第9話 魔導剣士を目指してみよう

部屋に戻るとグレイスが心配そうな顔をして出迎えた。


「あの、ずいぶん遅かったですけど、どうされたのですか?」

「いや、ちょっと親父と世間話をしてたんだ。あと、これはお前の取り分だ」


アーノルドはグレイスに金貨1枚と魔導書二冊を手渡した。


「え?どうしてこんな・・・って、まさか売ったんですか!」

「さっきも言っただろ、冒険者なら金に貪欲になれと」

「うぅ・・・お店に売るならともかく、知り合いにまで売るなんて・・・」

「どうせ明日には街を出るんだ、気にするな。ところで、お前の鍛え方なんだがな」

「はい?」

「どうやら俺と同じパワータイプは向いてないみたいだ」

「そうですね、あなたは普通の人間じゃありませんから」

「人を化け物みたいな言うなよ。そこでだ、お前はスピードタイプの魔導剣士を目指せ」

「えっと、どういう事でしょうか?」

「お前の場合、筋力で戦えるようになるには時間が掛かりすぎるだろう。魔法で戦闘力を上げる魔導剣士の方が手っ取り早い。そしてお前は体が小さいからスピード系の方が有利なはずだ」

「なるほど・・・ひたすら避けて逃げる感じですか?」

「いや、それは達人レベルじゃないと現実的じゃない。魔法でパワーとスピードを補って戦う感じだな」

「純粋な魔導士ではダメなのですか?」

「お前が冒険者になる一番の目的は男に襲われないようになる事だろ?」

「はい!もちろんです!」

「となると、詠唱に時間が掛かる中型以上の魔法じゃ困るだろ?」

「なるほど!それで魔導書を手に入れて下さったんですか?」

「いや、金目のものがそれしか無くてな。まぁ、ちょうど良かったからそれで手を打っただけだ」


正直さは時には罪だ。

案の定、グレイスは少しがっかりした表情を浮かべているが、この粗野な男は全く動じていない。


「と、取りあえず、魔法の勉強はしておきますね」

「魔法はもう使えるのか?」

「家事に使う生活魔法をいくつか習いました」

「そうか。じゃあ発動のさせ方とかは分かるんだな?」

「はい。これから呪文を覚えていけば色々と使えるようになると思います」

「属性は何だ?」

「主属性が火で、従属性は風と水です」

「意外に使えるんだな」


魔法には、火、風、土、水、雷の5属性が存在する。

誰でも1つの主属性は習得できるが、属性間には反発力が存在する為、従属性を追加するには生まれ持った才能が必要であり、大雑把に言って1つ属性が増える毎に使える人数は10分の1程度に減っていく。

従って、三属性なら百人に一人、全属性なら一万人に一人しかいない事になる。

イメージ的には三属性のグレイスはクラスで一番の秀才といったところで、珍しくはあるが誰でも知り合いに一人や二人はいるレベルだ。


「ところで、なんでその3つを選んだんだ?」

「お母さまがお料理と掃除、洗濯に役に立つからって・・・」


冒険者でも無い限り、大抵の者は生活魔法と呼ばれる日常で役に立つ低レベル魔法だけを習得するものだ。

その理由は、低レベル魔法は比較的簡単に覚えられるのだが、レベルが上がってくると親父から巻き上げたような高価な魔導書を使わないと覚えられないからだ。


「あぁ、なるほどな。とりあえず、その三属性を使えば魔導剣士には十分だな」

「どの魔法を覚えればいいのでしょうか?」


グレイスは分厚い魔導書二冊を前に途方に暮れたような表情を浮かべた。


「もう覚えてると思うが、とりあえず、ヒート、ウインド、ウォータの3つだ」

「えっ!どれも生活魔法ですよね?」

「そもそも魔導剣士が使うのは即時発動型の普通魔法だ。距離を稼げた時に詠唱時間が1秒程度の中型魔法とか不意打ちの初撃に大型魔法を使う事もあるから後々覚えた方がいいけどな」

「そうなんですか。もっと特別な魔法があるのかと思っていました」

「その代わり、強くなろうと思うなら魔力密度とか位置精度は際限なく突き詰めることになる」

「えっと、どういう事でしょうか?」

「そうだな・・・例えば炎の魔法剣ってのは分かるか?」

「お芝居で観たことはあります。ファイアを使って剣の周りに炎を纏わせる技ですよね?」

「芝居だとその方が分かりやすいんだろうな。だが実戦でそんな技を使うのは駆け出しの三流魔導剣士だな。威嚇効果しか無い上に魔力の無駄が多すぎる」

「一流の魔導剣士だと違うのですか?」

「全然違うぞ。刃が当たる寸前にとんでもない魔力密度のヒートを刃が当たる場所にだけ発生させるんだ。超高密度ヒートで焼き切ったところを刃で押し広げるだけだから、どんなナマクラでもとんでもない切れ味になる。魔力効率も高くなるから、よほどの長期戦でも無い限り魔力切れも起こさないしな」


