第八十話


 好勝負をみせた第一試合。

 多少の拮抗はあったが、見るヒトが見れば気づく。

 剛剣や細剣による派手な戦いもあり、ヤクトの隠行による高度な技法や歩法が持て囃されていたが、それを支えたのは一人の男性である。

 今回の一試合目は不可思議な短刀を何本も操る少年が間違いなくキーマンだった。

 少年というには凛々しく、青年というにはまだあどけない印象を持たせる男。

 

 エイワスである。

 ゼクトは今回の戦いでの裏方としてなら九十点を上げてもいいと考えるほどに彼は活躍していた。



 リクシアの手駒で優秀なものが姫付きになっていると言うことを周辺国がゆっくりと、しかし確実に意識してくれるだろう。

 更にはエイワス自身の周囲、ひいてはフィオナとその周囲の評価の変化もあるだろう。


 強い騎士が姫を護っている……と。



 そしてこの状況を利用したい陛下とゼクト。

 もういっそこのまま付き合っていいんじゃないかとゼクトは思っているが、やはり貴族供の目が煩わしいものがある。

 今回の修練祭においていい成績を残せば、いざフィオナがエイワスの事を公にした時にも有利に働く。


 メンバーが良かっただのと表する輩も出る可能性はあるが、戦えているという事実は事実である。

 







 「…………そんな感じで広められるかと思ったんだけどなぁ……」


 やぁ、審判兼実況のゼクトさんだよ。

 いま目の前で割りと派手な戦いを終えて、最後の一人に止めを刺そうとしているカーラさんが見える。


 最後に一矢報いるべく走り出した騎士風の男の顔面に拳を叩きつけ、ダメージオーバーで男は一瞬にして結界内から姿を消した。


 「…………理不尽極まりないなぁ……」



 一応勝利のコールをして、優雅にさっていくダークエルフの連中をみながらついそう漏らしてしまった。



 いや、まず最初が非常に派手だった。

 エイワスがいい具合に実力を見せてくれた試合だったのでホクホクしていたのだが、次のダークエルフチームとモーブターチというチームの試合でその印象はほぼほぼ消えた。


 ダークエルフ四名は両腕と両足に不思議な紋様の入った肘や膝を超える程の長さの黒い手袋と靴下のようなものを装着して入場してきた。

 紋様の部分の色は常に変化しており魔力が込められた逸品であろうという事は誰もが感じ取っていた。


 対するモーブターチの面々は平均的な構成で戦士二人に魔術師が二人。

 前衛二に後衛二の分かりやすいスタイルである。


 モーブターチを見たカーラさんは盛大に溜め息

を一つつき、言い放った。



 「邪魔だ。 時間の無駄だ。 待つ時間すら鬱陶しい、さっさと叩き潰してやる」 


 そう言い放ったカーラさんの言葉に呼応するかのようにモーブターチが動く。

 それに合わせてガーチさん達も動き出したが、以前森での戦いで見た動きよりも遥かに速い。

 少なくともエイワス達のチームの連携では対応が難しそうな速度だ。

 

 輝きを帯びたガーチさんやキリネアさんの拳が深々と突き刺さり一瞬にしてダメージフローを引き起こして選手が退場していく。


 そしてカーラさんが最後の一人に止めを刺し試合終了。



 『……いやぁ……実況しがいの無いバトルでしたね! この実況殺し! 不完全燃焼の皆様もいるでしょうが、しかし! この戦いで最も重要な点! おそらくダークエルフの秘術とでもいうべきものを出してきましたねー! おそらく身体強化だけでなく、物理的な攻撃に魔法を付与する類いのものでしょうね! さぁ次に戦う相手はこれにも注意する必要があります! 結果的には次の試合を予測しにくくさせる、別の意味でトトカルチョ荒しです!』


 (隠し玉もあるだろうし、大会では要注意人物だな。 ……あとはいちいち俺に好戦的な視線を向けてくるのは止めてほしいな)


