第13話 美女(♂)と三日月

一仕事を終えたアーノルドはグレイスの元へとやって来た。


「待たせたな」

「いえ、わたしもお手伝いできればよかったんですけど・・・」

「まぁ、あの歳で興奮させすぎたら死ぬかもしれんからな、しょうがない」

「うぅ・・・」

「さて、次は武器屋だな」

「何を買うんですか?」

「お前の武器だ。ところで、お前は身長はまだ伸びてるか?」

「たぶん、2年前くらいから止まっています」


小柄なグレイスは少し寂しそうに俯きながら答える。


「じゃあ、防具も買っておこう」

「けっこう高かったのに・・・」

「ぼったくられたんだろうな。武器防具以外はかなりいいもんだが」

「あのおばさん親切だったのに・・・」

「あぁ、そういう事か」

「え?」

「嫉妬だ。相場を知らないのをいい事にゴミ装備を高値で売り付けたんだよ。親切だったのは腹の中であざ笑ってるのを悟らせない為だ」

「うぅ・・・他所の街でも同じだなんて・・・」

「故郷でもそうだったのか?」

「近所の女の子全員に意地悪されてました・・・」

「そうだろうな。これからは女の店員の時は買い物はやめておけ」

「はい・・・」


そんな会話をしていると、すぐに武器防具店へと辿り着いた。


「いらっしゃ・・い・・ま・・せ・・・」


若い店主は扉を開けて入ってきた二人を見て絶句した。

もっとも、今回は原始人ではなくグレイスを見ての事だった。


「細剣とスピードファイター向けの軽鎧を見せてくれ」

「はっ!しょ、承知いたしました。お嬢様が装備なされるのでしょうか?」

「そうだ。出来るだけいいものを頼む」

「よろしくお願いしますね」


グレイスはにっこりと微笑み会釈をした。


「は、はいっ!このわたくしにお任せ下さいっ!」


若い男だけあって、グレイススマイルの効果は抜群だった。

こちらが何も言わない内から3割以上の値引きを提示してきたのだった。


「お前の身長だと刀身はこの辺りなんだが、手足が長いからもう少し長めの方がいいな」

「こちらですか、思っていたより重いのですね」

「今のお前じゃ重いだろうな。だが、長さ、重量、バランスなんかは最終的に使う武器と同じもので訓練した方がいい。微妙なズレで命を落とす奴も珍しくはないからな」

「分かりました、頑張ります!」

「で、候補はこの三本だ。左が頑丈な刀身で剣に近いから斬る事もそこそこ出来る。右は切先で突く事に特化しているから、刀身は攻撃をいなしたり懐に潜り込まれた時に牽制するのに使える程度だ。真ん中はよく言えばバランス型、悪く言えば中途半端だ」

「うーん、悩みます・・・あ、そうだ!店長さん!」

「は、はひ!いかがなしゃれまひたか?」


呆けたようにグレイスの顔を見つめていた店長は、急にグレイスに話し掛けられ思い切り噛んでしまったようだ。


「えっと・・・これくらいの長さで突くのも切るのも万能なのってありませんか?」


グレイスの上目遣いで店長はとどめを刺されたらしい。

フラフラと店の奥に行き、白木の箱を持ち出した。


「これは細剣ではないのですが・・・」


そう言いながら一本の剣をグレイスに差し出した。


「変わった形の剣だな。柄は両手剣だが刀身は妙に細くて反っている。ひょっとしてこれは・・・」

「はい、カタナと呼ばれている旧文明の遺物です。旧文明の研究者によると、三日月という銘だったそうです」

「店長さん、抜いてみてもいいですか?」

「はい、是非ご覧になって下さい」


シャキン


「わぁっ、綺麗!アーノルドさん、わたし絶対この子がいいです!この子以外は嫌です!」

「こりゃあ、いい剣、いや、いいカタナだ。だがな、グレイス、武器の予算は大金貨1枚までだ。それで買えなけりゃ諦めろ」

「えぇーーーっ!」


グレイスは溢れんばかりの涙目になり、店長を見つめた。

既に勝負はついている、いや、最初から勝負にはならない運命だったのだ。

壊れてしまった店長は爽やかな笑顔で言い切った。


「もちろん、大金貨1枚でお譲りしますとも!」


その後も完全にアーノルドとグレイスのペースで商談は進み、ビキニアーマー(貧乳用)、籠手、レッグガード付きカリガを購入した。

スピードファイターを目指す以上、半裸同然の防具なのは仕方がないが、グレイスが街中でそのような恰好をしていれば余計な騒ぎが起こるのは明白だ。

なので、体を隠すためのローブも購入する事になったのだが、魔法の付与などは必要無いので金額的には誤差の範囲だ。


「お買い上げありがとうございました。それでは下取り査定を・・・」

「要らん。今着ている装備は予備にする」

「え、あ、そんな・・・」

「店長さん、色々とありがとうございました!またこの街に来たら、絶対に立ち寄りますね!」


大輪の花が咲いたような満面の笑顔で可愛らしく手を振られた店長は何も言えなくなり、涙目で見送る事となったのだ。


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「だいぶオマケしてもらえて助かりましたね!」

「あぁ、そうだな。まさかあそこまで値切れるとはな・・・」


三日月とは旧文明時代に某国で国宝にまで指定された最高の一振りだ。

大金貨1,000枚でも譲ってもらえるかどうか怪しい程の逸品である。

それ程のカタナが只の武器屋に保管されていたのは、昔、価値の分からない盗賊に盗み出されたものが、巡り巡って先々代の頃に流れ着いたからだ。

その美しさに興味を持った先代店主が詳しく調べたところ、とんでもない品物と分かり門外不出の家宝となっていたのだった。

もちろん、アーノルドと言えども正確な価値は分かっていなかったのだが、少なくとも大金貨100枚以上の価値はあると踏んでいたのだ。


「そう言えば、どうして下取りしてもらわなかったのですか?予備はあった方がいいのは分かりますけど、嵩張りますよね?」

「そりゃ、もっと高く買い取ってくれる店があるからだ」

「へぇ、そうなんですか。古着も意外に高く売れますよね!」

「そう・・・だな」


二人が次に行ったのは、青い水兵のキャラクターがトレードマークのブルー・セーラーという古着屋だ。


「あっ、この街にもあったんですね!」

「なんだ、この店知ってたのか?」

「はい、准冒険者免許を受けに行った街で手持ちが少なかったので、要らないお洋服を売ったんです。ずっと走ってて汗でベトベトだったのに凄く高く買い取ってもらえたんですよ!」

「あー、なるほど・・・な」


世間知らずなところの多いグレイスは、このブルー・セーラーという店がどういう店なのか知らないらしい。

こうも無邪気に喜ばれると、さすがのアーノルドも心が痛んだようだ。


「いや、やっぱり予備にしよう。金も十分手に入ったし、万が一に備えるべきだな、うん」

「分かりました!アーノルドさんがそう言うなら、きっとその方がいいですよね」

「あ、あぁ、もちろんだ。じゃあ、修行の旅に出発するぞ!」

「はいっ!よろしくお願いします!」

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