第七十九話


 修練祭も二日目。

 昨日と同様によく晴れた天気に恵まれてなによりだ。

 こちらはミソラとアカネとの全力鬼ごっこでかなり疲れたけど。

 あいつら本気で追いかけてくるからちょっと怖いと思ったのは秘密だ。



 『さて……気を取り直して修練祭二日目です! さっそく行きましょう! 第一試合目はこちら!』


 実況兼解説という面倒くさいポジションについてしまった俺。

 適役じゃないかと陛下に唆されてしまったが、最新の下着……げふんげふん。

 最新の素敵な衣類を提供してくれるというならやるしかない。

 そうやるしかないのだ。大切なことだから二回言わせてもらう。



 『一回戦を危なげもなく通過してきたリクシアの双璧と愉快な仲間達! 男二人は完全に人数合わせと噂されていますが、その実力は如何程なのか! 今回の戦いでその実力をみせてくれるかもしれません!』


 こうやって煽ると客の期待感も上がるからなー。

 …………気のせいかエレインさんが一番緊張しているように見えるがきっと大丈夫だろう。


 チサトさんとエレインさんは普段通り直属騎士の正装に大剣とレイピアを装備している。

 ヤクトは魔剣は持ってきていないようだが、そこそこ質の良さそうな銀色がまばゆい直剣を持ち出してきている。

 ……銀のサルヴァトーレにちなんだのかと思ったが、よく見ると柄の部分にエレインさんの家の紋章が入っている。

 ……さっそく尻に敷かれているのかもしれない。



 『対するはある意味で因縁のある相手です。

一度はどん底まで落ちましたが、再興するためにリクシアと手を組んで復興に力を入れているフォームランドの英雄達です。 おっとぉ……さっそく私に殺意の視線が飛んできますねぇ……はははは』


 睨んできているのは一人だけど…………………いや分からん。

 えっと選手名簿では……獄炎?

 こんなやつフォームランドで暴れた時にいたかな?

 もしかしたらアカネがスパッと殺ったのかもしれないけど、なぜに俺が睨まれるのか。

 他の奴等も知らんな。

 暴風に閃光に……フォーリス?

 なんでこいつだけ普通に名前なんだろうか。

 まぁいいや。

 

 『両陣営ともヤル気に満ち溢れていますね! いやぁ素晴らしい! 皆さん賭けの方は済みましたか? では、第一回戦スタートです!』


 開始の合図と共に手をおろす。


 同時にフォーリスと暴風とやらが詠唱を始め、閃光と獄炎が一気に飛びかかる。

 前衛二の後衛二とバランスはいいかもしれない。

 

 対する双璧と愉快な仲間達は前衛三に中衛が一か。

 実力が拮抗しているなら前衛がどれだけ押さえられるかだけど……。


 閃光はエレインが抑え、獄炎はチサトさんが抑えている。

 獄炎とやらは敵を一撃で叩き斬る巨大な戦斧

を振り回しており、チサトさんの大剣と激しく打ち合っている。

 一般人が見れば身の毛もよだつような速度と威力で、お互いの武器をその身体ごとぶち壊そうとしているように見える。

 なんだか二人とも楽しそうにしててちょっと危ない人ですな。


 それに引き換え閃光とかいうおじいさんとおじさんの中間にいそうなナイスミドルはその名に恥じない剣捌きでエレインに斬りかかっている。

 エレインも超常的な動体視力でその剣線を見切り、かする事もさせていない。

 こちらは玄人好みの戦いだな。


 たった数秒で十数合は斬りあっており凄まじい戦いである。


 『両者激突! 凄まじい剣撃による攻防が繰り広げられています!』



 「押し潰せ! エアプレッシャー!」


 「押し潰せ! ロックレイン!」


 暴風とフォーリスとやらが同系統で違う属性の魔法を同時に発動させる。

 特に連携のサインとなるようなものは見えなかったが、魔法の発動と同時に獄炎と閃光は一瞬にしてその場から離れる。

 体勢を崩されたチサトとエレインは魔法から逃れようとするが間に合わない。


 『おおっと素晴らしい連携! 双璧は避けきれないか!?』


 大気が岩を巻き込んで殺傷能力を上昇させた凶器となり二人に注ぐかに見えたその時。


 「間に合え!」


 十本の光の線が二人の頭上で円形を取り、輝く光の盾が形成され岩を弾き、風による圧力を吹き飛ばした。

 エイワスがしっかりとアストラフィステを使いこなしているようで何よりである。

 

 しかし…………そんな事が出来たのか……持ってたのに知らなかった。

 

 魔法は止められたがそれでも動揺がないあたり流石は国代表のチーム。

 すかさず次の手を打つために閃光と獄炎が距離をつめる。


 暴風は使い魔を召喚し、巨大な風翼竜がその姿を現す。


 『おおっと! これはスゴい! 緑のトカゲさんですね!』


 「面倒くさいわね!」


 「ヤクト様、早く後ろを黙らせてくださいな!」



 風翼竜の召喚にさすがに焦りを見せるチサトさんと旦那を急かすエレインさん。

 緑のトカゲさんとか言ってごめん。

 もう言わないから暴風さんは睨まないでください。


 フォーリスも続くかと思われたが、いつの間にかヤクトがフォーリスの背中から刃を突き立てていた。


 「いつ……の間に……」


 「あんまり派手な戦闘してると周りが見えなくなるぞ? 次からは気を付けるんだな」

 

