 それが開きにそうになった。

 彼女自身に何かする力も行動力も無いと思うが、赤い髪をした親友は別だ。

 鞍馬くらま千歳ちとせ

 言動は厳しいが、親友を本当に大事にしている。

 でなきゃ、昨日今日告白した情報を仕入れ、俺の評判を調査した挙句、破綻話を持ち掛けたりはしないだろう。


「考え過ぎじゃない?」


「ほっとけ」


「SNSで流されたらどうするの? 学校で笑い者だよ?」


「笑い者になるほど知名度高くねぇーよ。だいたい、命令したのはお前だろうが」


「そうだけど……」


「別に良いじゃねぇーか。誰も何も失わないんだから」


 そう、誰も何も失わない。

 俺に地位や名誉なんてものは存在しないし、高砂の命令だって事は誰も知らない。

 ボッチが笑い者になったところで何が変わる?

 どうせ卒業までの二年半だ。

 成人式を終えたら会わなくなる連中を気にしていても仕方ない。

 見据えるのはもっと先、天より高く海より深い場所。

 パンドラもびっくりする程あらゆる物が詰め込められた深淵だ。


「……それじゃ、命令」


「なんだよ」


「問題解決時、自分自身の事も考えること」


「は?」


「誰も何も失わない。だけど、その中に一条くんは入っているのかな? ”誰も”の中に自分をちゃんと入れている?」


「ふんっ、当たり前だろ。寧ろ俺しか入ってないまである」


「えぇー本当かな?」


「なに、俺の心配してくれるの?」


「は? 何を言ってるのかしら? それだと私がギザ条くんを気にしているみたいな言い草なのだけれど? 自惚れもほどほどにしなさい。社会的地位がゴミ以下のギザ条くんに私が思う事がある訳が無いでしょ? それともそういう妄想しないと生きられない可哀想な頭なのかしら。そうですかナルシストなんですか口説いてるんですかでも正直ちょっとキモいのでまだ無理ですごめんなさい」


「急な毒舌捲し立てキャラを発揮するな」


「てへっ」


「あざとい、減点」


 舌を出しながら誤魔化すのはデフォルトか。

 急なキャラ変更は一条的にポイント低い。


「あ、そういえば”進み続ける異世界の原点”の新刊入ってたよ。買ってく?」


「買う。俺のエネルギーだ」


「オタク乙&毎度あり!」

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