第7話 男子プエラリア食うべからず
アーノルドとグレイスは宿に戻り、食事をしている。
アーノルドの前にはバケツのような丼がいくつも積み上げられている。
一方、グレイスの前にはたくさんの小さな器が並べられている。
堕ちてしまった親父は、器が空になる度に洗い場以外のどこかに大事そうに持ち去っているようだ。
「これって、とっても美味しいです」
「ん?ただのパンだろ?」
「今まで食べたことが無かったんです」
「碌なもの食ってなかったのか?」
「いえ、ちゃんと三食食べさせてもらっていましたよ」
「ふーん、男にしちゃ妙な体つきだが、何喰ってたんだ?」
「わたしだけ主食はプエラリアっていうお芋で、飲み物は大豆の豆乳でした。おかずはみんなと同じで季節のものを色々ですね。ところで、妙な体つきってどういう事ですか?」
「骨盤が広い、肋骨の下側が閉まってる、胸と尻の脂肪が多い、要するに顔だけじゃなく体つきも女だ。ついでに言うなら、体臭が甘ったるい、咽仏が無くて声変わりもしてない、体毛が薄くてヒゲも生えそうにない、ナニも極小だ」
「うぅっ・・・そこまで言わなくても・・・」
「まぁ、お前も鍛えれば俺みたいになれるだろ」
「本当ですか!」
「俺のトレーニングに着いて来られれば、だけどな」
「頑張ります!」
「その為にゃあ、しっかり食えよ。おい親父!」
アーノルドは宿屋の親父に声を掛けた。
「なんでぇ?」
「もっと飯持ってこい!」
「ああん?そんだけ食っておいてまだ足りねぇのか?いくら食い放題でもちったぁ遠慮しやがれってんだ!」
「違ぇよ、グレイスにももっと食わせろっつってんだよ!」
「あ、あの、親父さんに悪いですから、わたしはもう結構ですよ・・・」
「いや、いや、いや、グレイスさんの分でしたか!それでしたらもう、いくらでも出しますですよ!」
「ついでに俺のも頼むわ」
「おめぇは食い過ぎだ!」
「グレイスが遠慮して食わなくなるぞ?」
「ちっ、しょうがねぇ・・・」
親父は吐き捨てるように言うと厨房へと戻っていった。
「たくさん召し上がりますね」
「トレーニングしてると腹が減るからな!」
「でも、街に着いてからは何もしてませんよんね?」
「いや、俺はしてるぞ?」
「え?いつですか?」
グレイスは不思議そうな表情を浮かべた。
実際、これまでアーノルドが何かトレーニングをしている場面は見ていないのだ。
「足の親指だけで歩いたり色々だな。今も空気椅子ってやつをやってるぞ。お前もやってみろ」
「は、はい・・・」
素直なグレイスは言われたように空気椅子に挑戦したが、プルプルと震え数秒後には崩れ落ちた。
もっとも、バケツから流し込むように飯をかっ食らいながら空気椅子を続けられる方がおかしいのだが。
------------------------------
その後、食事を終えた二人は二階へと上がり、突き当りの部屋の前に立っていた。
「ここみたいですね」
「そうだな」
アーノルドが金属の棒に突起が二つついているだけの粗末な鍵を使って扉を開ける。
中は一組の布団以外に何も無い板張りの部屋だ。
「え?」
「どうした?」
「あの・・・ベッドとかお風呂は無いんですか?」
「はぁ?そんな貴族みたいな部屋なわけねぇだろ?」
「そ、そうなんですか。でも、机とかクローゼットも無いみたいですけど・・・」
「当たり前だろ?余計なもんなんか置いてたらかっぱらわれちまうだろうが」
ラージパレスとの余りの格差にグレイスは目を白黒させた。
そこは大抵の備品は揃えられており、万が一にも何かが足りない場合は部屋付き執事に言えば即座に手配してくれる。
お客様に一瞬でも不便な思いをさせてしまうなど、あってはならない不始末なのだ。
もちろん、掛かった費用を請求されるような事は無い。
一泊するだけで大金貨5枚という超高級ホテルだけの事はある。
「と、とりあえず入りましょう。えっと、灯りは・・・きっと無いんですね」
「親父に言えば貸してくれるぞ。ただしボッタクリ価格だけどな」
「それでは野営用のランプを・・・」
「いいもん持ってるんだな。だが、ダメだ」
「どうしてですか?」
「名目上は火事の防止だ。バレたらレンタル代より高い罰金を請求されるぜ?」
「皆さん逞しいんですね・・・」
「当たり前だろ、商売だからな。ところでどうする?」
「何も見えないのは不自由ですし、借りましょう。おいくらですか?」
「相場は大銅貨5枚ってとこだな」
「分かりました」
グレイスは大銅貨5枚を取り出した。
「じゃあ借りてくる」
「わたしも行きます。その・・・襲われると困りますから」
「大丈夫だ。まだ他の部屋に人の気配は無かった。心配なら閂を下ろしておけば簡単には突破されん」
扉の鍵は粗末なものだが、部屋の内側には丈夫そうな閂が設けられている。
最下級の冒険者にとってはそれなりの額を払う以上、安心して熟睡できる程度の設備にはなっているようだ。
「でも、魔法中型免許の人が本気になったら・・・」
「まぁ、中型以上の魔法ならブチ破るのは簡単だが、重犯罪に使ったら最高で死刑だぞ?街中でぶっ放したとなりゃ最低でも無期懲役だ」
「それもそうですね。でも、もし何かあったら叫びますから、その時はよろしくお願いします」
「もちろんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます