第12話 無料より高いものは無い
ブルガル夫妻に見送られ、アーノルドとグレイスは次の店へと移動を始めた。
「すごい金額になりましたね」
「俺の言った通りだろ?」
「はい、驚きました」
「まぁ、俺も思っていたより高くて驚いたけどな」
「次はどこに行きますか?」
「鍛冶屋向けの問屋はありそうか?」
「えっと・・・あります。アーノルドさんは鍛冶もされるんですか?」
「いや、昨日はごたごたして鉄球が買えなかったからな」
「そう言えばそうでしたね。あ、3つ先の角を左です」
「分かった」
二人は問屋に到着したが、受付は怪訝な顔をしている。
基本的にはこの街と周辺の鍛冶屋相手の商売なので、一見の客が来る事など滅多にないからだ。
もっとも、馴染みの客が都合がつかずに冒険者を代理で寄越す事もあるのだが、それにしても原始人と絶世の美女の組み合わせは異色だ。
「いらしゃいませ、どういったご用件でしょうか?」
「鉄を買いたい」
「失礼ですがどちらの鍛冶屋様でしょうか?」
「個人だ」
「さようでございますか・・・当店は業務用ですので大きな塊でしか販売しておりません。総合市場でお買い上げされる方がよろしいのではないでしょうか?」
総合市場というのは、旧文明で言うところのホームセンターのようなものだ。
「いや、総合市場の素材コーナーなんかボッタクリもいいとこだろ?これぐらいの鉄を4つほど買いたいんだが?」
アーノルドは両手でスイカ大の大きさを示した。
「あ、それでしたら当店にも在庫はございます。鉄の種類はどういたしましょうか?」
「そうだな、かなり前に買ったハイテンとかいうのが良かったな。あるか?」
「少々お待ちください。在庫を確認して参ります」
そう言うと、受付は店の奥へと向かって行った。
ちなみにハイテンとは旧文明の頃に製造された高張力鋼の事だ。
鉄の様でありながら鉄よりもはるかに強い不思議な素材として知られている。
もちろん、この時代の科学技術レベルでは再現不可能であり、稀に旧文明の遺跡から発掘されるものが流通している。
「んだとぉーーーっ!ハイテンが欲しいだと!」
「は、はい。ゴリラみたいな人が・・・」
「馬鹿野郎!ハイテンってのは力だけじゃ手に負えねぇんだ!素人には売らねぇ!」
「あ、あの、聞こえますよ・・・」
「うるせぇっ!儂が相手する!!!」
声の主はドカドカと足を踏み鳴らしながら受付へとやって来た。
予想通りと言うべきか、ずんぐりむっくりとした体型の髭面親父だ。
「お前さんかい、ハイテンが欲しいとか言ってる若造は?」
「あぁ。今までで一番使いやすかったからな」
「本当か?」
「嘘ついてどうすんだよ」
「まぁいい。お前の腕を見せてもらおうか、付いて来い」
髭面親父は有無を言わさず店の奥へと戻って言った。
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連れていかれたのは小さな鍛冶工房だった。
素材問屋ではあるが、仕入れた素材の品質チェックにでも使うのだろう。
「これがハイテンだ。炉も鍛冶道具も自由に使っていい。お前の腕を見せてみろ」
親父は手動式のクレーンを器用に操作してアーノルドの前にハイテンの塊を下ろした。
「道具なんて要らねぇよ」
そう言うと、アーノルドはハイテンの塊を片手で持ち上げ、まるで粘土のように変形させるとあっという間に球状に加工した。
「くっくっくっく、あーっはっはっはっは!」
「なんだ?気でも狂ったか?」
「ハイテンを素手で・・・はっはっはっは!気に入った!」
「そりゃ良かった。で、売ってくれるのか?」
「お前さんにならタダでやる。4つでいいのか?」
「あぁ、次に街に来るまではもつ筈だ」
「欲張らねぇとこも気に入った。ちょっと待ってろ!」
しばらくして戻ってきた髭面親父は妙な形の金属棒を抱えていた。
「これもお前にやろう。これまでどんな鍛冶師でも手に負えなかった代物、ウォルフラムだ」
「ありがたく頂戴するぜ。お、なかなか重いんだな」
「おまけに馬鹿みたいに硬い」
「みたいだな・・・よっと」
アーノルドは先ほどよりも少し力を込めて球状に加工した。
ちなみに、ウォルフラムとはタングステンの事だ。
旧文明ではその硬さと重さから戦車砲弾などに使われており、これもまた稀に発掘されているが、ハイテンよりも更に希少であり加工も不可能な事から出土した形のまま好事家の蒐集品として扱われている。
「がっはっは!お前さんならやると思っておったわい!」
「そりゃどうも。しかしタダでもらうのも悪いな」
「えぇっ!」
グレイスにしては珍しく素っ頓狂な声を上げた。
それだけ驚いたという事だろう。
「どうしたんだ?」
「えっと・・・アーノルドさんって貰えるものは何でも貰うタイプですよね?」
「当たり前だろ?」
「それなのにタダじゃ悪いなんて・・・どこか具合でも悪いのですか?」
「冒険者なら報酬はなるべく多く貰うもんだ。だがな、タダでものを貰うってのはまた別の話だ」
「嬢ちゃんは新米かい?」
「はい、准冒険者免許を取ったばかりです」
「なら覚えておきな。冒険者ってのは、タダより高いものは無いって考えるもんだ」
「そういうこった。クエスト報酬でのボーナスならいくらでも貰うが、今回は買いに来たのにタダで貰えるって話だからな」
「そういう事だったんですね」
「グレイス、お前が俺だったらこういう時どうする?」
「なんだ、新米教育か?」
「そんなところだ」
「えっと・・・アーノルドさんならではの方法でお返しします。例えば何か加工するとか」
アーノルドと髭面親父は顔を見合わせてニヤリと笑った。
「なかなか出来のいい弟子じゃねぇか」
「まぁな、素直で頭もいい。こういう奴は伸びる」
「だな」
「あの?」
「グレイス、正解だ。て事で、俺はしばらく親父を手伝う。いいか?」
「はい、わたしにも何かお手伝い出来る事はありますか?」
「いや、特にない。少し離れたところで待っておけ」
「え、でも・・・」
「ここには炉がある。お前が汗かきだしたら親父がどうなるか分かるな?」
「あっ!はい、離れておきますね!」
「ん?別に汗臭くはないが?むしろいい匂いがしてきたぞ」
宿屋での一件を思い出したグレイスは脱兎の如く逃げて行った。
ちなみに、この時にアーノルドが剣の形に加工したウォルフラムは当代随一と言われている研師の元へ送られ、ウォルフラムソードとして完成された。
その重量から使い手を選ぶ武器ではあるが、圧倒的な性能から神話級と認定され王家が高額で買い上げる事となり、アーノルドに無償譲渡したハイテンの何百倍もの利益を髭面親父は得たのだった。
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