詐欺師の末路

オレは何しているんだろうか、この薄暗くて狭い事務所で。机の上にはたくさんの書類の山。紙1枚に50件の電話番号が記載されている。朝8時に出社し、夕方18時までこのリストの上から順番に電話をかける。「おばあちゃん、オレオレ。事故っちゃってまとまったお金が必要なんだ」「お母さん、オレだけど・・・会社のお金黙って使っちゃって・・・」そう、ここはオレオレ詐欺の事務所だ。「分かった、その口座にすぐ振り込むからね」ああ・・・また引っ掛かった。オレオレ詐欺が流行ったのは結構前で、至るところで注意喚起されているが、意外にもまだ現役で使われている振り込め詐欺なのだ。この会社では、騙し取ったお金の40%が自分の給料として口座に振り込まれる。かなり高収入な仕事だ。オレはこの仕事について10年、オレオレ詐欺全盛期の時から給料を貯金しており、その金額は1900万円になった。オレがここまでこの仕事を続けてきたのは、将来カフェを開きたいという夢があるからだ。しかし、この4月で目標であった貯金額2000万円に到達し、カフェ開業には十分過ぎる資金が貯まる。なので今月で辞めようと決心していた。休憩時間になると懐にしまっていた退職願を社長に持って行った。「社長、オレ4月いっぱいでこの会社辞めさせていただきます」「そうか、君はうちにとって一番の稼ぎ頭だったのだが・・・決心は固いのか?」「はい、良心の呵責に耐えられなくもなってきました」「そうか、わかった」そう言って、社長はオレから退職願を受け取った。「今までありがとうな、まあ4月末まではいつも通り頑張ってくれ」「はい、こちらこそありがとうございます」良心の呵責。そう、辞めたい理由は目標の貯金額に到達したからだけではない。お年寄りを騙してお金を得ることに、かなり罪悪感をおぼえるようになったからだ。働き始めはお金もなく、稼ぐことに嬉しさや楽しさを見いだしていた。どうすれば、息子だと思わせられるか。どんなエピソードだと、お金を振り込ませやすいかなど、試行錯誤しながら自己流の話術を身につけていった。今では、そんな野心もなくなり罪の意識に悩まされている。しかし、それも4月で終わりだ。そう思うと、それからは気が楽だった。

「オレだけど、株に手を出して借金5000万まで膨らんだ」

普段なら、50万~300万とそれなりに払いやすい金額を提示して、振り込ませやすくしていたが、この会社を辞めると決めてからは適当に大きい金額を言っていた。思っていた通り、この金額では誰も引っ掛かることはなく、罪悪感に苛まれることはなくなった。しかし、やっぱり優しい親はいるもので、息子が株に手を出して5000万の借金をしているということを信じ、振り込んできた奴がいた。まあ、これでオレの貯金額は4000万円に一気に増えたので、罪悪感よりも喜びの方が大きかったが。

会社が休みの日に、カフェを開くために借りる予定であるテナントや、その周辺の人の流れなどをチェックしに行った。本格的にカフェ開業への取り組みを行い、期待と希望を募らせていた。その日、母親にカフェを開業する旨を伝えに行こうとふと思った。父親はオレが小さい時に病気で亡くなり、それからは母親だけでオレを養ってくれたので、自分の成長した姿を見せたかったというのもあった。

高校卒業と同時に家を出て、一度も帰ってきていないので、久しぶりの実家だ。「ただいま~」扉を開けると同時に、母親が近づいてきて、泣きそうな顔をしながらこう言った。


「5000万円の借金ができた」


次の日、オレは社長に頭を下げて退職願を返してもらい、それをビリビリに破いた。

今も罪悪感に耐えながら、日々一所懸命に働いている。

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