第4話 門番は耐えた
アーノルドとグレイスは街の東門へと辿り着くと列の最後尾へと並んだ。
基本的に夜間の出入りは許されていないため、日没前のラッシュアワーの様相を呈しており暫く時間がかかりそうだ。
「これからどうするんですか?」
「こいつらを金に換えてから鉄球を買いに行くつもりだ」
アーノルドは背中の大袋を指さした。
中身は野盗から剥ぎ取った大量の装備品だ。
もちろん違法な略奪行為では無い。
野盗には何の権利も認められておらず、倒した者がその財物の所有権を得るのだ。
もっとも、装備品は衝撃波と瓦礫の雨でひしゃげており、死体から剥ぎ取る時も力任せだったので、廃品素材としての価値しか無い。
普通の冒険者なら労力に見合った額にはならないと考えて捨て置くかもしれないが、一文無しのアーノルドにとっては貴重な現金収入源だ。
「鉄球?」
「あぁ、さっき使ったのが最後のだったからな」
「あれですか・・・」
グレイスの脳裏に赤い華が蘇った。
それを打ち消すかのようにグレイスは再びアーノルドに話し掛けた。
「先に宿を取られないのですか?」
「宿?その辺で寝ればいいだろ?」
「野宿なんてしたら襲われてしまいますよ!」
「はっはっは!盗まれるもんなんか持ってねぇ!」
「あなたはそうかもしれませんが、わたしは・・・」
「あぁ、そうか。お前は女にしか見えねぇからなぁ」
「と、ともかく!報酬返却代理の内容は覚えてますよね?」
「もちろんだ。俺の尻「違いますっ!」」
グレイスは顔を真っ赤にしながら怒っているようだ。
もっとも、怒った顔もまた美しい。
「冗談に決まってるだろ。お前が襲われないように護ってやればいいんだろ?」
「そうです。お金は余りありませんから野宿でも文句は言えませんが、ちゃんと護ってくれるんですよね?」
「俺は寝たら簡単には起きんけどな!」
「あなたは本当に冒険者なんですか?野宿中にモンスターに食べられてしまいますよ?」
「モンスター?んなもん滅多に会わんぞ。こっちが必死に探してようやく遠くに見つけられる程度だ」
「そうなんですか?冒険者入門には”街道でも絶対にモンスターには気を付けるように”と書いてあったのですが・・・」
「この街に来るまでにモンスターに会ったか?」
「いえ、全く・・・」
「だろ?つまり熟睡してても問題無いって事だ」
「あ、でも、わたしが襲われたらどうするんですか!」
「石で殴るか焚火を押し付けりゃあ、さすがに俺も起きるんじゃないか?試した事はないけどな、はっはっは!」
「分かってませんね・・・いきなり頭から袋を被せられたり、こん棒で殴って気絶させて連れ去ったりするんですよ!そんな余裕あるわけ無いじゃありませんか・・・」
「詳しいな」
「・・・・・・・・・と、ともかく、街で野宿するのは反対です。」
「分かった分かった。俺もブラック免許のままじゃ困る。今日は宿を取ろう」
「はい!そうしましょう!」
そしてようやくアーノルド達の順番がやってきた。
「よし、次!」
「うーっす!」
「よろしくお願いします」
「あぁ、お嬢さん、入構検査は1グループずつですよ。こいつが終わるまで待っていてもらえますか?」
「あ、あの、アーノルドさんとはパーティーを組んでいます」
「貴様!か弱い婦女子を脅すとはけしからん!!!」
「脅してなんかいねぇ!クエストの都合で組んでるんだよ!」
「お嬢さん、ここは安全です。必ずや我らが守りますから本当の事を言っても大丈夫ですよ」
「いえ、本当にわたしから依頼したクエストなんです。」
そう言うと、グレイスは准冒険者免許証を差し出した。
「これはこれは准冒険者の資格をお持ちでしたか。それではグレイスさん、拝見します。ふむ、確かにクエストを発行してパーティーを組んでいますね。おい、そこの男!貴様もさっさと冒険者免許証を出さんか!」
「ちっ、露骨に態度変えやがって・・・ほらよ」
「ん?貴様、ブラック・・・解除中か?」
「そうだ。解除中なら街に入れるんだろ?」
「まぁな。ただし、くれぐれも騒ぎを起こすなよ!」
「わーってるよ!明日には出ていくから安心しろ」
「今すぐ出て行ってもいいんだぞ?」
「夜も開いてたら出ていくんだがな」
「貴様ごときの為に特例は設けられんな。ところで、お嬢さんはどちらにお泊りですか?」
「それが・・・わたしはこの街は初めてで・・・」
「おぉ、そうでしたか。それでしたら、こちらのガイドブックをどうぞ」
門番は机の引き出しから豪華なガイドブックを取り出すとグレイスに差し出した。
「恥ずかしながら・・・その・・・手持ちがあまりございません・・・ぐすっ」
グレイスは涙目になりながら門番を見た。
