第七十八話


 さてさて始まった修練祭。

 かなりの人数が集まるこの大会。

 全部のチームを一々戦わせるのも面倒なので、まずは振るいにかけられるのと同時に、この国の兵士の強さを他国に見せつけるというちょっとしたパフォーマンスがある。


 「……今年はこのパフォーマンスは無しでも良かったのかも……」


 「ですね。 アリア様やナイルをはじめ、ヴィスコールの民が強すぎますね。 本来の予定よりもかなり間引いてしまってます。 まぁ、それでも実力者はやはり残りますね」


 以前話したと思うが、ヴィスコールの民は意味の分からない強さである。

 その強さをこの国の基準だと周辺国に思わせるために、わざわざヴィスコールから領民が出てきて間引き役をしてもらっている。

 ついでにこれを機にヴィスコールの民にこっそり実験的にアイテムを使ってみたのだが予想以上に強力だった。

 何を使ったかと言われると、ただの店売りの格安ドーピングアイテム。

 

 ただしリベラルファンタジアの店売りものだ。


 ボス戦前にはたまにお世話になっていたが、使用することで三分間攻撃力と防御力が一時的に五十%アップするアイテムである。 


 『違法性のない素敵な飲み物だよ☆ これで君もステキなセカいへレッツごー☆ 注メロン味☆』


 フレーバーテキストにある通り違法性はないらしく、効果も十分で問題はない。

 多少アッチの世界の住人になってそうな文面だが、違法でないなら問題ないのだ、うん。

 

 今目の前で猛るヴィスコールの民の勝利の雄叫びが聞こえるが、多分テンションが上がりすぎただけだ。

 参加者を打ち倒したアリアやおっさん達がもっと欲しいと駆け寄りはじめている。

 きっとメロン味に病みつきになったんだろう。

 出来ることなら与えたい!


 しかし、今の彼等彼女等の外から見た感じのビジュアルが色々と大変な事になっているので、終わった連中からご退場願おう。



 『神兄貴ー! 俺も強くなって勝ったぞー! もう少しさっきのを追加でくれ! 今なら神兄貴にだって勝てそうだぜ!』


 『うふふふふふふ! 私も今ならゼクトさんを押し倒せる気がするの! さぁイキマショウゼクトサン?』


 色々と調子に乗っているやつもいるが、アリアさん。

 貴方とても怖いです。

 貴方の担当した冒険者の方々を無力化した時のハイライトが消えたような目で笑顔を作られると、男の大事なところが本能的に縮みそうです。


 「はーい、終わった連中は一旦こっちですよ」


 努めて平静に彼等を専用の控え室に連れ込み、その瞬間に気絶させて奥へと放り込む。

 多少手荒に扱っているが多分問題ないだろう。


 ここまでバーサーカーみたいになるとは全くもって恐ろしいアイテムである。


 そしてヴィスコール領の連中……負けた連中意外は全員無傷である。

 本当に恐ろしい連中である。

 普段は農家や製鉄、大工仕事してる連中がこれだけ強いと、城の御貴族様や騎士達が彼等を苦手とするのは分からないでもないな。


 あとアリアが戦う姿を今日始めて見たけど、思った以上に強かった。

 どんな武器を使うのかと思っていたが、離れればウィスプの光弾で牽制しその隙に魔法を詠唱して撃ち込む。


 魔法の弾雨を抜けてきた猛者の強烈な剣撃を合気のような動きでふわりと受け流し、ねじ伏せる。

 それで終わりかと思いきや容赦なく捩じ伏せている相手の後頭部に魔法をぶちこんでいた。


 会場内の特殊な結界のお蔭で死ぬことはないが、もし実戦ならあれで脳漿飛び散る悲惨な映像が出来上がる事は間違いない。


 …………姉妹揃って飛び散らせるのが好きなのだろうか?


 せめて、ルリアには平和に育って欲しいものだ。

 むしろゼクトお兄さんが全力で全うに生きさせるべきか!?

 

 この事はあとで真面目に検討しよう。

 いや、決してまたおとうさんと呼ばれてみたい訳ではない。





 そんな事は置いておいて。

 取り敢えず生き残ったチームは全部で十二チーム。

 予想以上に間引きされてしまっているが、その分派手な戦闘も多かったので二日目の試合数が多少減っても客も満足だろう。



 俺がマネージャーをしているチームは勿論残っているが、他にはアカネの担当しているレムナントの冒険者……というかラクトル達だ。

 アクティルフィウスをぶっ殺した時にパーティ認定していた上に経験値増加アイテムも使っていたので、彼等も大いにレベルが上がったのだが……そのせいでアカネに目を付けられたか……可哀想に。


 ミソラの選んだチームは魔族……というかオリヴィアとレイブンはまぁ分からないでもないが……あれってエルレイアとセインか? 

