第八十一話

 |д゚)チラッ

 




 修練祭二日目が始まろうとしていた頃。

 レムナントから大きく東に進んだ先にある巨大な谷に一つの集団……と呼ぶには些か数の多い団体が着実に近づいていた。

 多くの者が正規の武装で身を包んでおり、その進む様は完璧に指揮された行軍の様である。

 その最後方に堅牢な作りの馬車があり、最も守りの厚い一団がいた。


 その馬車に先頭から一人の兵士が駆け足で状況報告に向かってきていた。


 「ライノルト《・・・・・》殿下・・!予定の場所まであと僅かです」


 「ん……了解した。 特に問題なく進んでこれたか」


 一人の兵士がライノルトに向けて報告を行い、ライノルトは読みかけの本を閉じて目的地に目を向ける。

 視線の先には大地を抉る巨大な谷があり、遠方からでもはっきりと視認できる。


 谷の底から沸き上がる魔素によって谷は不気味な雰囲気を醸し出している。


 「……あいつの身体から漏れだした魔力が魔素溜まりになっているのか。 普通のヒトでは近付かぬ方が賢明だな。 …………指揮官に伝えよ。 谷の手前で待機。 守人のダークエルフ共が許可なく来た我々に忠告に来るだろう。 その者を殺して開戦しろ。 深追いすると魔素溜まりの影響を受けるから程々で構わん。 奴等がある程度引いたら余が後は片付ける」


 「は! 復唱します! 谷より手前で待機し、使者が来た場合はそれを排除! 開戦し、向かってくる限り全てのダークエルフを殲滅! ただし深追いはしません!」


 「うむ。 賢い者は嫌いではないぞ。 御主には剛力の印を刻んでやろう。 これでしっかりと活躍するとよい」


 「も、勿体無き御言葉! 印に恥じぬよう全霊で奴等を滅ぼしてやります!」


 馬車からゆっくりと降りてきたライノルトは頭を下げる兵士の肩に指先をあて、魔力を集中させると兵士の肩に複雑な紋様が浮き上がる。

 

 「期待しているぞ」


 「はっ! 失礼いたします!」


 兵士はこれからの戦いに対する興奮とライノルトから期待され更には印まで賜ったことによる喜びで裏声になりながら全速力で前線へと戻っていった。


 

 「ふふふ。 忠実なるヒトの子は実に愛らしいな」


 「……殿下……いや、今はルベド様と呼んだ方がよろしいかな? とにかくあまり魔力を消費するような事は控えてほしいですな」


 走り去った兵士をまるで愛しい我が子を見るような目で見送っていると、背後から一人の男が声をかける。

 全身を黒い鎧で覆った厳つい男性で左目に眼帯をつけており、背中には身長程もありそうな大剣を背負っている。

  

 「そうだな。 ライノルトに成り済ましていたが、もうここまで来たら意味もない。 ルベドで構わない。 この程度の魔力は気にもならない程度だ。 もちろん六頭連の長である君にいれたような印は流石に疲れるからおいそれとは使えないがな。 それに……君達六頭連ならこちらも向こうも大丈夫だろう?」


 「…………問題はないでしょう。 しかし、ライノルト殿下が先走ってしまわないかが気掛かりです。 あの方は……貴方が隣で生きてきたことでかなり偏屈になっておられる。 今回の作戦でも英雄と使い魔を手にいれ、貴方を超えると息巻いていたそうですから」


 「あやつもまた愛しい奴よ。 余に届かぬと知りながら足掻き続ける可愛い子だ。 向こうはハッキリ言ってしまえば陽動だ。 ライノルトが英雄を魅了出来れば良し。 出来なければしっかりと混乱を起こして目を逸らさせる。 銀の君も残りの五人の六頭連もいるのだ。 目を逸らさせるには十分すぎる」


 ルベドと呼ばれた男はそう言い、ふと何かに気づいたように王都リクシアへと目を向ける。

 

