思い出売買

時は21世紀後半、高度経済成長期から長い間ものづくりを中心に栄えてきたこの国には、モノが溢れ過ぎていた。そんな時代に私はとても貧乏な家に生まれた。車もなく、テレビすらもないほどだ。毎日のご飯は畑で採ってきた野菜や、畑を荒らすイノシシ肉、近くの海で釣った魚のルーティン。私のために毎日頑張っている両親には申し訳ないが、こんな暮らしはもう嫌だ。「お母さん、私将来はお金持ちになって今よりうんと贅沢な暮らしをする。そのために勉強を頑張る」小学生からこんなことを言う子も珍しいと我ながら思う。来る日も来る日も図書館に通い、分厚い本を何十冊、何百冊と読んでいった。高校生になると、貧乏な私でもそれなりに友達ができた。ある日、友達の家でお泊まり会をした。ジュースを飲み、お菓子を食べながら、学校の好きな男子の話で盛り上がる。そんな楽しい時間を過ごしていた。深夜3時頃になると、一人また一人と眠気に負けていった。私は今までにない楽しい時間に興奮して眠れなかった。「ねえ、私あんまり眠くないからテレビ見てても良いかな?」「うん、良いよ~私は寝るね~」普段見ることが出来ないテレビを点け、適当にチャンネルを変えながら面白そうな番組がないか探す。そしてある怪しい番組に釘付けになった。「この国にはモノが溢れ過ぎている。今はモノを所有することに満足する時代では無くなった」私の家みたいにモノが何も無い家もあるのになーと番組で喋っている男に対して思った。「これからはモノではなく、知識や経験を得ることで人は満足する。自分の知識や経験をシェアしていこう!」その男が大きな声を上げて番組は締めくくられた。最後の画面にはどこかのサイトのURLが表示されていた。なぜかそれが気になった私はすぐにメモをとり、寝ぼけた友達にパソコンを借りることを伝え、そのサイトへとアクセスした。そこにはこんなことが書いてあった。

・このサイトではあなたの知識、経験を他人に販売することができます。

・売りたい知識、経験を思い浮かべ、商品名を記載し、値段を設定してください。

・商品が売れると、あなたの記憶からその知識、経験が無くなり、指定口座へとお金が振り込まれます。

怪しいと思いつつ、自分の農業の経験を思い浮かべながら、値段を500円に設定して出品してみた。すると、すぐに売買成立の画面が表示された。ただその時にはもう何を販売したのか記憶が無くなり、口座に500円が振り込まれているだけだった。記憶が無くなるのは怖いが、これで簡単にお金が手に入る。そう思った私は、今まで勉強してきた知識を片っ端から出品した。次の日、口座を確認してみると30万円振り込まれているのが確認できた。すごい!すごい!これで好きなモノを買うことができる!まずはネット環境を整えて、いつでも出品出来るようにしよう!それからも勉強をして、その知識を販売することでお金を得た。ただ、今までモノを所有する幸福感を得てこなかった私にとっては、モノを買うという行為は麻薬みたいなもので、やめる事が出来なくなっていった。大学生になった私は、一人暮らしを初めた。それにより、物欲はさらに増し、高級なブランドのモノを購入することにハマった。しかし、使う分だけお金は無くなる。そしてまた知識、経験を売る。これを繰り返していく間に、自分の中の記憶がごちゃごちゃになっていくのを感じていた。ある日口座に5000万円振り込まれているのが確認できた。何を売ったか覚えていないが、これを機に知識、経験を売るのはやめよう。そして、昔から私のために汗水垂らして働いてくれた両親にこのお金で恩返しをしよう。そう決めた私は、実家へと帰った。そこには見るに堪えない両親の死体が転がっていた。


「ああ・・・これだったのね・・・」

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