高齢者パワー

速報です。来週から60歳以上の高齢者をこの国から追放することが決定しました。以前から国の高齢化が問題となっており、年金問題、高齢者ドライバーによる事故、介護への不満等々、高齢者の増加が若者の生活の足枷になっているということから、現首相による高齢者追放令が下されました。この追放令には例外はありませんので、全ての60歳以上の方は事前の心構えを。若いニュースキャスターが淡々と報道していたため、初めはそれがこんなにも残酷な結果になるなんて思いもしなかった。


わしの名前はヒロシ、年齢は65。高齢者追放の令を受け、現在政府が用意したバスでどこかに連れて行かれる最中だ。全く最近の若者は何を考えとるのか分からん。この国の首相の年齢は32歳で国会議員の連中も平均27歳と新聞に書いてあった。時代は変わってきている。それは必然的で悪いことではないのだろう。一緒に乗車している連中も同じ考えで、若者の考えに逆らわないようにしている。まるで息子や娘の成長を見守っているような雰囲気だ。「どこに連れて行かれるのかねぇ」「カズヨさんが言うにゃあ、飛行機にも乗るみたいだよ」「ほーか、わしゃ死ぬ前に一度でいいからイタリアに行って、すたいりっしゅな格好がしてみてぇ」「わっはっは!」追放令というと聞こえは悪いが、この国の成長に大いに貢献してきたわしらをぞんざいに扱うようなことはないだろうと、ここに居る年寄り達はちょっとした旅行気分を味わっている。バスで空港まで連れて行かれると、わしらより前に到着していた連中がたくさんいた。到着した者から順次、飛行機で目的地まで連れて行かれるみたいだ。この国の60歳以上の高齢者は1000万人を遙かに超えている。全員を目的地まで運ぶのにどれくらいの月日を必要とするのだろうか、それまでわしらはこの空港に居ないと駄目なのだろうか。と考えていたが、わしの不安を払拭してくれる館内放送が流れた。「えー、政府の高齢者追放令で集まっていただいた高齢者の方で、空港内が大変混み合っておりますが、現在国中の飛行機がこちらの空港に向かっている最中ですので、ご安心ください」近くに居た受付嬢に話を聞くと、高齢者全員を目的地まで連れて行くのに1日あれば十分らしい。さすが、わしらが発展させてきた国だけあるな。次々と到着する飛行機の1機に乗り込み、隣に座ったヨシエさんと蜜柑をほおばりながら、目的地に着くのを待っていた。


着いた先は、海に囲まれた島だった。建物もなにもなく人が住んでいない無人島。広さ的にはわしらの国の半分くらいらしい。予想外の目的地で、政府関係者に文句を言う者も居たが、とりあえず高齢者全員が揃うまでおとなしく待機しておくようにとの事だった。夜になり、全員が到着したのか島内放送が流れた。「高齢者の方々こんばんは。私は現首相の佐藤です。皆さんは我が国の発展に必要な大事な人材でした。しかし、今の社会には不必要な人材、いやむしろ若者の邪魔をする存在になってきました。初めは政府の資金で生活の補助をしていくことを考えたのですが、将来的に資金が底を尽きてしまうことが予想される。そこで、あなた達に追放令を出させていただきました。この無人島で好きなように老後をお過ごしください」それだけを言うと、放送はぷつりと途切れた。いきなりだが、高齢者はこれから死ぬまでこの無人島で過ごすことになったのだ。若者の考えることはよく分からん。


「佐藤さん、高齢者追放令を出してから3年が経ちましたが、徐々に60歳以上の人口が増え、国の財政が逼迫してきています。再度追放令を発令した方がよろしいのでは?」私と秘書以外に誰も居ない総理執務室で、追放令の再施行について話していた。「追放令とは言うが、ほとんど死刑と同じようなものだ。あんな何もない島で生き残れるわけがない。前回の死体を一度処理する必要がある」追放令を出してから、誰もあの島の様子を見に行くことはなく、島のどこにどれだけの死体があるかを把握する必要があったため、首相の私が自ら様子を見に行くことにした。あれから三年か、島に送ったほとんどの高齢者が亡くなっていることだろう。しかし、これも国のためなのだ。自分を落ち着かせながら、島の上空までヘリでやってきた。ん?なんだあれは?三年前とは島の様子が全然違う。高層ビルが建ち並び、電車や新幹線など、我が国の大都会のような国ができていた。「佐藤さん、何ですかこれは?」「分からんが、島に降りてみよう」島、いや街に降りると一人の老人が現れた。「佐藤首相、わしらが何をしたのか知りたい様子じゃな」「はい、どうしてあの無人島がこんな街に変わったのか教えてください」「いいじゃろ。あの日、無人島に残された高齢者達がこの島で死ぬのを待つしかないと絶望していたところ、島の散策をしていたヒロシさんがある銅像を見つけたのじゃ。それはその国にとって必要なものを与えてくれる不思議な銅像だと、考古学者だったヒロシさんは言った。ヒロシさんがその銅像に願うと、粘土、セメント、木材、ガラスやアルミ、鉄鋼、ステンレス等の金属材料まで、多くの材料を与えてくれた。わしらはこれまでの経験や知識を活用して3年で、この国を作った。ここに連れてこられた全員の協力があってこそ成し遂げられたのだ」「なんと、そんな銅像があるのか」話をしていていると、見知った人物が近づいてきた。「親父」ヒロシさんと呼ばれているのは私の父親であった。「親父、その銅像くれないか?我が国でも使って、もっと国を発展させたい」父親は私の要求に対してこう言った。「この銅像はその国に対して必要なものを与える。無人島だったこの島には人が住むのに必要な環境を与えてくれたが、環境が整っているお前の国には何を与えるか分からない」「さらに快適な国になるはずだ、頼む」そういうと親父は持っていた銅像に願った。「これで、お前の国にも必要なものを与えてくれたはずだ。戻ってみろ」


私は期待を胸に抱きながら戻った。しかしそこにはあの無人島のような姿になった我が国があった。ヘリに同乗させていた親父にどういうことか問いただした。「わしらは国を築いていく中で改めて我慢強さ、協調性、責任感、他人への思いやり・意思の疎通のような人間として大切な事を思い出した。もしかしたら今の若者の国に必要なものはそれらの事なのかもしれない。若者皆で協力して国家を作りなさい。そうすれば、前よりもより良い国ができているであろう」親父の言う通りだと思った。高齢者を追放するなんて、我々若者はどれだけ残忍で冷酷で感情のない人間になっていたのであろうか。しかしそれから三日後、協力して国を築き上げる若者の姿はなく、食べ物や資源を奪い合う姿が見られた。それをヘリから眺めていた私はこの国民の思慮の浅さに嫌気が差した。「親父、すまん」そう言って私はヘリから飛び降りた。もうこんな国なんて知らねぇ。


「やっぱり最近の若者の考えはよく分からんなぁ」

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