 「ふむ。 …………ダナン君。 君の言うとおりどうやらライノルトが先走ったようだ。 魅了の力を分けた印の力が消えた」


 「…………まったく……銀の君もついていますし、向こうは作戦を開始していると考えてもよろしいですか?」


 ルベドの言葉に大きく溜め息をつくダナン。

 本来よりも速すぎる動きに予定がガラリと変わってしまうと、苛立ちすら感じていた。

 


 「うむ。 こちらもさっさと済ませるとしよう。 ダークエルフの長はおらぬらしいが、何かしらの伝達手段もあるやもしれぬ。 アレは中々に厄介だからな」


 ルベドがそう言うと同時に前方で悲鳴が上がり、兵士達の開戦による雄叫びが周囲に響きはじめた。


 それに合わせダナンも背中の大剣を引き抜き、前線へと疾駆する。

 

 筋肉質でかなり大柄な体躯のダナンではあるが、その動きはしなやかで兵士達の間を器用にすり抜けていき、前線へと躍り出た。


 目の前では既にダークエルフ達が応戦しており、多くの兵士達が命を奪い、そして奪われていた。


 「貴殿らに恨みは無いが、故あってその命頂戴する!」


 疾風のように素早い動きで敵に向けて踏み込んでいくダナン。

 その動きに反応が遅れたダークエルフの青年は一瞬にして首を跳ねられ、その反動で一回転しさらに大きく敵陣に踏み込む。回転の遠心力と大剣の重さを利用して一気に二人のダークエルフの身体を両断する。


 「今だ! 隙をつけ!」


 流石に大きく体勢を崩しているダナンに戦いに慣れたダークエルフが指示を出し、ダナンへとむけて一斉に弓矢を飛ばしたり魔法を撃ち込もうとする。


 普通の兵士程度であれば、間違いなく避ける事が出来ない隙だった。


 「我が印の力、受けるがいい」


 眼帯のしたから赤黒い光が漏れた瞬間。

 ダークエルフ達の視界からダナンの姿がかき消え……次の瞬間、ダナンに矛先を向けていたダークエルフ達の首が同時に落ちる。


 「ば、バカな!? 絶対に避けれないタイミングだったじゃないか!?」


 「相手が悪かったな」


 いつの間にか指示を出していたダークエルフの前に立ち、大剣を振るってそのまま首を斬り落とす。

 

 その光景を見た残りのダークエルフ達は撤退に移った。

 その動きに淀みはなく、敗北を感じて退いたようには見えない。

 その迅速な動きを見てダナンは感嘆の息を漏らす。


 (敵わぬと分かり、各自が瞬時に判断して撤退するか。 この谷に籠城できる事も考えると普通に戦うにはかなり厄介な相手だな)



 ダナンは大剣の血糊を払い、背負い直して背後を振り替えると、いつの間にかルベドが来ている事に驚く。

 

 「……相変わらず底知れない。 気配すら感じさせないとは」


 「まだまだ修行が足りないという事だよダナン君。 …………思ったより死体が少ないな。 敵の判断が素早かったか」


 「ええ。 ここに引きこもっているだけの種族かと思いましたが、かなり戦い慣れている印象でした」


 「あいつ《・・・》を封印して護っている種族だからな。 それ相応の強さはあるだろうさ。 さてここからは余の出番だな。 では全員全速力で後退。 出来るだけ離れろ。 巻き込んでしまうかもしれないからな。 …………お前達のような優秀な部下達を亡くすのは余も寂しい」


 ダナンや他の兵士達に慈愛すら感じる微笑みを向けながらそう語るルベド。

 圧倒的な絶対者の優しさと暖かみを感じるその言葉に兵士達は胸を締め付けられるような思いが込み上げていた。


 「万が一も無いでしょうが…………御武運を。 ……全隊! 全速力で後退! 急げ!」


 ダナンは頭を下げたあと、全部隊に号令を出す。

 兵士達は命令に対し迅速に行動を開始する。

 普通ならルベド……彼らにとって見ればライノルトのような王族を一人残す事など有り得ないが、彼らは迷うこと無く行動する。

 ルベドを盲目的なまでに信頼しているからだ。



 ルベドは兵士達が後退したのを確認すると谷の底に目を向ける。


 「さて……迎えに来たぞニグレド。 共に黄金の扉を開くとしよう」


 

