第14話 嘘も方便

アーノルドとグレイスは西門に到着した。

既に夕方に近い時間帯のため並んでいる者は居なかった。

夜間は出入りできないので、街から出る者は近場の村に行く者を除けば時間を有効に使える朝に集中するからだ。

とは言え、すぐに街から出る手続きは出来ず、前室で10分程度は待たされる。

街を出る直前の食い逃げや引ったくりを抑止する為のシステムだ。

そういった犯罪の通報があれば、街の中央に備え付けられた警鐘が鳴らされ、街から出る事は制限されることになる。

もちろん計画的な重犯罪、たとえば一家皆殺しの押し入り強盗などはすぐに発覚しないので防ぐことは出来ないのだが、治安の底上げにつながるので間接的には役に立つ。

旧文明の頃に確立された割れ窓理論というやつだ。


「ところで、修行はどこで行う予定なんですか?」

「ここの南側の村に向かってから近くの平原で野宿するつもりだ。行き方は門番に聞いておいてくれ」

「はい、分かりました」


そんな会話をしていると、扉が開き冒険者の団体が入って来た。


「おや、先客か」

「これから出発か?珍しいな」

「ちょっと二日酔いでね。あんた達こそもうすぐ日が暮れるってのに二人だけかい?」

「野暮用が多くてな」

「夜道は危険だ。俺たちと一緒に行かないか?」

「いや、急いでるんでな」

「そうかい、せいぜい気を付けな」


すると再び扉が開き、今度は門番が姿を現した。


「よし、まず二人組の方からだ」

「へいへい」

「それでは皆様、失礼します」


街から出て行く時の検査は簡単なものだ。

せいぜい盗んだものを持っていないかどうかを調べる程度だ。


「ふむ、荷物は野営道具に保存食と予備の装備だけですね。では装備品を拝見します」

「はい」


グレイスはローブを脱ぎ、門番に装備品を見せた。

途端にグレイスフェロモンが広がり、門番はクラクラする。


「くっ、耐えろ、俺・・・」

「あの?」

「い、いえ、何でもありません。随分と立派な装備ですが、あなたの物と証明できますか?」

「はい、買ったばかりなので譲渡証があります」


グレイスの差し出した譲渡証を受け取った門番は装備と見比べた。


「はい、確認できました。では、あなたはこれで結構です。夜道は危険ですのでお気を付けて!」

「はい、ありがとうございます!あ、そう言えば南の村にはどう行けばいいですか?」

「少々お待ちください・・・この地図をどうぞ」

「わぁ、ありがとございます!」

「次は貴様だ。荷物は無いのか?」

「無い」

「装備品は鉄球だけか?」

「そうだ」

「よし、とっとと出て行け」

「ちっ、どいつもこいつも・・・行くぞ、グレイス!」

「はい!」


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アーノルドとグレイスはわずかな月明かりに照らされた街道を歩いている。


「月に雲もかかったし、この辺りでいいだろう。グレイス、声を出すなよ」

「は、はい?」


アーノルドはグレイスを小脇に抱え、信じられない程の跳躍力で街道から外れて行った。


「あ、あの一体何を?」

「これから北へ向かう」

「え?南の村じゃないんですか?」

「グレイス、さっきの冒険者をどう思う?」

「二日酔いで遅れた人ですか?」

「信じたのか・・・」

「え?違うんですか?」

「あんな時間から出発する冒険者がいると思うか?」

「そう言えば、変ですね・・・」

「夜にしか狩れないモンスター狙いならともかく、二日酔いはありえん。あの時間じゃ街を出てすぐ野営の準備だ。片付けの時間を考えたら朝一番に街を出る方がマシだ」

「なるほど・・・それでは目的は何だったのでしょう?」

「分からないか?あの時間にあの門から出発しなきゃ見失う獲物だぞ」


グレイスの顔から血の気が引いた。


「ま、まさか、わたし・・・ですか?」

「それ以外の理由があるか?」

「うぅ・・・」

「という事で、北に向かう」

「え、でも、南に行くって言ってませんよね?」

「門番には言っただろ」

「はい。ですが聞こえてはいないと思うのですが・・・」

「んなもん、賄賂渡して聞き出すに決まってんだろ」

「え?でも、あの門番さんは真面目そうでしたよ?」

「あのなぁ、王都ならともかく、賄賂受け取らない門番なんか居ねぇぞ?」

「そうなんですか・・・」

「受け取るだけ受け取って嘘つく奴もいるが、今回はお前が目当てだからなぁ・・・」

「どういう事ですか?」

「上手くいけば分け前、つまりお前とやらせてやると唆かされりゃ本当の事を言っちまうだろうな」

「えぇっ!」

「声が大きい。だいぶ離れちゃいるが、用心しろ」

「すみません・・・わたしのせいで予定変更になってしまいましたね・・・」

「いや、もともと北に行くつもりだったから安心しろ」

「でも、南の村への道を聞けと・・・あっ!」


グレイスは何かに気付いたような表情になった。


「お前も少しは分かるようになってきたな。そうだ、わざとだ」

「最初から教えておいて下さいよぉ・・・」

「お前は演技が下手そうだからな。俺が言うと怪しまれかねないし、お前が素で聞く方が騙しやすい」

「うっ・・・」

「冒険者には演技力も必要なんだぜ。報酬の交渉の時にも役に立つしな」

「がんばります・・・」

「さて、あいつらも通り過ぎたし、後詰めも居ないようだ。俺たちも移動するぞ」

「はい」


その後、二人は無事に逃げ延びたが、グレイスを狙っていた冒険者達は悲惨な目にあったらしい。

リバースモンスターラッシュ、つまり何らかの理由で縄張りから逃げ出しモンスターラッシュを起こしたモンスター達が再び自分の縄張りに戻る流れに巻き込まれ、ほとんどが喰われたらしい。

辛うじて生き残って街に辿り着いた者も身体欠損が酷く、程なくして誰にも看取られることなく野垂れ死んだという。

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