第18話 獲物 狩る 食う
グレイスが喜んでいるとアーノルドが近付いて来る足音が聞こえた。
少し前から地響きがやんでいるので作業が終わったらしい。
「俺の方は終わったぜ。解体はどうだ?」
「あ、アーノルドさん!見て下さい!ちゃんと魔法剣で切れましたよ!」
「ん?魔法剣?」
「これです!」
グレイスは嬉しそうに先ほど使った魔法剣をアーノルドに見せた。
「へぇ、最初にしちゃ上出来じゃねぇか。時間が掛かったのは練習してたからか?」
「あ・・・やっぱりまだまだなんですね・・・」
「ま、慣れりゃすぐだからな」
アーノルドは獲物に近付くと、指を突き立てそのまま力任せに切り裂くと、いとも簡単にぺろりと皮を剥ぎ取った。
「な、すぐだろ?」
「そんな事できるのはアーノルドさんだけですよ・・・」
「むしゃ・・・ほんなほろはなひほほもふほ?」
「食べながらしゃべらないで下さい!って、それ生肉じゃないですか!」
「ごくっ・・・それがどうしたんだ?」
「お腹壊しますよ?寄生虫もいるかもしれませんし・・・」
「細かいことを気にする奴だな」
この男なら、きっとウイルスも細菌も寄生虫も全て消化してしまうのだろう。
「そう言えば、こんなに沢山狩って保存はどうするつもりだったんですか?」
「腐る前に食う。多少腐っても食う」
「無理です!」
「いや、実際そうしてきたからな」
「冬眠前の熊じゃないんですから・・・」
「そうか・・・お前はできないのか」
「当たり前ですよ・・・それに、体を鍛えるなら規則正しい食生活は大事だそうですよ?」
「なにっ!本当か!」
この男は強くなる事に関しては貪欲だ。
「アーノルドさんに当て嵌まるかどうか分かりませんけど、普通はそうです」
「お前は学があるんだな」
「いえ、世間の常識ですよ?」
誰も教えなかったのかという疑問も湧くが、ガチムチゴリマッチョに体の鍛え方の講釈を垂れる人間は少ないのかもしれない。
あるいは、火の使い方さえ知らない原始人のような食べ方が、この男の風貌にマッチしすぎていて誰も違和感を感じなかったのかもしれない。
「そう謙遜するな。だが、いいことを聞いた。どうすれば長持ちするんだ?」
「冬なら寒さで腐らないですけど、それ以外ですと塩漬け肉、干し肉、燻製肉ですね。でも、持って来た塩だけですと全然足りません・・・」
「塩なら来る途中に山ほど岩塩があったぞ」
「それでしたら保存食に加工できます。ですが、これだけの量ですと容器が足りませんね・・・」
「それなら簡単だ。冒険者が遠征する時は現地のキャンプで土器を作るらしいぜ」
「あ、なるほど!」
「お前なら乾燥させるのも焼くのも魔法でできるだろ。形は俺が作ってやるから、魔法の練習がてらやってみろ」
「はい!頑張ります!」
旅慣れた者ほど荷物は少なくなるものだ。
それに、大きな荷物は移動中の体力を消耗し、森の中では通れないルートも出てくる。
おまけに急な襲撃への対応も遅れる上に、野盗に盗まれるリスクも存在する。
現地調達が可能で使い捨てでも惜しくない土器を有効活用するのは、教科書に載っていない冒険者の生活の知恵のようなものだ。
一つ問題があるとすれば良質な土が確保できるかどうかだが、この男が土を練れば石が混じっていても粉々に砕けるので問題は無い。
「解体は俺がやっておくから、お前は足場の方を見て足りないものがあれば言ってくれ」
「はい、分かりました!」
グレイスを見送った後、アーノルドは手際よく皮を剥ぎワタ抜きも済ませると、小川の横に貯水池を作り獲物を沈めた。
巨大なモンスター四頭が沈められる池となるとかなりの大きさが必要だが、この男にとっては一瞬だ。
しばらくは冷たい水で肉の温度を下げる必要があるので、アーノルドは足場へと戻る事にした。
ちなみに、普段は面倒なのでそのまま食っているが、知識だけは持っているのだ。
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「足場はどうだ?」
「すごい・・・ですね」
グレイスは目を丸くして驚いていた。
急な山の斜面に幅50m長さ200mの平地が出来ていたからだ。
しかも、単に均しただけではなく、崩れないように土留めまで設けられていた。
もっとも、引っこ抜いた大木から根っこや枝を力任せにむしり取ったものを強引に地面にねじ込んだものだが。
「足りないものは無いか?」
「そうですね・・・アーノルドさんにお願いしないといけなさそうなのは水場ですね」
「どうすりゃいい?」
「小川の水をこちらまで引く水路を作っていただけないでしょうか?細かい作業はわたしが頑張ってみます」
「分かった。これ食ったら作るぜ」
「えっと、それは何ですか?」
「レバーだ。獲れたては美味いぞ」
「焼いたりは・・・しないんでしょうね・・・」
「当たり前だ。レバーは飲み物って言葉を知らんのか?」
「知りません!本当にいつか病気になってしまいますよ?」
「まぁ、筋肉があればだいたい大丈夫だ!」
「はぁ・・・」
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