 ルベドはそう言いながら、ゆっくりと歩きながら谷の底へ身を落とす。

 ルベドの全身からは紅い魔力の奔流が渦を巻きながら立ち昇っていた。











 撤退したダークエルフ達は集落の者達を全て集め、戦えない者達の避難を開始していた。

 元々数の多い種族ではなく、総数でも五千程度である。

 そのうち六百人近くが先程の戦闘で死に、戦える者は残り三千程度。後は幼い子供達や高齢で戦えない者ばかりである。


 「族長やガーチさんがいない時を狙ってくるなんて」


 「…………敵の数もだが、練度もかなりのものだった。 ここは魔素が濃いから生身で攻めてくる事は無いだろうが、何の策もなく来たとは思えない。 一旦戦えない者達はすぐに避難させよう」


 「……そうだな。 それがいい」


 「しかし一体何なんだあいつら……」


 元々戦いに関して練度の高いダークエルフの者達はそれぞれが迅速に話し合い、予定を決め行動を開始する。

 種族特性とでも言うべきか、物に執着するような性格ではない為避難の準備もかなり手早く開始していた。


 「戦える者達はそれぞれ待機しておけ! 相手がどんな手を使ってくるか分からない以上後手に回る可能性も高い!」


 「五百人は避難する者達の護衛につけ!」


 迅速な行動を取るダークエルフ達。

 淀み無いその行動をまるで嘲笑うかのように一人の人物がゆっくりと空中を歩いて降りてきた。

 


 「やぁ……素晴らしい動きだ。 戦う事に関して君達はとても優秀なようだ」


 炎を纏いながら空を歩いてきたのは貴族のように豪奢な服に身を包んだ真っ赤な髪の男性だった。

 それを見たダークエルフの一人が弓に矢をつがえ、一瞬にして放つ。

 洗練されたその動きは無駄が無く、見て反応していては避けることが出来ないような完璧な一矢だった。

 それをルベドは避けるでもなく、ただ矢は近づく前に燃え尽きて落ちる。


 「いい腕だ。 殺すには惜しいが……そうだ。 選ばせてやろう。 服従するなら貴様達の命は助けてやろう。 抗うなら……皆殺しだ」


 ルベドの提案はダークエルフ達にとって服従か死かを選べというあまりにも極端な交渉とも言えないものだった。


 「いきなり攻めてきてふざけた話だ。 そもそも貴様達の目的はなんだ!?」


 ダークエルフの答えにルベドは優しげな笑みを浮かべる。

 まるで愛しい人を見つけて喜ぶ恋人のように。


 「余の目的はここにいる家族を取り返しに来ただけさ」


 「…………家族?」


 「いるだろう? この谷の更に地下深くに」


 その答えを聞き、怪訝な顔をしたダークエルフだがその真意に気付き顔を青くする。

 地下深くに封印された悪魔。

 それを家族と呼ぶ存在。


 つまり目の前の存在もまた……。


 「貴様も悪魔か! ここで討ち滅ぼしてくれる!」


 その言葉に反応し近くにいたダークエルフ達が武器を取り、避難を再開した。

 もし本当に伝承の悪魔と同じような存在であるならば自分達の実力では届かない。

 分かってはいるが、ここで立ち向かわなければ更にもう一体の悪魔が世に放たれる事になる。


 命を賭してでも戦う時であると判断したダークエルフ達は決意を胸にルベドに武器を突きつける。


 「やはり守人というのは勇敢だな。 ならばその勇気に敬意を表して苦しむこと無く滅ぼしてやろう」


 ルベドの周囲に渦巻く炎が更に輝きを増し、神々しさすら感じるほどの眩い光が広がり始める。


 「折角だ、勇気あるダークエルフの民よ。 余の名を魂に刻み逝け! 余はルベド! “太陽のルベド”! 世界を照らし、万物を滅ぼす炎の王だ!」


 