 刃を引き抜くと同時にフォーリスの身体が結界の外へと弾き出された。

 放り出されたフォーリスは結界の外で非常に悔しそうな顔をしている。

 

 

 『華のある二人の影でこっそり動いていた銀のサルヴァトーレ店主! 影は薄いがやることはやる仕事人だった! これで数の上では四体三と双璧チームが有利か!?』


 「おい……影が薄いってなんだよ……」


 『いやぁ……さすがにその面子だと霞むなぁと思って』


 「そんな事ないですわ! 私のヤクト様は世界一です!」


 『おぉっと! これは失礼! 旦那さんへのヤジに奥さんの愛ある抗議がきてしまいました! お熱いですね!』


 反射的に口が出てしまったエレインさん。

 会場の雰囲気がちょっと生暖かいものに変わってしまった。

 あとヤクトへ嫉妬と殺意が混ざったような視線もちらほらと。

 間違いなく俺のせいだな。


 そんな生暖かい空気を吹き飛ばすように風翼竜が翼を広げ、凄まじい衝撃波を発生させる。


 「今は戦いの最中だ! 何を惚けている!」


 『全くその通り!』


 何となく同意を挟んだら暴風さんから白い目で見られた。

 いや、すまんな。


 そんなやり取りを余所に、エイワスがアストラフィステを風翼竜の翼の付け根へと向けて飛翔させ、アストラフィステは風の衝撃波を切り裂きながら狙った部分へと突き立つ。

 刺さったアストラフィステは尚も突き進み、翼の付け根を半分突き破っていった。


 激痛で悶える風翼竜の首をチサトさんが大剣の質量と膂力でもって容赦なく叩き斬った。


 血のかわりに魔力を盛大に撒き散らしながら風翼竜は消滅していった。

 どうでもいいけど俺も死んだらあんな感じかな。


 しかし……ここからの巻き返しは難しいかな……。


 消える風翼竜を眺めながら実況しつつ勝敗が決しつつある勝負をみてそんな事を考えてしまった。











 「やはり……届かぬか……」


 「やはり、とは? まだ勝負はついていませんよサブノック陛下」


 「ふん……本当にそう思うのかライノルト殿下? だとすれば余以上に目が曇っておるな」


 サブノックの呟きに反応したライノルトの言葉に自虐的な含みをこめて鼻息荒くそう返す。

 ライノルトはその言葉に肩をすくめて言葉は出さなかった。

 社交辞令として反応はしたがライノルトも分かっていた。

 最初の魔法さえ当たっていれば間違いなくフォームランド側が勝利していた。

 派手な近接戦のおかげで影に隠れているが、この戦いの趨勢を決したのは間違いなくエイワスのアストラフィステによるものだった。


 「しかし……この戦いも素晴らしいものですが、その戦いのど真ん中で余裕な表情で暢気に実況が出来る英雄殿の使い魔も流石ですね。 余の国でも同じような使い魔を呼んでほしいものですね」



 「あ……あはははは! こ、光栄です」


 国賓の貴賓席の隅で護衛という形で立っているリリア。

 近くに座るライノルトのその賛辞になんとか笑顔を作り言葉を絞り出す。


 「もし何かあれば我が国を頼っていただいても構いませんよ。 そこまでの力を持つと何かと大変でしょうからね」


 「色々ありますけど、ゼクトさん達が助けてくれますので」


 「使い魔ではどうにもならない事もあるでしょう? そういう時に頼っていただいていいのですよ」


 「そ、その時は……お願いします」


 「約束ですよ?」


 上機嫌なライノルトとは対照的にリリアの表情はどんどんと固さを増していく。


 (……ゼクトさんがどうしようもない状況って……世界の終わりとかかなぁ……。 それってこのヒトもどうしようもないんじゃ。 うーん……)


 リリアがそんな他愛のない事を考えているといつの間にか試合が終了していた。

 見るとチサトやエレイン達が観客に手を振っており、エイワスがフィオナに向けて手を降っている。

 そんな様子をみてフィオナも小さく嬉しそうに手を振っておりゴードもどこか嬉しそうである。

 

 「そう言えば英雄殿は御姉妹がいるとか。 今日も来ているのですか?」


 「あ、はい。 今日は私の使い魔のミソラさんと一緒に見回りに行っています」


 「そうですか。 ぜひ御姉妹にも御会いしたいものですね」


 「機会があればですね」


 そう言いつつリリアは絶対に会わせたくないなと考え、ふと姉と妹の事を考える。

 ミソラと一緒でなにか問題を起こしたりしないかと考えたのである。


 (お姉ちゃんもルリアも悪戯好きだからなぁ……面倒なことしてないといいけど)


 厄介の中心にいることが多いリリアは自分の事を棚に挙げてそんなことを考えるのだった。

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