第15話 都合よく見つけた食べ物はだいたい危ない

そして翌日の朝、夜通し走った二人は街から300kmほど離れた山中に居た。

地響きを立てないために平均時速30km程度での移動だったが、グレイスには到底不可能だったのでアーノルドにお姫様抱っこされての移動となったのだが。

なお、衰退し一つの国にまとまって住む人類にとって、ここは遥か彼方の化外の地である。

旧文明の感覚とは比較しにくいが、遠さの感覚は当時の木星くらいであろうか。


「あの、ありがとうございました・・・」


走り出してすぐにへばってしまったグレイスは、対照的に汗一つかいていないアーノルドに申し訳なさそうに言った。


「ま、軽めの錘が一つ増えた程度だから気にすんな。ただ、お前はもうちょい体力を付けねぇとな」

「はい・・・冒険者の皆さんはあれくらいは普通なんですか?」

「どうだろうな?俺はソロ専門だから分からん」


当然、無理だ。

合計300kg以上の鉄球をぶら下げた上に小柄とは言え人一人を抱えた状態で、フルマラソンを1時間半を切るペースで10時間も走り続けられる人間は他に居ない。


「それにしても、街からずいぶん離れましたね・・・強いモンスターが居そうで心配です」

「いや、モンスターなんか滅多に居ないと前に言っただろ。ここもほとんど気配が無いだろ?」


実際、近くを流れる小川のせせらぎと風が木々の枝を揺らす音以外、獣が下草を揺らす音も鳥の囀りも聞こえない。


「そう言えばそうですね。安全ですけれども食材に困りそうな・・・」

「肉は20kmほど離れたところに大きめの獲物が何頭かいるから安心しろ」

「あ、そうなんですか!でもそれ以外はどうしましょう?村も無さそうですし・・・」


グレイスがアーノルドに目を向けると、その男はその辺の草をむしって食っていた。


「お前も食うか?」

「えっと・・・お腹壊しませんか?」

「俺は何喰っても平気だが?」

「聞いた私が馬鹿でした・・・」

「他には・・・」


アーノルドは近くにあった大木をへし折ると葉っぱを食い始めた。


「この葉っぱもいけるぞ」

「もういいです・・・あっ!」

「どうした?」

「この果物は見たことがあります!」


グレイスは大木になっていた果実を嬉しそうに指さした。


「お前でも食えそうか?」

「はい、とっても栄養があるそうです。お母様が本当は毎日毎食わたしに食べさせたいと言っていました」

「お前の家は金持ちそうだが、そんなに高いのか?」

「お値段の方はわたしには分かりません。でも、滅多に手に入らないそうですよ。食べきれなかった分はドライフルーツにして大事に保管してましたし」

「へぇ、次に街に行く時には収穫しておくか」


もちろんグレイスの両親が欲しがる食材だけあって、プエラリアや大豆豆乳を遥かに上回る効果を持つ果物だ。


「食べてみますか?」

「おう」


やはりと言うべきか、この男は皮も剥かずに丸ごと食った。

暫くすると、この何でも食べる男にしては珍しいく吐き出してしまったが。


「うぇっ!なんだこりゃ?」

「えっ!前に食べた時は美味しかったのですが・・・」

「お前も食ってみろ」

「はい」


先程のアーノルドの反応を見ていたグレイスは恐る恐る口を付けた。


「あっ!美味しい!」

「お前、舌がおかしいんじゃねぇか?」

「むぅ・・・そんな事ないですよ。変な葉っぱを食べたせいでは無いですか?」

「どうだろうな?ま、明日にでもまた試してみるさ」


ちなみに、その後も何度か試してみたが、結果は同じだった。

おそらく、異常に豊富に含まれるとある含有成分に対してアーノルドの体が拒絶反応を示したのだろう。


「これからどうします?」

「食い物も水もあるし、ここで修行だな」

「え?こんな急な山の斜面でですか?」

「何か問題でもあるのか?」

「麓まで転げ落ちる自信があります・・・」

「そうか・・・まぁ、平らな方が便利だし作るか」

「何を作るのですか?」

「足場だ。だが、その前に・・・」


アーノルドは細いが丈夫な革紐で吊り下げられた鉄球を全て取り出し、そして投げた。


「ふんっ!ふんっ!ふんっ!ふんっ!」


衝撃波による爆音が響いた数秒後、遠く離れた四か所で血煙が吹き上がった。

いずれもヌシに相当する大型モンスターだが、弱肉強食の掟により頭を吹き飛ばされて即死したのだった。


「急にどうしたんですか?」

「先に狩っておかないと逃げるからな」

「でも、遠いですよ?」

「取りに行ってくる。お前はじっとしてろ」

「え、でも・・・」

「安心しろ、他にモンスターは居ねぇ。じゃ、行ってくる」


そう言い残すとアーノルドは凄まじい跳躍力をもって文字通り飛び出していった。


「はぁ・・・わたしもいつかあんな事できるようになるのかなぁ?」


もちろん無理だ。


グレースは独り言を言い終えると、准冒険者免許の教科書通りに焚火の準備を始めた。

准冒険者の場合は実技試験は無く、それまでの生活でも焚火の準備をしたことなど無いので、悪戦苦闘している。

そんな時、空からヒュルルルルとこれまで聞いた事の無い音が聞こえてきた。


「なんだろ?」


グレイスが不思議な音の正体を確かめようと顔を上げた瞬間、100mほど離れた地点から轟音が鳴り響いた。


「ひゃああああっ!」


グレイスは腰を抜かしそうになったが、意を決してその正体を探るために注意深く近付いて行った。


「これは・・・モンスター?う、うぷっ・・・」


グレイスはもちろん料理をした経験はある。

いや、むしろ一般的な同年代の男子よりもはるかに多くの花嫁修業的な家事は経験させられてきた。

当然、食材としての肉は何度も扱った事はあるのだが、あくまでも精肉された食材としてだ。

頭部が吹き飛んだ獣の死体などは見たことが無く、思わず吐き気がしたのは無理もない事だろう。


そして再び空からヒュルルルルという音が響いた。

すでにある程度アーノルドに順応していたグレイスは直感的に確信した、これはアーノルドの仕業であると。

本能的に身の危険を感じ、吐き気も忘れて必死に逃げたおかげで二頭目の激突には巻き込まれずに済んだのだった。

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