食材確保案
俺は今現在、海の近いこの街で寿司屋を経営している。20年間努めていた会社を辞めるということには葛藤があったが、昔からの夢を叶える為に決心した。
「大将!鰺1つ!」「あいよ!」「大将!鯛2つ!」「あいよ!」お店をオープンした当初は、資金面や、食材調達に不安もあったが、今では平日も毎日お店が満席になるほど繁盛しており、海が近いことで食材の調達も容易であった。お店が休みの日は趣味で魚釣りに行く。そこで地元の漁師さんと仲良くなり、食材を安く提供してもらえるようにもなった。
「良かった、会社を辞めて」釣り竿を握って海に浮かんでいるウキを眺めながらぼーっとしていると、隣で釣りをしていたおじさんに話しかけられた。
「どうだ、釣れてるか?」「いえ、全然です」そういえば普段ならもっとあたりがあってもいいのに、かれこれ3時間は何も食いついてこない。潮の流れが悪いのか。
「やっぱりか」「え?」「ここ最近、違法業者によって魚の乱獲が行われているらしいんだ」「違法業者?」「それに環境問題も重なり、日本全国で漁獲量いや、そもそも魚の絶対数が少なくなってきているみたいなんだ」「そうなんですか・・・」「ダメだなこりゃ」そう言っておじさんは釣り具を片付け去って行った。
「ごめんね、少し値段高くしないとうちもやっていけないんだ」あのおじさんに会ってから半年後、仲良い漁師さんが口をそろえてそう言っていることから、やっぱり徐々に不漁の傾向にあるのがつかめた。そんなある日、さらにショックなニュースが流れた。
「鰺、鯖、鰯を食べた人が死亡」原因はこれらの魚の体内に住み着いている寄生虫によるものらしい。魚に寄生する有名な虫の中にアニサキスという寄生虫がいるが、こいつは冷凍や加熱をすれば特に問題は無い。しかし、新たに発見されたシムノソウという寄生虫は、冷凍、加熱しても人間に感染してしまうらしい。さらに3ヶ月後。鰺、鯖、鰯以外の魚にも高い可能性でシムノソウが寄生していると政府が発表した。これらの報道により、全国で魚を食べる習慣は無くなっていった。
「はぁ・・・」折角、会社を辞めて寿司屋をオープンしたっていうのに。店の外まで行列ができていた以前の姿は無く、がらんとした店の中で1人ため息をついた。
「これからどうしようか・・・」魚は出せないもんな。少しの後ある決心がついた。
「よし、とんかつ屋を開こう」お店を改装し、また1から料理の勉強をすれば大丈夫だ。
それから俺は近くの養豚場に通い、オーナーと仲良くなった。豚肉の仕入れ価格を安くしてもらい、またそこの豚に合った調理方法も教えてもらい、五年後、晴れてとんかつ屋をオープンすることが出来た。
オープン初日。売り上げは異例の50万円超。魚を食べる習慣が無くなった国民にとんかつ屋は大ヒットしたのだ。閉店後、堤防に行き、気持ちのいい夜風にあたりながら海を眺めていると、1人のおじさんに声をかけられた。
「夜釣りか?」「いえ、違います」「そうか」そのおじさんは昔、魚の数が減ってきていると教えてくれた人だった。「まだ釣りを続けているんですか?」釣り竿を持っていたおじさんに尋ねた。「ああ、ずっとな」「楽しむのはいいですけど、食べちゃだめですよ」笑いながら冗談っぽく言った。まあまだ生きてるってことは食べちゃいないんだろうなと思ったからだ。しかし、おじさんからの返答は予想外だった。「食べるよ」「え?」「釣り好きだったお前さんにだけ本当のことを教えてやろう」「本当のこと?」「ああ」おじさんの話はこうだ。
6年前、違法業者による魚の乱獲や、環境問題によって魚の数が異常に減少していた。それを重大な問題と捉えた政府が魚の絶対数が増えるまで、一時的に魚を消費することを禁止、つまり漁業を禁止にしようとした。しかし、一方的に禁止してしまうと国民から批難されてしまうだろうと考えた政府は、魚に死をもたらす寄生虫がいるかもしれないというニュースをでっち上げた。そうすることで、死を恐れる国民は魚を食べなくなった。漁師にはその間の生活費を援助することを条件として秘密にしていてもらっていた。
「ほら寄生虫の名前を反対から読んでみ」
「シムノソウの反対・・・嘘の虫か」
「あれから6年。今ではこの海の中には昔のようにたくさんの魚たちが元気に泳いでいるのさ」おじさんの話を聞いて驚いたが、魚が好きだった俺にもなにか響くものがあった。
おじさんに別れを告げ、家に帰った。
潮風を浴びた身体を洗い流し、テレビをつけて休憩しているとこんなニュースがやっていた。
「豚に寄生する虫、シムノリワツイという新種の寄生虫が発見されました」
俺は店をたたむことを決心した。
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