 カーラさんは物騒な殺気を俺だけに飛ばしてさっていった。

 ダークエルフ陣は観客の若干のブーイングとそれを遥かに上回る声援に送られて意気揚々と担当の控え室へと戻っていった。

 ブーイングしたやつは顔を覚えられたかもな。


 『少し早いですが、これで午前の試合をおわりまして一旦休憩となります。 指定席のチケットは無くさないように必ず大切に保管してください。 また指定席は名簿と合わせて把握していますので、別人がいた際に明らかな問題があった場合は主導警備を行っている英雄の使い魔であるアカネが直々に尋問を行いますのでご注意くださいね!』


 昼の部に移る前にしっかりと仕事をこなしてリリアの元へ戻ると、笑顔なのに額には青筋が浮いていた。


 「おかえりなさい、ゼクトさん! さぁ皆でご飯! いきましょう!」


 何があったかと思い周囲にさっと視線だけを向けると妙に自信たっぷりのライノルトを見つける。

 間違いなくこいつだ。

 むしろこいつ以外の要素がない。

 たぶんリリアの琴線に触れるような何かを悪びれもなく言っちゃったんだろうな。


 「でしたらリリア殿。 是非私の部屋でランチでも如何かな? 最高級の料理を用意してある。 肉に魚、野菜、さらには甘味まで揃えてある」


  「ええ……わ、私ですか!? わ、私は王宮の礼節に詳しくはないので、気分を害することかと!?」


 「構わんさ。 貴女の真価は礼節なんて猿山の大将が使って喜ぶ類いのものではないのだから。 もちろん使い魔達も気にしなくていい」


 なんとか逃げ道を探すリリアだが、いっそうここでお互い関係をはっきりさせて、交流を無くせばいいのではとも思う。

 表面上ではなく、裏のという意味も込めて。


 (リリア様。 今はうざいですが、いっそここで拒否の意見を叩きつけてやるのもいいかもしれません。 どうしても無理なら拒否してもよいです。

関係をハッキリさせておきたいと思うならチャンスですよ!)


 「う……うぅぅぅ……仕方ないですね。 分かりました。

お話したい事も御座いますし、ご一緒させて頂きます」


 「よかった。 実は断られる事も考えていたのだが、断られたことなんてまず無いからどうしようかと思ってな」


 「あははははは……そうなんですねー………」


 リリアの渋々の受け入れをどう勘違いしたのか、快諾されでもしたように上機嫌だ。

 普通なら気まずい雰囲気にもなるだろうが、そこはライノルトというべきか。

 リリアを楽しませようとする話はつきない。

 リリアの表情は話を聞く度にひきつりが強くっている。もう少しで口の端が裂けそうだ。









 

 ライノルトに連れられて来たのは来賓のために

用意された豪室だった。

 そのフロアだけでも衣食住の全てが賄えるもので他の国ではなかなか見ることが出来ない光景である。

 窓からの風景も非常に素晴らしく山々の緑が薄く赤い色に色づき始めている様子には情緒すらある。



 「………ふぅぁぁぁああ……は、始めて見ましたこんな豪華なお部屋」


 その光景に感嘆の吐息を漏らすリリア。

 口がこれでもかと言うほど開いている。



 そんな様子のリリアとは対照的に王子殿下は特に珍しさも感じないようでどっかりとソファに深く腰かける。

 テーブルにも光沢感があり手入れが行き届いているのがありありと分かる。


 ただし……準備されているのは全て自国……ベルトラント製の物ばかりだ。

 準備の段階で用意したものはすべて撤去されている。これもライノルトの陰湿な嫌がらせの一つだろうか。

 貴国の物には興味ないーってか?


