第22話 グレイスの攻撃力は大幅にアップした

「あ、そうだ・・・」

「どうした?」

「懐に潜り込まれた時にどうしても後手に回るんです。カタナは凄くいい武器なんですけど、超接近戦には向いてないというか・・・」

「ぶん殴りゃいいんじゃねぇか?」

「相手が鎧ですと効果が無さそうですので・・・」

「鎧ごとブチ抜けばいいだけだぞ?」

「人類基準でお願いします!」

「ふむ・・・格闘だと浸透勁ってのがあるな」

「どんな技なのですか?」

「鎧とか体の表面を貫通して内部を破壊する技だ」

「すごいですね!でも、難しそうです・・・」

「いや、そうでもないぞ。グッとやってスッとやってドンッとやればできる」

「・・・」


アーノルドの全く役に立たない解説にグレイスはジト目を向けた。


「どうした?」

「いえ・・・やっぱり魔導剣士の修行を優先します」

「そう簡単に諦めるな」

「いえ、その修行に時間を取られるのは本末転倒です」

「じゃあ、そうならないようにすればいい。魔導剣士ならではの超接近戦のやり方だ」

「うーん・・・短剣を装備しておいてそれで魔法剣を使うのは時間が掛かり過ぎますし、相手に読まれてしまいます」

「そうだな。そこまで余裕があるなら本来の間合いまで離れる方がいい」

「そうなると、やっぱり一動作でできる攻撃・・・あっ!」

「何か思いついたのか?」

「むぅ・・・知ってたんでしょう?」

「何のことだ?」

「だって、ヒントくれてたじゃないですか!」

「バレたか。魔導剣士よりも更に少ないが、同じようなジョブで魔導格闘士ってのも居る」


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魔導格闘士とは、格闘をベースとして攻撃が当たる瞬間に拳と魔法の両方を叩き込んで破壊力を増す技を使うジョブだ。

