あなたの5分間を私にください

空蟬

嘘が嫌いな男

この世界は嘘だらけだ。学生時代では後輩が先輩に、社会人になってからは部下が上司に、良い評価を得られるために嘘で自分を塗り固めている。「俺の彼女可愛いだろ?」「そうっすね、お似合いカップルっす!」とか「今日一緒に呑みに行くか?」「はい、是非行きたいです!」とか、心にもないことを口に出し、やりたくないことをやってる自分が嫌にならないのか?

俺は自分に素直に生きてやる。


8年後、高校生だった俺は大学院を出て、とあるIT企業に就職していた。

ここは、服装はもちろんのこと、勤務時間や休暇の取得も自由であり、自分の考えとマッチしていた。会社に入ってからも、上司に媚び諂う事無く過ごしてきた。それができるのも同じような思考の奴が多いこの会社だからこそだろう。普通の企業に勤めている奴は、先輩、上司のご機嫌をとり、好かれた奴が出世していく。反対に嘘を全く言わない、俺みたいな正直者は淘汰されていってしまう。こんな社会に大きな不満を持っていた。ある日、社内で一番賢い奴が俺に話しかけてきた。「もの凄いシステムを開発してしまったんだけどさ、お前みたいな嘘が大嫌いな奴に使って欲しい」聞いたところ、これまでに嘘をついた回数が頭の上に表示されるシステムみたいだ。こいつ天才か。これはこの世界を変えるのに利用出来るのではないか?それから俺は政府の関係者に同様に嘘が嫌いな奴がいないか徹底的に調べた。これがまた大変だった。それもそのはず、政府の人間こそ嘘しか言わない、嘘大好き人間ばかりだったからだ。それならとSNSを駆使し、今の世界に不満を持っている人たちを集め、利益団体を立ち上げた。外部から圧力を与えつつ、数は少ないが同類の国会議員による内部からの影響も与えていき、5年後、国が変わった。


国民全員にフェイクチップと呼ばれる嘘カウント装置を額に埋め込む法律が出来た。これにより、その人の頭上に嘘をついた回数(嘘を与えた人数、例えば嘘を言って5人がその言葉を聞いていたらカウントが5増える)が表示される。ただし、これまでついた嘘はカウントされず、国民全員カウント0からスタートである。また、自分のカウントは自分で見ることは出来なくなっている。鏡で自分の姿をみても認識できない。まあこれに関しては、他人に自分のカウントを教えて貰えば問題ない。

それからは周りの奴らもほとんど嘘をつかなくなった。自分のカウントが多くなればなるほど、信用度が下がっていくからである。こんな世界を俺は望んでいたんだ。SNS上でも感謝や尊敬のメッセージが次々と届いた。まさに神にでもなった気分だった。ある日俺の大ファンで、世界を変えた人の考え方を学びたいと言ってきた男がいた。その時、その男のカウントは48のままだったので、大ファンであるというのは本当なのだろう。快く承諾した俺はその男に対して如何に嘘がある世界が醜かったかを伝えた。「でも法律を変えてしまうのも凄いですが、こんな装置を開発するなんて天才ですよね、さすがです!」「そうだろ、これも世界を変えたいと思う気持ちが大きかったから成し遂げられたんだ」「あれ?カウントが1に増えましたよ?」あ、しまった、気分が高揚してしまってつい俺が開発したことにしてしまった。「ああすまない、この装置は俺ではなく同僚が開発したんだ」「そうなんですね、でもそれを使って世界を変えたあなたはやっぱり偉大です!」まあカウント1くらいなら気にすることないな。これからは気をつけよう。


「お前にあの彼女は釣り合ってないぞ」「え?呑みにですか?行きたくないです」「娘さんの余命はあと1週間です、99%助かりません」それから月日が経ち、皆頭上の嘘カウントを増やしたくないから正直者になっていった。それに対して、優しい嘘を求めている人も数多く出てきた。俺の住んでいる町に優しい嘘を言ってくれる少女がいるという噂を聞き、好奇心から会いに行ってみた。その子の嘘カウントを見ると397764と表示されていた。今までで見てきた人の中で一番多い。こんなカウント数じゃ誰からも信頼されないよな、逆に優しい嘘を言う子だと有名になるぐらいしかこの世界で生きていけないもんな。「君、そんなにカウント数を増やして大丈夫?」俺は自分のカウント数を自慢したいがために声をかけていた。「大丈夫だよ、私以上にカウントが多い人もいるしね」「そうなんだね、ちなみに俺のカウント数は何になっているかな?自分じゃ確認出来ないから教えてくれる?」大ファンと言ってきた男に会ってから、一切嘘を言っていないので、カウントは1だと自分で分かっていたが敢えて聞いた。「うーんとね、1だよ」その時少女のカウント数が397765に変わった。あれ、おかしいな何でだ?「1じゃないみたいだね、正直に教えて欲しいな」「分かった、正直に言うよ」「うん、ありがとう」


「本日のニュースです。7年前から導入されたフェイクチップ法律の立案者である男が首を吊って死んでいる現場が発見されました。この時の男の嘘カウントは2845699983となっていました。また、この男の自殺の原因はこのカウント数の多さによるものだと思われており、事態を重く受け止めた国が現在国民全員のフェイクチップの回収を検討しております。」


「俺も嘘は嫌いだけど、嘘が言えない世界がこんなにもつらいなんて想像してなかったからなー。アイツの大ファンだという奴にボイスレコーダーを仕掛け、人気動画サイトでその音声を公開して正解だったな」ニュースを見ていたフェイクチップ開発者は自宅でコーヒーを啜りながらそう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る