 ちょっと不思議な人選だが、考えても意味はない。

 ミソラだからな。


 他にはガチムチ姉弟……って言ったら怒られそうだけど、あのチーム。ほぼガチムチさんだけで戦っていたから情報はあまりない。


 

 それに元王国最強のチサトさんにエレインさん、ヤクトとエイワスのチーム。

 ここは流石に安定感があり、危なげ無く通過してきた。


 フォームランドからは見たことあるような無いような……四人組が上がってきた。

 こっちに敵意がスゴくて困るなぁ。


 あとはベルトラントから二チーム。

 

 正統派の騎士っぽい連中とそれを統率している銀髪の美女。編み込みを横に流しているのが非常によく似合う。

 銀髪の女は……強さで言えばたぶんカーラさんと同じくらいかな?

 かなり強いな。



 もう一つのチームは実戦慣れしていそうなおっさんと若造が中々に良いモノを持っていそうだ。

 特におっさんは強そうだ。

 たぶんチサトさん達と同じくらいかな?

 

 あとはまぁ何とか上がってこれたようなチームばかりだ。

 

 見た感じだけなら……俺のチームかミソラのところが優勝出来そうだが裏でこそこそとやる連中もいそうだな。

 その辺は当日に気を付けないとな。


 『あーあー。 こちらあるふぁ。 いまのところいじょうはなし。 しいていうならおなかすいた』


 『こちらβですわ。 巡回中に違法取引しているのがいたのでお仕置きして兵士に引き渡しましたわ。 流石にこれだけヒトが多いと治安も悪くなりますわね』


 アカネとミソラの通信石から通信が届いてきた。

 うちの子らはしっかり働いているようで何よりだ。

 やっぱりこういう時にアカネは頼りになる。


 『ますたー。 うちのれんちゅうはちゃんとかった?』


 『おう。 アカネの方もしっかり勝ってた』


 『当然ですわね。 もし負けていたら折檻でしたわ』


 お前の折檻とか彼等からしたら拷問と変わらんな。下手したら殺人事件になってそうだ。

 

 『あ、ご主人様。 ひとつ気になる事が』


 『どうした?』


 『正門付近の兵士が報告していたのを盗み聞きしたのですが、ベルトラントの入国者予定数とリクシアに来た兵士の数が違うそうですわ。 国境では予定数来ていたそうですの』


 『……どの程度違うんだ?』


 『予定数が約五千ですが、実際にリクシアに来ているのは多く見て三千五百といったところですわ』


 差違は千五百か。

 かなりの数が減ってるな。

 

 『理由は?』


 『道中危険な魔物に襲われた……と言っていたようですわ。 説明にあたったのがライノルトとかいう男で、兵士も強くは問えなかったようですの』


 ライノルト…………ああ、ベルトラントの殿下だな。

 一般の兵士が殿下を問い詰めれるはずもないか。

 

 しかし妙な動きなのは間違いないな。


 リクシアは修練祭で他に目を向けることが出来ない。もし生きていてその間に国内でちょろちょろと動かれるのは目障りだな。

 

 『…………後手に回るのは避けたい気もするが、動ける奴がいないか。 単独で動けて信頼出来るのはお前達二人だけだし……』


 『それはあいのこくはくとうけとってもいい?』


 『信頼出来る! 最早プロポーズみたいなものですわ!』


 わー……思考回路がぶっ飛んでるなぁ。

 ちょっとした言葉が地雷になりそうだ。


 『はっはっは。 告白でもプロポーズでもないけどちゃんと二人とも愛してるぞ。 家族としてな』


 そんな地雷を踏み抜いたらどうなるか、気になるので浅めに踏んでみた。

 

 『…………』


 魔力の繋がりが切れたのか一瞬の沈黙の後にチッという弱い静電気のような音が鳴り、反応が無くなった。

 

 「叫んだりするのかと思ったけど静かだったな」


 まぁ、それはいいや。

 んー、しかしどうするか。

 リリアをはじめ俺もアカネもミソラも仕事があるが……いざとなればうちのチームをわざと負けさせて、巡回に回してアカネを偵察に走らせるか?


 そんな事を考えた次の瞬間。


 恐ろしいほどの悪寒が首筋を走り反射的に前に転がるように避けた。

 避けるのと同時に先程まで立っていた場所に突き立つように触手が姿を現していた。


 「…………んー? ますたーどうしたの? だいじょうぶ痛くないから……ね? むしろきもちいいんだから……うふふははふひひひヒヒヒヒヒ!」


 おぉぅ……遊び半分で言ったんだけど……っ!?


