第11話 美人投資家グレイス
「いらっしゃいませ」
クロエに導かれ、小さな香水店に入ると店長らしき人物が挨拶すると同時にぎょっとした表情を浮かべた。
没落したとは言え、こちらのエリアに店を構えている以上、原始人のような恰好の客など今まで来店した事がなかったのだ。
「クロエ、そちらの方々は?」
「特別な香水をお持ちでしたので、当店で鑑定させて頂こうと思ったのよ。あ、こちらはわたしの夫で店長のクリス・ブルガルでございます」
「俺はアーノルド・スタローンだ」
「わたしはグレイス・ケラーと申します」
「左様でございましたか。狭い店でございますが、ごゆっくりしていって下さいませ」
「では、わたしは早速鑑定をさせてもらいます」
「分かった。くれぐれも言っておくが、慎重に嗅げよ」
アーノルドから小瓶を受け取ったクロエは店の奥へと移動した。
「きゃああああああああっ!!!」
「ク、クロエ!どうした!」
数秒も経たない内に店の奥からクロエの悲鳴が響き、ガタガタと震えながら店へと猛ダッシュしてきたのだった。
「ま、まさか・・・あんな・・・嘘よ・・・とんでも・・・ない・・・もの・・・」
クリスに抱きかかえられながら、クロエは虚ろな目で譫言をつぶやいている。
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それから10分ほどが経過し、クロエはようやく正気に戻った。
「大変お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」
「だから慎重にと言っただろ?」
「はい・・・ですが蓋を僅かに持ち上げた瞬間にあぁなってしまいましたので・・・」
「で、鑑定結果は?」
「最上級という言葉ではとても足りません。使い方を間違えれば国が滅びるレベルです」
「いくらで買い取る?」
「その前に一つ確認させて下さい。これはもっと沢山手に入れられますか?」
「俺たちなら手に入れられる。だが、値段によっちゃあ二度と出回らせない事も考えてやっていい」
「分かりました。少々お待ちください」
クロエはそう言うと、今度は店の二階、おそらくは居住エリアへと上がっていった。
そして5分後、重そうな木箱を手に店へと戻ってきた。
「少なくとも今後十年は同じものを世に出さないという条件でしたら、こちらと交換でいかがでしょうか?」
クロエが木箱の蓋を開けると、そこには店と同じ紋章が刻印された金のインゴットがあった。
「お、おい、クロエ、こんなもの何処に?」
「これは、”ブルガル家再興の機来たらばこれを使え”という言葉と共に、遠い先祖から代々受け継がれてきたものです」
「触ってもいいか?」
「はい、どうぞ」
「ふむ、この大きさでこの重さ・・・偽物じゃ無さそうだな。大金貨20枚ってところか・・・」
「いかがでしょうか?」
「値付けに不満は無いが、冒険者ってのは現金以外はあんまり信用しねぇんだ」
「では、すぐに換金して参ります」
「待って下さい!」
それまで大人しくしていたグレイスが急に声を上げた。
「どうしたんだ?」
「クロエさん、その金塊は家宝のようなものですよね?」
「はい」
「そうであれば、簡単に換金してはいけません」
グレイスは育ちの良さ故か、家宝というものに対して金銭以外の価値を感じているらしい。
「ですが、そうしなければこれ程の大金をお支払いする術はこの店にはございませんが・・・」
「金塊を担保にしてお金を借りて下さい。そして、わたしの取り分九割の半額を事業資金として出資します」
「え?」
「利息をちゃんと収めていれば担保は流れませんから、いつか取り戻せるでしょう。そして十分な手許資金があれば、事業化しやすいと思います。そして事業が成功すれば、わたしは労せずに出資金以上のお金を得る事ができます」
「確かに大金貨数枚もあれば事業化は簡単になりますが・・・」
「アーノルドさん、この事業は成功すると思いますか?」
「とんでもない高値でも飛ぶように売れるだろうな。俺でも成功するんじゃないか?」
「さすがにそれはちょっと・・・と、ともかく、大成功間違いなしの事業です。この方法でいかがですか?」
「俺の取り分は変わらんからどっちでもいいぜ」
「当店といたしましては、ご提案頂いた内容は大変ありがたいものでございます」
「それでは先ほどの案で進めましょう」
「承りました」
大金貨20枚相当ともなると気軽に持ち歩く訳にはいかないので、クリスが銀行へ融資の申し込みに行く事となった。
しばらく待たされる事となったが、融資担当者、鑑定魔法使い、護送警備員が来店し問題なく融資が実行され、アーノルドに大金貨2枚、グレイスに大金貨9枚と出資証書が渡され、ブルガル香水店の口座には大金貨9枚が入金された。
ちなみに、グレイスの提案は何も特別な事では無い。
旧文明と同様に資産家の子弟は、十分な余剰資金があれば大成功する確率が非常に高い案件に投資するのは極めて当然の事だと教育されている。
なお、この翌年から貴族や豪商の間で出産ラッシュが始まったと伝えられている。
それだけでなく、下級貴族の娘が玉の輿に乗る機会が大幅に増えたらしい。
それらの事と関係があるのかどうかは定かでは無いが、ブルガル香水店が開発した新商品は王家が驚くほどの大金を支払って全量買い取りとなったという。
その結果、新商品は王家からの特別な恩賜として少量が出回る程度となったのだが、ブルガル香水店の名声は天下に響き渡り、遂に再興を果たす事ができたのだった。
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