 目を開けることすら叶わないほどの輝きの中、ルベドの声が響き、それと同時に放たれた炎が谷底を一気に融解させていった。

 超高温の炎は半径一km近くを蹂躙していき、輻射熱の影響で更にそれ以上の範囲に被害を広げていく。

 

 ダークエルフ達は輝く炎に呑みこまれ、文字通り塵も残さずその存在を無に帰された。




 炎が蹂躙を開始して十分程。

 ルベドの周囲には赤々と燃え溶けた大地が剥き出しになっており、それ以外に存在するものは何もなかった。

 谷は円形に深く抉られ、まるで小さな太陽がそこだけに落ちたように赤々と輝くクレーターがそこにはあった。


 「ふむ。 やはり火力の調整は難しいものだな」


 ルベドは溶岩の海と化している周囲にざっと目を向け、目的の場所に近づいていく。

 溶岩はルベドを避けるように広がっていき、不可視の壁に遮られているようだ。


 「……ここか」


 ルベドはとある場所で立ち止まり、剥き出しとなっている地面に向けて高密度の熱線を放ち大地を穿つと、熱線は巨大な地下空間までを繋げた。


 その身を地下に落とすと、下には広大な地下空間が広がっており空間の中心部に巨大な漆黒の結晶が鎖に繋がれ鎮座していた。


 「ずいぶん殺風景な場所だな。 今出してやる」


 ルベドが手を一振りすると、一瞬にして全ての鎖が弾け飛んだ。

 封印の鎖から解放された漆黒の結晶は頂点から、コールタールのようにドロリと溶け出しゆっくりと地面に広がっていった。


 その中心部からはまるで闇がそのまま形を取ったような漆黒の長い髪の少女が現れた。

 髪の色に反して肌は病的とも取れる程に真っ白で、色の明暗がはっきりとしている。

 顔立ちはどこかルベドに似ている部分があった。

 見た目だけで言えば十二歳程度だろうか。


 解放された少女……ニグレドは寝ぼけたような目で周囲を見た後、目の前のルベドを見て首を傾げる。


 「……………………ルベド?」


 「ああ。 久しいなニグレド。 やっと封印からお前を解放できた」


 「封印…………ああ……そっか。 そうだったね」


 まるで他人事のように語るニグレド。

 元々マイペースな彼女の変わらない様子にルベドは苦笑する。


 「変わらないなニグレド。 ……つもる話もある。 戻りながら話をしよう」


 生まれたままの姿のニグレドに自分の上着を渡し、二人はその場を後にした。






 ※小話だよ☆



 ミソラ「うーむ……」

 アカネ「あら、どうしたのかしら? ミソラが悩んでるなんて珍しい」

 ミソラ「それはびみょうにしつれいだよアカ姉。 アカ姉はますたーのたんじょうびしってる?」

 アカネ「…………し、知りませんわ。 妾とした事が大切なことを知り損ねているなんて!」

 ミソラ「まぁそれはかんたんにおしえてくれるだろうけど、もんだいはますたーへのぷれぜんとってなにがいいかなぁって」

 アカネ「そんなもの決まってますわ! 妾にリボンをつけてプレゼントしますわ!」

 ミソラ「うん……それもかんがえたけど……なんというかにばんせんじかなぁって」

 アカネ「…………確かに」

 ミソラ「いっそますたーにりぼんをぷれぜんとしてはだかでつけてもらうのはどうだろう?」

 アカネ「ご、ごごごご主人様のは、はだか!? しかもリボンまで!? なにその素敵な発想は! そ、想像しただけで涎が……」

 ミソラ「そのすがたをおうといちのえしにかかせたら……」

 アカネ「いつでもご主人様で妄想できる!? 完璧ですわ! はっ! そうなると王都で最高の絵師を探しませんと!」

 ミソラ「さすがアカ姉! あぁそうぞうしただけでしたぎが……あぶないあぶない」

 アカネ「仕方ありませんわ。 妾も危ないところでしたもの。 では早速捜索ですわ!」

 ミソラ「おぉー!」



 二人は考えていない……自分達のプレゼントが拒否され、あまつさえ怒られるという事を……。

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