互いの身長差から潤んだ瞳のグレイスに上目遣いで見られた形となり、門番の心臓は早鐘を打ち、一瞬だが意識を失ってしまったようだ。
「あ、あの?」
「はっ!こ、こちらは進呈しますよ。お嬢さんのようにお美しい方がスラム街に迷い込んでは一大事ですからね」
「あ、ありがとうございます!」
グレイスは大輪の花が咲いたような笑顔を浮かべ、門番を見つめた。
門番の理性は吹き飛ぶ寸前だったが、街一番の生真面目さを持つ彼は辛うじて踏みとどまった。
「くっ、耐えろ、俺・・・」
「どうされたのですか?」
不思議そうに小首を傾げて門番の顔を覗き込むグレイス。
この追撃は強烈すぎた。
かすかに残された理性がまさに吹き飛ぶ寸前、野太い声が門番を救った。
「さっさとやってくんねーか?」
「う、うるさいっ!で、では、お嬢さん、ここ数日は収まっていますが、モンスターラッシュが起きていました。警鐘が鳴らされたらすぐに近くの避難所まで逃げて下さい。わたしが必ずお守りします。」
「ありがとうございます!ところで防壁が壊れていたのはモンスターラッシュのせいですか?」
モンスターラッシュとは、雑多なモンスターが一斉に移動する現象だ。
ある程度以上の規模の街はモンスターの襲撃を防ぐために頑丈な防壁で覆われており、大型モンスターでも容易に突破する事は出来ない。
それにもかかわらず、防壁に何か所も大穴が開いていたのだ。
「いえ、何頭かの大型モンスターが直撃しましたが、無事でしたよ。あの大穴は少し前に流星雨がふりそそいだせいです」
「流星雨・・・そ、そうですか。それは大変でしたね」
「もういいだろ?後ろがつかえてるぜ」
アーノルドに言われるまでもなく、普段よりもずっと長く待たされている後列からのプレッシャーは相当なものになっている。
「くっ・・・分かった。入っていいぞ。お嬢さん、くれぐれもお気をつけて」
「はい、ありがとうございます。皆様、大変お待たせしました」
グレイスは門番と後列に向けて深々とお辞儀をすると詰所を後にした。
待ちくたびれて殺気立っていた者たちも途端に癒されプレッシャーは収まったが、今度は”早くあの美少女の居る街に入れろ”と逆に騒ぎが多くなってしまったのだが。
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「えっと、まず宿屋さんからでいいですか?」
「金は足りるか?」
「え?先払いなんですか?」
「当たり前だろ?お前は宿に泊まったことが無いのか?」
「いえ、ありますけど、お父様はいつもチェックアウトの時に支払いをしていましたよ」
「マジか?なんていう宿だ?」
「いくつかありますけど、最近ですとラージパレス(作者注:実在する超高級ホテルとは一切関係はありません)というホテルでしたよ」
「ふーん、金が無い時に泊まってみるか」
二人とも言っている事は間違っていない。
単に社会的階層が違いすぎているだけだ。
アーノルドのような下層冒険者が泊まるような宿は、踏み倒し防止の為に先払いが当然となっている。
一方、グレイスが泊まった事のあるようなホテルは、紹介状を持っているか会員でない限り、敷地内に入ろうとしても守衛につまみ出される事になる。
「ところで、宿泊費はおいくら位なのでしょうか?」
「雑魚寝の相部屋じゃあまずいよなぁ・・・だが、二人部屋だと大銅貨20から25枚になるぞ?」
「あ、それくらいなら大丈夫ですよ!思ってたより安いんですね」
「意外に金持ってるんだな。駆け出し冒険者の日給の半分だぞ?」
ちなみに、この世界で流通している貨幣は、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の計6種類だ。
ただし、底辺冒険者にとっては金貨以上はあまり縁の無い存在であり、大金貨を一度も目にすることなく一生を終える者も珍しくはない。
と言うのも、金貨以上は掛取引の決済が主な用途だからだ。
信用が低い冒険者はその場での現金決済で無ければ物を売ってもらえず、酒場ですら一杯毎に支払わなければならない。
唯一の例外は顔馴染みの酒場で多少のツケ払いができる程度だが、それでも日給の目安である大銀貨1枚前後が限界だ。
もちろん、指名依頼が来るような有名冒険者になればその限りでは無いが。
「そうなんですか。ホテルの場所は・・・えっと、二か所ありますね。どちらにしましょうか?」
「そりゃ北側だな」
「え?どうしてですか?」
「だいたいどの街でも、俺たちみたいな冒険者が泊まる宿は王都の反対側にあるもんだ」
「詳しいんですね。勉強になります!」
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