魔法は蓄えた魔力を消費して発動するのだが、魔力はゆっくりと自然回復するので消費量とバランスしていれば魔力的には無限に戦い続けられるのだ。

もちろん、体力的なスタミナの問題もあるし、強敵相手では魔力消費を抑えるのも難しいので、いくらでも戦い続けられる訳では無い。

とは言え、高威力と引き換えに大量の魔力を消費する魔導士と比べれば継戦能力は非常に高いと言える。


「すごいですね・・・でも、冒険者の魔導剣士ってあまり聞かないですよね?」

「物理攻撃系の冒険者になるような奴は基本的にガタイがいいから、ある程度までは物理攻撃に特化する方が手っ取り早く強くなれるんだ。逆に魔法が得意で冒険者になりたい奴は、数が少なくて待遇のいい魔導士を選ぶしな。で、冒険者として稼げるようになった後にわざわざ他のジョブに変えて修行しなおす奴は滅多に居ねぇ」

「なるほど・・・」


最下級冒険者には、食い詰めた結果、持っていた普通一種冒険者免許を利用して日雇い冒険者をしている者が多い。

そこをスタート地点として、二種冒険者免許に合格すれば基本給と歩合給が受け取れる冒険者ギルドに所属する事ができるようになり、また、魔法中型一種冒険者免許に合格すれば日雇い冒険者でも好待遇なクエストを受けられるようにもなる。

なので真面目にコツコツとキャリアアップの準備をすればいいのだが、仕事終わりに仲間と安酒をあおって酔い潰れる生活が染みついてしまうと、抜け出せなくなってしまうものだ。

そんな状況で、キャリアアップにすら繋がらないジョブチェンジを目指す者など極少数だ。


もっとも、最下級冒険者はまだマシな方だ。

それにすら成れなかった者は借金が返済できずに職業奴隷にまで落ちる羽目になる。

奴隷と言っても最低限の衣食住は保証されているのだが、逆にそれが足枷ともなっている。

過酷な重労働とは全く見合わない最低限の給料からそれら高額な諸経費が天引きされるので、残った僅かな金額の大半は高率の利息の返済に費やされ、元金はほとんど減らないのだ。

そして、衣食住を自分で安く調達しようにも、辺境の鉱山などでは他に店は無い。

服を我慢し、野宿をしたとしても、食事はどうしようもないのだ。

野生動物や野草などは滅多に見かけない上に、土地所有者の所有物として扱われるので勝手にとれば債務の上乗せとなる。

そして雇い主からは衣食住1か月分がセットになったサービスしか用意されておらず、申込日は1か月に1度しか設けられないので、1日分だけ節約する事すらできない。

旧文明のタコ部屋と同じようなシステムと考えていいだろう。

そしてボロボロになるまで酷使され使い物にならなくなった後は、債権放棄の手続きを取られてしまう。

その結果、わずかな蓄えや私物は差し押さえられ、お情けで免除された下着一枚のみを身に着けて荒野に放逐されてしまう。

そして旧文明と違い社会福祉制度は存在しないので、そのまま行き倒れになり骨までモンスターに食われて終了だ。

なお、債権放棄と言うと損をするイメージがあるが、安月給でこき使えた利益、天引き額とは全く釣り合わない低質な衣食住、あり得ない程の高利息によって、元の貸付金額の何十倍もの利益を得ているので全く懐は痛まない。


話を元に戻そう。


「それに、魔導剣士は一人前になるには時間が掛かるから、余裕の無い奴には厳しい」

「じゃあ、どんな人が最初から魔導剣士を目指すんですか?」

「職業冒険者の子供で、体力的に自信が無くて魔導士としてトップを狙うにも不安がある三属性持ちが多いな。それ以外だと、気ままにソロ活動したい奴だな」

「ソロ向きなんですか?」

「何でもそこそこ出来るからな」

「アーノルドさんは・・・格闘家ですよね?普段はパーティーを組まれてるんですか?」

「はっはっは!筋肉があれば大抵のことは何とかなる!」

「たぶんアーノルドさんだけだと思います・・・あれ?」

「どうした?」

「わたしが三属性ってお話しする前に魔導剣士を目指せって仰いましたよね?」

「それがどうかしたのか?」

「もし一属性しか使えなかったらどうされていたんですか?」

「さっきも言っただろ?お前の目的と体力なら魔導剣士しか道は無い。一属性でも目的に特化すりゃ何とかなるもんだ。もちろん三属性使えるならその方が手っ取り早いし、強くもなれる」

「あ、そうでしたね」

「さて、明日は朝から忙しい。そろそろ寝るぞ」

「はいっ!」

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