捨て猫の恩返し

大型で勢力が非常に強い台風が今夜日本に上陸すると、朝のニュースで報道されていたこともあり、学校の帰りに見かけた捨て猫をどうしても放っておく事が出来なかった。少し雨に濡れたその身体は、ぶるぶると震えており、家に連れて帰ってから温かいミルクを与えた。「真央!今日だけだからね!」私が子猫を拾ってきたことを、お母さんは良く思っていなかった。それでも今夜の台風の中、元居た場所に戻すのはさすがに可哀想だと思ったのか、今日だけは許可してくれた。子猫はミルクを飲んで元気が出たのか、家の中をめいっぱい駆け巡っていた。「きみ、かわいいね~よしよし」「あれ?お母さん猫嫌いじゃないの?」「嫌いじゃないよ、むしろ好き」「じゃあ家で飼って良い?」「それはお父さんが帰ってきてから聞いてみなさい」それから少しして、お父さんが帰ってきた。「真央がしっかりと面倒を見るなら、飼っても良いよ」「やった!」そうして、我が家に子猫がやってきた。名前は台風の日に来たから、風太とつけた。風太と呼ぶとにゃう!と応えてくれた。次の日、風太を動物病院に連れて行った。そこでは、予防接種、ノミダニの駆除、去勢手術をしてもらった。高校生の私にとっては大きな出費だが、風太のためだと思い、年々貯めていたお年玉を切り崩して支払った。「お嬢さんが拾ってあげなかったら、この子昨日の嵐で死んじゃってたかも。これからも大事にお世話してあげてね」ひげの生えた獣医師にそう言われ、ほんとに助けて良かったと思った。それから、風太と私は毎日一緒に過ごした。水嫌いな風太をお風呂に入れるのに苦労したり、寒い日は一緒の布団で寝たりと。

大学生になって一人暮らしを始めた。風太も一緒に暮らせるようにペット可のマンションに住んだ。両親が居ない生活でも、風太が居るから寂しくなかった。同じ大学の彼の事や、友達との悩み、バイト先での出来事など、その日のことを風太に話すことが日課だった。風太は分かっているのか分かっていないのか、にゃう、にゃうと頷いて聞いてくれているようだった。ある日、大学に行くバスの中で痴漢に遭遇した。私は怖くて声が出せなかった。次の日も、その次の日も被害を受けた。誰にも相談できなかった私は、その日の夜に風太に痴漢の事を話した。すると、次の日痴漢の被害はなくなった。偶然かとも思ったが、それからは一切被害を受けることはなかった。まさか風太?いやいやそんなわけないか。

四年後、大学院を卒業して一般の企業に就職した私は社会人生活を謳歌していた。しかし、ある問題が私を悩ませていた。最近、仕事が忙しく残業が続いて帰りが遅くなるのだが、その帰り道で誰かが付いてきている気配を感じていた。ストーカーである。ポストの中に変な手紙が入っていることもあった。それでも、大事にしたくなかった私は、警察にも彼にも相談をせずに、風太にだけ話していた。すると痴漢の時と同じように、パタッと被害がなくなった。これは、風太の恩返しなんだ。私が危険な目に遭うと助けてくれる。私は年をとってあまり動かなくなった風太を抱きしめ、ありがとうと伝えた。

それから半年後、風太は死んでしまった。心残りなのが、風太に結婚の報告が出来なかったこと。風太、今までありがとう。定期的に行っていた動物病院では、亡くなったら責任をもって埋葬するよと言われていたが、これからも一緒に居たいと思った私は、風太の遺骨を保管したく、火葬場に風太の亡骸を持って行った。作業が終わり、火葬場の人が私に近づいてきてこう言った。


「風太くんの体内にこんなものが埋め込まれていました」

それは盗聴器だった。

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