人間博物館

とある山奥に人間博物館と呼ばれる建物があるらしい。そこは文字通り、人間の子供から老人を展示しており、自由に観察出来るそうだ。

昔そんなことを大学の先輩が言っていた。あの時はこのご時世にそんなオカルトチックな建物なんかあるわけがないと心の中でバカにしてたな。先輩ごめんなさい。ありましたよ。


俺の名前はノボル。昨日から会社の同僚と山登りをしにこの山に来ていた。しかし今、俺のどんくささが発揮され、いつの間にか同僚達とはぐれてしまっていた。1人ぼっちである。ほんとこの鈍さには自分でも呆れてしまう。大学の頃なんて何もないところで転んで道路に飛び出てしまい、トラックに手首を踏まれてしまった。おかげで今は義手をしている。とまあそんなことはどうでもいい。早くこのピンチから脱出しなくては。

「おーい!誰かいるか-!」声を張って叫ぶが返事はない。鞄からペットボトルを取り出し、喉の乾きを潤す。「あれ?」飲み物が無くなってしまった。とりあえず、水を確保するため川を探して歩き回る。何時間歩いただろうか。日も落ちてきた頃に、周りの大自然とは調和のとれていない不気味で大きな人工建造物を見つけた。

俺はすぐその中に駆け込み、中に居た人に水を持ってくるようお願いした。

「ふー、ありがとうございます」頂いた水を一気に飲み干し、その人にお礼を言った。「ところで、ここは何の建物なんですか?」「ここは人間博物館です。そして私はこの博物館の館長でございます」館長はニタニタと笑い、中を案内してくれると言った。

次の部屋の扉の前で、2枚の紙切れと鉛筆、そして朱肉を渡された。「これは?」「この紙にあなたの名前を書き、こちらの紙には指印をください」言われたとおりに名前を書き、人差し指の印を押し、館長に渡した。受け取った館長は受付に戻ったかと思うと、ネックストラップに先ほどの紙を入れて渡してきた。「では、これを首から下げてください」どうやら入館証みたいだ。

「それではどうぞ」館長に案内されて入った部屋は異様な光景だった。

小学高学年くらいの幼い子から20歳くらいの大人まで、合計5人の人間がまるで蝶の標本のように裸で展示されていた。

「なんだこれ・・・」「どうですか?私のコレクションは」「どうって・・・」はっきり言って気持ちが悪かった。「もっと近くで見てもいいのですよ」館長が俺の服を引っ張って、展示されている男性の前に連れて行く。「どうですか?」遠くから見ると分からなかったが、展示されている人達の目はしっかりと開かれていた。「この人達は生きているのですか?」「さあ、どうでしょうね」ニタニタと気持ち悪く笑って、俺の質問をはぐらかす。おい、こんなの犯罪だぞ。「さあ、次の部屋に行きますか?」「ああ」吐き気を催すほど気分が悪かったが、この建物の全貌を明らかにしなければという使命感に駆られていた。昔から正義感だけは強かった。「それでは、こちらの指紋認証で扉のロックを外してください」俺は言われたとおりに指をかざした。すると、扉が開き次の部屋へと招かれた。二番目の部屋には30歳~50歳の人間5人が先ほどと同様に裸で展示されていた。なんてひどいことを。「どうでしょうか?」この館長はどんな趣味をしているんだ。苛立ちを抱えながらこう答えた。「すばらしいね」気持ち悪いという感情を抑えつつ、こいつに話しを合わせる。全ての悪行を突き止めるために。

「次の部屋に行きますか?」「ああ、頼む」俺は再び指紋認証でロックを解除した扉をくぐり、三番目の部屋に入った。そこには60歳~90歳の人間5人が裸で展示されていた。ひでえ、こんなお年寄りまで。「どうでしょうか?」「最高だ」こんな異常者は刺激しない方が良い。展示者をじっくり観察させられた後、館長はこう言った。

「この部屋まで自分の意思で入ってきた人は初めてです」「そうなのか」次の部屋に入ることを拒んだら、この人達みたいになるんじゃないのかと問い詰めたかったが、グッと堪えた。「次の部屋に行きますか?」「もちろんだ」ロックを解除し、部屋に入るとそこには1人の人間が立っていた。暗くて顔は見えないが、20歳くらいの男だろう。

「失礼します」ガチャン!いきなり館長が俺の手首に謎の装置を取り付けた。

「おめでとう、君が次の館長だ」謎の男がそう言った。「どういうことだ」まったく状況が飲み込めなかった俺の問いに対する男の応えはこうだった。

「我々に恐怖心を抱かなかった君には向いている仕事だ。今後君がたくさんのお客さんを連れてきて、我々の欲求を満足させたまえ」それだけ言うと、男は奥の部屋へと去って行った。去り際、部屋から漏れた明かりで男の顔が照らされた。それは一番目の部屋に展示されていた男性であった。

訳が分からなく、全身に鳥肌が立つほどの不気味さを感じた俺は、正義感など忘れ、とにかくここを出たいという一心だった。この謎の腕輪は俺をこの博物館に館長として拘束する為の装置だろう。何をしても外れる気配が無かったが、生憎義手である俺にとっては簡単に外す事が出来る。腕輪を取り外し、来た部屋を駆け戻る。建物の入り口を飛び出し、無我夢中で山を駆け下りた。


次の日このようなニュースが流れていた。

山奥で男性1人の死体が見つかる。手首から先が爆発に巻き込まれたように吹き飛ばされており、死因はそこからの出血多量によるものだと考えられると。

顔写真から昨日の館長だということが分かった。


血の気が引いた俺は立っている気力も無くなり、部屋の壁にもたれかかった。

カサッ。

何か擦れる音が服のポケットから聞こえてきた。

取り出すと昨日の入館証の切れ端が出てきた。

そこにはこう書いてあった。

「にげてください」


ああ・・・観察されていたのは俺たちの方だったのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る