しかし、己の肉体のみを使って肉弾戦を行う格闘士の冒険者はそもそも数が少ない。

武器を使う方が手っ取り早く攻撃力が上げられ、防具を装備する方が安全なのだから、大多数の者は冒険に使うジョブとして格闘士を選んだりはしないからだ。

従って、格闘技を趣味としていた者が冒険者になる時に、手っ取り早く特技を活かせる方法として選ぶ程度だ。


しかし、この時代は基本的に貧しく、趣味を持てる者は少数だ。

しかも、釣りのように実益も兼ねているものならともかく、金を支払わなければならない習い事を趣味とできるだけの余裕のある者は更に限られる。

おまけに、格闘は怪我で何か月も働けなくなる可能性がある習い事だ。

そうなっても困らない程の裕福な者となると貴族や大店だが、当主や跡取りに危険な真似はさせられないので、次男くらいしか格闘を習える者は居ない。

もちろん三男以下は跡取りの予備の予備扱いであり、食わせてもらうだけでありがたいと思えという扱いなので、趣味に金を注げる訳では無い。

しかも、それら次男の全員が習う訳ではないので、趣味として格闘を習う者は恐ろしく少ないのだ。


おまけに、筋肉大好きな者ばかりなので、魔法に頼るのは邪道と魔導格闘士を忌み嫌う者が大多数だ。

そして、食うに困るという立場でも無いので、信念を曲げて強くなる為に魔導格闘士にならざるを得ない者もほとんど居ないのだ。

結果的に魔導格闘士はマイナー中のマイナーなジョブとなっている。


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「えいっ!えいっ!」

「何をしている?」

「魔導格闘士の練習ですよ?」

「そんな猫パンチじゃ意味は無い。碌な威力が無い上に攻撃を読まれるだけだ」

「うーん・・・」


格闘経験の無いグレイスは必死に考えているが、いい方法が思いつかない様子だ。


「そうだな・・・ちょっとカタナを上段に構えてみろ」

「はい」


グレイスが構え終わるとアーノルドは一気に間合いを詰めた。


「ひっ!」

「何怯えてるんだよ!この状態から最短距離で俺に触ってみろ」

「は、はい!」

「それでいい。これだけ接近してればお前の手はほとんど見えん。気取られないよう、さり気なく最短距離で掌を相手に置くようにして魔法を使え」

「分かりました!」

「それと、この技は失敗しても構わん。魔導格闘士の技が使えると分かりゃ、そうそう間合いを詰めてくる奴は居ねぇ。内臓を焼かれりゃ遅かれ早かれ死ぬからな」


文明が衰退した結果、多くの医療技術は失われており、内臓に大火傷を負えば助かる可能性はまず無いのだ。


「うっ・・・かなり危険な技なんですね」

「使うのを躊躇うなよ?懐に潜り込んでくるような相手なら、最短時間で決めないと逆に腕を取られるぞ」

「は、はい!」

「話は変わるが、点数の方はどうなってる?」

「あ、最近は見ていませんでしたね」


グレイスは胸当ての内側から准冒険者免許証を取り出した。


「あ!消えてます!」

「そうか、無事に一年経ったんだな」

「はい、一安心です」

「ま、違反はするなよ」

「はい」


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「はぁ・・・どうしてこうなったんだろ・・・」


グレイスは准冒険者免許証を胸当てに仕舞いながら溜息をついた。

視線の先は胸当ての中に見える”谷間”だった。

同年代の平均的女子よりも大きいDカップにまで育ってしまったのだ。

原因はもちろんあの果物だ。


「お前、やっぱり女なんじゃないか?」

「そういう病気はありますけど、わたしは違いますよ」

「本当か?」

「はい、わたしもその病気を疑って鑑定魔法で見てもらったことはありますが、結果は男性でした。ですから、実は女性だったという事はあり得ません」

「不思議だな・・・」

「はい・・・」

「ま、何にせよ装備は買い変えなきゃならんな。点数が消えたんなら街で多少違反しても免停にはならんしな」

「うぅ・・・街・・・怖い・・・」

「変えなきゃお前も困るだろ?」

「な、な、な、なんのことですか!」

「最近のお前は激しく動くと、動きが鈍る。見てりゃすぐ分かるさ」

「ううう・・・」


グレイスは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

胸のサイズだけが成長する訳など無く、当然、その頂点に君臨する存在も大きくなる。

激しく動くと、サイズの合っていない胸当ては上下左右に動いて擦れてしまい、痛みと、それに反する感覚の両方が体を走り抜けるせいで動きが鈍くなるのだ。

装備を買い替える余裕の無い女性准冒険者にはよくある話で、酒場でオッサン冒険者にからかわれている姿を見かける事も多い。


「悪いことは言わん。今のままじゃ修行にならんぞ?」

「はい・・・あの・・・」

「なんだ?」

「アーノルドさんに街で買ってきてもらうというのは・・・」

「お前は准冒険者だ。冒険者と一緒じゃなきゃこのエリアには居られないだろ?」

「そうでした・・・」


アーノルドへの胸当て購入委託クエストは発注不可能と理解したグレイスはがっくりと肩を落とした。


「と、とりあえず、まだ暫くは大丈夫だと思いますよ!」

「ほう・・・本当か?」

「も、も、も、もちろんです!」

「じゃあ、反復横跳びな」

「え?」

「手は腰に当てて、ちゃんと胸を張れよ?」

「え・・・あ・・・はい・・・」

「よし、始め!」

「はい!はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」

「もっと早く!」

「はっ、はっ、はぁっっ、はぁぁっ、あ、あ、あぁ!」

「胸を張れ!」

「あ、あぁ、あああぁ・・・ああんっ・・・あ、あ、もう、もう、だめぇ・・・」

「続けろ」

「もうだめ、もうだめなのぉ・・・ゆる、ゆるし・・・あ、あ、あ、あああああああ!!!」


グレイスは一際大きな声を出すと、その場に崩れ落ち体を小刻みに痙攣させている。

一日の修行が終わった後の運動だから、きっと疲れているのだろう。


「いきたいだろ?」

「い、いや・・・こわい・・・」

「早くいきたいって言えよ。楽になるぜ?」

「い、いやぁ・・・いくの・・・こわい、こわいのぉ・・・」

「分かった。じゃあ、このままでいいんだな?」

「い、いや・・・」

「そろそろ限界なんだろ?素直になれ」

「い、いきたい・・・いきたいのぉ!お願い、一緒に・・・」

「よし、一緒にいくぞ!」


もちろん街に行くかどうかの話だ。

グレイスが幼児口調なのは疲れすぎて朦朧としているせいだろう。


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そして5分ほどが経過し、グレイスの意識もはっきりしてきた。


「あ、あれ?」

「お、やっと意識がはっきりしてきたみたいだな」

「あ、あの、何か変な事を口走ったりしませんでしたか?」

「いや、お前の場合、全く違和感は無い」

「いったい何を・・・いえ、聞くのは止めておきます・・・」

「街に行くことにしたのは覚えてるか?」

「はい、それは何となく覚えています」

「じゃあ、明日、街に行くぞ」

「え、早すぎませんか?」

「あんまり刺激してると、でかくなって戻らなくなるぞ?それとも目覚めちまったか?」

「ば、ば、ば、馬鹿なこと言わないで下さいっ!こ、擦れて痛いだけですからっ!」

「ふーん」

「な、なんですか、その目は!」

「ま、明日は朝から移動だ。今日は魔力は温存して、飯食ったらさっさと寝ろ」

「もう・・・」

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