 「これはこれは……用意しておいた部屋とはずいぶん様変わりいたしましたね。

いずれもベルトラントの物のようですが」


 「ん? ヒトの形をしているだけではないのだな使い魔。 よく見分けた。 これらの生活必需品はすべて国からのものさ。 この国の物を使うなんてゴメン被りたいね」


 そう言いながらライノルトはいつの間にか注がれていた紅茶の香りを楽しみながら呷る。

 その表情には明らかな優越感が漂っている。

 そのコップを下からひっくり返してやろうか。


 一瞬ライノルトを見るリリアの目がうっすらとゴミを見るような目になっていた気がするけど気のせいだろう。


 暗に文化レベルが違うと言いたいのか、国力に劣る国の商品などたかが知れているという事なのだろうか。


 いよいよもってキナ臭い雰囲気になり始めているこの会食。

 スタートから舌戦でも始まってしまうのではないかとリリアは内心でヒヤヒヤものだろう。

 こちらとしてもいつリリアが『キンゾ・クバット』で赤い華を散らそうとするんじゃないかとヒヤヒヤものですよ。


 取り敢えずお互いに揃い、ライノルト殿下の背後には銀の君と呼ばれていた美人さんがつき、リリアの後ろには俺がつくことになった。

 まぁミソラとアカネがつこうものなら……その想像一回だけで胃に小さい穴が開くかもしれない。

 リリアなら確実胃にどでかい孔でも開いているだろう。



 お互いの腹の内は他所に会食は比較的和やかに進んだ。見たこともない料理に舌鼓を打つことが出来てリリアもそこそこご満悦そうでよかった。

 流石に護衛の立場なので自分は食べれない所が悲しい。

 今度リリアに作ってもらおう。

 



 食事を終えて一息ついたところで、ライノルト王子が姿勢を整えた。

 それに合わせてリリアも姿勢を正すがガッチガチである。今なら野球ボールも打てるだろう。


 「そんなに固くならなくていい。 楽にしてくれ」


 「な、何分無作法なもので。 殿下のお、お目汚しにならないといいのですが……」


 見ているこっちか恥ずかしくなりそうな程に全身が微弱に振るえている。

 というか食べ終わったあとで何を今さらと言えなくもない。


 「ははは気にしないから大丈夫だ。 しかし……良いな君は。 英雄がどうこうというのは無しにしても本当に君に興味がある。 実に愛らしい」


 「うぇぇ……あ、あの流石にその発言は王子殿下としては色々とまずいですよ!」


 「あぁ、身分がどうとか考えているのかな? 心配ない、そんなもので叩いてくるような輩はうちの国にはいない。 私が全て従属させているからね」


 「……従属? 統制などではなく?」


 言葉の意味に若干の悪意が見え隠れしていたので、思わず口をついて出てしまった。

 そんな反応を待っていたかのように王子は舌舐めずりをしてこちらをみる。

 まるで蛇のように冷たく鋭い目をしている。


 「私の政策に反感を抱く連中は全て制圧し、私の力で従属させている。 だから従属と読んでいるのだ。 こんな風にな」


 ライノルトは指先に淡い桃色の光を灯し、それを近くのメイドに向かって飛ばす。

 メイドは訳も分からぬままそれを受け入れ、光は何の抵抗もなくメイドの胸へと吸い込まれてった。


 次の瞬間。


 メイドは激しく痙攣を起こして倒れる。

 安否を確認するために近づくと、その痙攣はすぐに減衰し、十秒もしたところで何事ともなかったかのように起き上がった。


 とある一点において以外は特に変わった様子もない彼女。


 ライノルトに頭を垂れている以外。

 魅了系の魔法か?

 たぶん俺には効果は無いと思うが……まさか。

 

 「これが私の力でね。 全ての人間の心を私の支配下に置く事が出きる。 これがあれば世界だって簡単に手にはいる。 その為には……貴女が少し邪魔でな。 貴女にも私のペットになってもらうために今回は足を運ばせてもらったんだ」



 ライノルトはにやりと背の泡立つような気持ち悪い笑みを浮かべる。

 ほっそりとした指をリリアに向け淡い燐光が灯る。

 いきなり本性出してきたな。

 

 「殿下……作戦ではまだ様子見だけの筈では!?」


 銀髪の護衛がライノルトの行動に慌てている。

 これは想定外の行動なのか?

