第17話 師匠の真意をつかみ取れ
少し離れたところでグレイスが解体の道具を準備していると、大木が次々と根こそぎ抜かれていくのが見えた。
「わたしも自分の仕事がんばらなくちゃ!」
グレイスは四頭の巨大モンスターが着弾した地点に行き、一番小さいものを探し出した。
もっとも、一番小さいと言ってもグレイスよりはるかに大きいのだが。
「こんなモンスターが居たんだ・・・ハボックボアに似てるけど、何ていう名前なんだろ?」
ちなみに、モンスターも元は普通の獣だ。
魔王から漏れ出た魔素が周囲に広がって行くにつれ、属性間の反発力によって分離し稀に特定の属性濃度が高い魔素溜まりが発生するのだが、そこに獣が長時間留まるとモンスター化してしまうのだ。
そして、魔王の封印が弱まると漏れ出る魔素の量が増え、深刻な影響が出始める。
モンスターの数も目に見えて増えるのだが、冒険者が討伐するのでそちらは大きな問題にはならない。
深刻なのはモンスターの進化だ。
たとえば、イノシシの場合は最初はキラーボアと呼ばれる第一形態のモンスターになるのだが、キラーボアが更に大量の魔素を浴びるとハボックボアと呼ばれる第二形態へと進化してしまうのだ。
そしてハボックボアともなると、その街の冒険者ギルド総出で挑むほどの脅威となる。
一度や二度であれば対応する事は可能なのだが、頻発する事態になると多くの町や村は見捨てざるを得なくなる。
魔王そのものは封印できても、定期的に引き起こされる大規模な破壊のせいで人類の発展は阻害されているのだ。
ちなみに、ここに転がっているのは人類が未だ遭遇した事の無い第六形態だ。
図鑑にも載っていないので、グレイスが知らないのも無理はない。
「血抜きは終わってるそうだから、皮剥ぎとワタ抜きか・・・が、がんばるぞっ!」
座学での知識はあっても初めての解体は緊張するものだ。
獲物が大きい事もあって、まだ体は暖かい。
旧文明の頃の先進国ほどでは無いが、グレイスは自分が生きるために他の生き物の命を奪う事への罪悪感をどうしても感じてしまっていた。
「あ、あれ?」
意を決して皮剥ぎの為に獲物にナイフを当てるが全く切れ込みが入れられない。
無理もない。
第六形態モンスターの皮膚は恐ろしく頑丈なのだ。
アーノルドの腰に巻かれた皮と同等、つまり核融合反応で生じた爆風衝撃波の直撃を受けてもびくともしないだけの強度があるのだ。
「刃がもうこんなに・・・研がなきゃ・・・ううん、きっとそうじゃない」
グレイスのナイフはあっという間に刃が鈍ってしまっていた。
すぐに研ぎ直そうとしたが、何かに思い当たったらしい。
「これはわたしが一人前の冒険者になる為の修行の旅。きっと、一つ一つの事に意味があるはず・・・アーノルドさんがわたしに何を伝えたかったのか考えなくちゃ!」
あの男はもちろん何も考えていない。
この程度の獲物の皮など素手で一気に剥ぎ取れるとしか認識していないのだ。
「わたしが目指すのは魔導剣士・・・つまり、このナイフを魔法剣にするのが正解・・・なのかな?」
グレイスは火属性の魔法の一つであるヒートを発動させる。
もちろん、これまで使ってきた何かを温める程度、例えば真冬に布団を寝る前に温める程度、では役に立たない。
グレイスは今の自分に出来る最大の魔力を込めようとして、突然止めた。
「違う・・・魔導剣士の特徴は継戦能力だってアーノルドさんは言っていたよね?魔力の自然回復量と釣り合う魔力で出来ないと・・・その為に必要なのは、確か魔力密度だったはず!」
魔力回復量はその者の持つ魔力量に比例するので、現在のグレイスの魔力量では回復量もわずかなものとなる。
この条件で第六形態モンスターの皮に切れ込みを入れるには、極小の領域に魔力を集中させる魔力精度が必要となる。
この魔力精度は、習得した呪文の数や保有する魔力量とは別の要素である。
旧文明の頃に存在した野球というスポーツで例えるなら、呪文の数は投げられる変化球の数、魔力量は球速、そして魔力精度は制球力に相当する。
「くっ・・・これくらい集中させればきっと・・・」
グレイスが持つ解体用ナイフの刃に沿って赤く光る線が宿った。
一流の魔導剣士であれば青い光が刃先よりも細い線となるのだが、初めて魔法剣に挑戦した者としてはかなり優秀な部類だ。
「ちょっとずつだけど・・・切れ込みが・・・・・・・・・」
数分にわたりナイフを押し当て続けていると、ヒートの魔法が脂肪を焦がす臭いが広がった。
ほんの僅かだが、第六形態モンスターの分厚く頑丈な皮膚を切り裂く事に成功した証だ。
もちろん、実戦では素早く動き回るモンスター相手にヒートにだけ集中して一か所に刃を当て続ける事は出来ないので、今のグレイスがこのモンスターと戦えば傷一つ付ける事はできない。
「出来た!これを繰り返せばアーノルドさんの最初の課題は達成できそう!」
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