 取り敢えずヒトのご主人様にいつまでも指を指してると切り落としちゃうぞ☆


 「今が絶好のチャンスだろう? ここで英雄殿と使い魔を堕とせればこちらの勝ちだ」


 そうだな。堕とせれば……な。

 取り敢えず眺めていると銀髪の美人さんが血が出るほど唇を噛み締め、剣の柄に手をかけた。


 「そうだ、それでいい」


 銀髪さんは迷いを断ち切るように一気に動いた。


 「フッ!」


 小気味のいい鋭い呼気と共に、こちらが動こうとした瞬間に抜剣して襲いかかってきた。


 「義に悖る行いだが……主命とあれば是非もなし!」


 銀髪さんは一切の感情を捨てた無表情で一瞬で無数の斬擊を繰り出す。


 「義に悖るなんて言葉を使う奴があんなクズに手を貸しているなんてな……人質が何かとられているのかな?」


 「…………っ! うるさい!」


 抜き放たれた剣は淡い氷の魔力を帯びており一瞬にして視界を奪うような霧を撒き散らした。

 霧は一気に拡散しどんどんと広がり始めた。

 アカネとミソラにも伝えておくか。

 元凶はこっちとして、他のベルトラント勢がなにかしら動きを見せる筈だ。


 『こちらゼクト。 ライノルトがリリアを捕まえる為に暴走しはじめた。 俺は銀の君とやらに足止を食らっているが……まぁすぐに終わる。 一応周辺への警戒を怠るな。 この霧に乗じて色々用意してるだろうからな』


 『なんとー。 じゃああばれるのがいたらもんどうむようでとりおさえる』


 『あら、凄い勢いで霧が広がっていますわね。 しっかりと働いてご主人様に御褒美を頂かないと』 


 「ひとが! 全力で! 殺しにかかっているのに! ……はぁはぁはぁ……避け続けてあまつさえ味方に指示を飛ばすなんて……予想以上に化け物ね」


 「いやいや。 そちらも思っていた以上にお強いですね。 こちらの世界に来て一二を争う剣捌きです。 貴女には後々実験台になってもらうので今は大人しく寝ておいてください」


 「戯れ言を!」


 剣身から出ていた淡い霧が全身を包み込み、こちらの視界も完全に奪っていく。

 別に状態異常という訳でもないので、無効化は出来ないみたいだ。

 気配はまったくない。

 攻撃のタイミングがまったく分からないが……。


 背中に何かが当たった。


 同時に振り向き当たった物を掴む。

 流石はゲームでレベルがカンストしている身体。

 ダメージを受けてから反応するまでの動きが速すぎる。


 掴んだのは霧を生み出している剣。

 その先には銀髪の女性がいる。

 刀身を掴まれたことに驚いた女性は一気に離れようとするが、それよりも速く縛縄符を貼り付けて動きを奪う。


 「なん!? これは!? 身体が動かない!」


 「大人しくしておいてくださいね。 これが霧の原因かな?」


 主の手元を離れてもなおジワジワと霧を生み続ける魔剣。コレクターとしては勿体無い気もするが今回はウザいのでへし折っておこう。

 

 「よっ……」


 「あぁ!? 私の魔剣!? 手に入れるのに苦労したのに!?」  


 ……なんか泣きそうな表情で折れた魔剣を見つめてるけど……スゴい可哀想な表情だな。なんかすまん。というか反応がちょっと可愛いな。

 霧は……一度出たらしばらく続くタイプなのか、まだ消えるような様子はないな。どこまで広がっているんだろうか。

 

 あ、そうだ。リリアの方はどうなったかな。

 リリアのレベルもかなりのもんだし、魅了程度なら多分レジスト出来ていると思うけど。






 ゼクトが銀の君に襲撃され、その場から少し離れたころ。

 リリアはライノルトが自分に向ける淡い桃色の光に警戒していた。


 「ふふふ、そんなに警戒しても無駄だ。 私の精神支配は完璧だ。 諦めて身を委ねるといいよ」


 「…………」


 「おや? 怖がらせてしまったかな? 安心するといい。 痛みはないし、書き換えは一瞬だ」


 若干俯き気味のリリアを見て恐怖から怯えているのかと思ったライノルトはなるべく優しい声音でそう伝える。

 

 「ふふふふふ。 しかし君を手にいれればあの化け物も玩具に出来るのか……。 年甲斐もなくワクワクしてしまうね」


 「…………玩具?」


 「君の使い魔さ! あんなに興味深い化け物はそうそうない! 我が国の魔法研究の為に骨の髄まで調べあげたいものだ!」


 完全に自分の思い通りになると信じて疑わないライノルト。

 だから気付かない。

 

 リリアが恐怖ではなく怒りで振るえている事に。

 ただでさえ苛立つ相手が、愛するゼクトを玩具呼ばわりした事でリリアの我慢が限界を超えた。


 「………………ね」


 ぽつりと溢れた小さな小さな言葉。

 ともすれば誰にも聞こえないような程に小さく呟いたそれを聞き取れず、ライノルトは不思議そうな顔をする。


 「ん? 何か言ったか? ……まぁいい。 じゃあ早速君を手に入れさせてもらう」


 淡い光がリリアに向けて放たれる。

 ライノルトが自分達の作戦が成功したことを確信し、笑みを深めたその瞬間。

 

 目にも止まらぬ速度でキンゾ・クバットによって光が完全に打ち払われた。

 あまりに一瞬の出来事に目を瞬かせて何が起きたのかが分からないライノルト。


 リリアが手に持つキンゾ・クバットから魔法を打ち払った事によりうっすらと魔力の残滓が漂っているのを見て驚愕する。


 「…………バカな……魔法を……打ち払ったのか!?」


 驚くライノルトにリリアはゆらりと、まるで幽鬼の如くゆっくりと近づいていく。

 そこには狂おしいほどの愉悦と殺意が混然としたような狂気とも呼べる表情をしたリリアがいた。


 「くふ。 くふふふふふ。 ずっと……ずっと……ずっとずっとずっと思っていたんです。 なんで私が貴方なんかに敬語まで使って媚びてるんだろうって。 ゼクトさんやミソラさんやアカネさんをまるで物みたいに扱う貴方のその口を縫い付けてその素晴らしさを見ようとしない目を抉り取って可愛くて優しくて暖かいゼクトさんの言葉をきちんと聞きもしないその耳を毟り取って犬の餌にでもすれば最高に気分がいいだろうなって。 今までは一応王子だからとかいう理由で相手もしてましたけど、こうやって敵対してくれるなら殺してもいいですよね? いっぱい殺しますね? 助けてっていっても許しませんよ? いっぱいいっぱいいっぱいいっぱい叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて肉の塊になるまで叩いてあげますね? うふ。 うふふふふふふふ! うふふふふふふふふふふふふふふ」


 

 次の瞬間、ライノルトは反射的に魔法を発動しようとしていた。

 先程の精神支配のものではなく、確実に殺すための魔法に切り替えていた。

 

 理性的な判断では無かった。

 

 ライノルトの胸中を支配していたのは恐怖だった。リリアの表情や雰囲気、言葉を聞くだけで手が振るえ平静でいられない程に胸がざわつき逃げ出したい恐怖に駆られていた。 


 「う……うぁぁぁぁぁぁ! ………あ?」


 最早冷静な判断など出来ないライノルトが魔法をリリアに向けて発動しようとした瞬間。

 リリアのキンゾ・クバットが下から跳ね上がり、リリアに向けていたライノルトの右腕が肘の先から吹き飛ばされて肉片となる。

 飛び散る肉片や骨を見てライノルトが硬直し、遅れて来た激痛に声にならない叫びをあげる。


 「あはっ! 意外と綺麗な血の色をしてますね! もっと汚ならしい色をしてるのかと思いました。 ふふ……ふふふふふふ」


 更にキンゾ・クバットを振り下ろして逃げようとしていたライノルトの左膝を吹き飛ばす。

 

 「あら? 私を意のままにしたいんじゃなったんですか? ほら、魔法を使えばいいんですよ?」


 床に這いつくばるような状態になっているライノルトに無邪気な笑顔で煽るように促すリリア。

 リリアの言葉に感化されたのかは分からないが、残った腕を伸ばして再び桃色の淡い光が灯る。

 と、同時に無慈悲なキンゾ・クバットによる殴打が残った腕を今度は上腕の根本から吹き飛ばした。


 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 「うふふふふふふ! やだ、貴方の悲鳴を聞くとなんだかゾクゾクしてきますね」


 恍惚とも取れるような淫靡な表情で更に残った足をも叩き潰す。

 その手に残る感触が更にリリアを狂喜に引き摺りこんでいった。

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