 「ご主人様? 妾に好きって言いましたの? つまりもうこれはもう止まる必要はないという事ですわよね? うふふふふふふふふ…………」


 あ……あかん。

 これはちょっと……。


 「隠行符、神速符!」


 「逃がしませんわ!」


 『戦闘モードへ移行。 広域サーチフィールド展開。 対象をロック』


 身の危険を感じて符を発動しその場から撤退を決めたが、こいつらもガチで追跡に来やがった。

 遊び半分で女をからかうなという良い……いや良くない教訓だな。

 

 修練祭初日というそこそこに楽しいはずのその日。

 

 俺にとって恐怖の追いかけっこの日となった。











 「あれが英雄の使い魔達……ずっと王都の中を警戒しているうえにあの身のこなし……。 王都で事を起こすのはやはり初日にどう動けるかね」


 「使い魔はいいとして英雄自体はどうだ?」


 「……正直掴み損ねております。 動きはそれほど洗練されているようには見えませんが、内在している魔力はかなりのものでしょうな」


 リクシア王城のとある一室。

 歓待を受ける王公貴族のために用意された一室で四人の人物、正確には一人の王と三人の配下が密談を行っていた。


 「ふぅむ。 いきなり手にいれるのは難しそうか……」

  

 「別動隊は順調との事ですし問題はないかと。 ただ今回の修練祭では間引かれた数が多すぎるので、時間的な猶予が予定よりもかなり少ないのが痛手です」


 壮年の男性は髭をいじりながら、予定外のハプニングに少し顔を曇らせる。


 「……そこは仕方ないか。 まぁいざとなれば私が一暴れでもするさ」


 「あ、あの……お言葉ですが、あの英雄達が相手ではいかに殿下と言えど大変なのでは……?」


 「確かにアレは強い。 しかし英雄も使い魔も見た限りヒトだ。 ヒト種である限り私には絶対に勝てん。 そう心配しなくてもいいぞ」


 「はっ! 殿下の御力を疑うような事を申してしまい申し訳ありませんでした!」


 優男の不安を打ち消すように優しく諭す殿下と呼ばれた男性、ライノルトはそっと優男の頭を撫でる。


 「気にすることはない。 アレに不安を抱くのは当然だ」


 「殿下……」



 感動したような様子の優男。

 それを見ていた銀髪の女性は無表情を装いつつも内心ではその様子に唾を吐きたくなるのを堪えていた。


 ライノルトに仕える二人の男とは違い、女性は冒険者で基本的には国に帰属しない。

 自由を標榜する冒険者ではあるが、その国にいる以上完全な自由などない。


 銀髪の女性もまた、とある理由によってベルトラントという国に束縛され今回この修練祭に強制的に参加させられていた。

 内容としては修練祭で可能なら優勝、そして英雄と呼ばれるものの偵察と周辺戦力の確認である。

 

 殺しを命じられてはいないが、今のような状況に付き合わされているだけでも彼女はなにがしかの協力者にされているようなものとも言える。

 たとえ本当の目的など知らなくとも。


 「ふふふふ。 まぁ今は修練祭を楽しむとしよう。 最終日までは各自気の抜けない程度に王都を楽しんでくるといい。 兵士達にもそう伝えろ」


 「御意」


 ライノルトは不敵な笑みを浮かべ、もうすぐ目的のものが手にはいるという喜びに目を細める。


 


 望む、望まざるに関わらず面倒事はゆっくりと確実に近づいていた。








 ※ぬふふふふふ(*´∀`*)



 ルリア「ただいまー」

 リリア「おかえりー」

 ルリア「あ、リリアお姉ちゃん! 帰ってきてたんだー!」

 ゼクト「おかえりなさいルリア様。 少し落ち込んでたようですが何かありました?」

 ルリア「あ! ゼクトお兄ちゃん! うーん……嫌な事はあったけど、二人が来てくれたから元気だよ!」

 リリア「あら、本当に何かあったの?」

 ルリア「うん……学校でちょっと嫌がらせされちゃって……」

 ゼクト「なるほど。 ぶち殺して来ますので名前を教えて頂けますか? 大丈夫、証拠は残しませんので」

 リリア「だ、だだだだダメですよゼクトさん!? 目が本気でしたよ!? 子供のすることですから!」

 ゼクト「ははははは、私はたとえ女子供でも平等に扱いますよ? ヒトの義妹? 娘? に手を出すなら即殺です」

 ルリア「ぶち殺しは駄目だよゼクトお兄ちゃん。 それにゼクトお兄ちゃんが来てくれたからルリアはすごく嬉しいよ!」

 ゼクト「良いこですねルリア様。 はい、お菓子ですよー」

 リリア「…………ゼクトさん……ルリアにすごく甘くないですか?」

 ゼクト「いやぁ……なんだか保護欲がそそられますよね」

 リリア「ルリアが彼氏なんて連れてきたらどうするんですか?」

 ゼクト「前にルリア様が選んだヒトならいいとか考えてましたけど…………今は私より強い男でないと認めないかもしれませんね」

 リリア「え? それだとルリア結婚出来ませんよ?」

 ルリア「ルリアねぇ! ゼクトお兄ちゃんと結婚するー!」

 ゼクト「…………この可愛い生き物連れて帰っていいですか?」

 リリア「だ、駄目ですよゼクトさん!? まだルリアは子供なんですから! せめて私にしてくださいよ! 私ならいつでもいいですよ! むしろ来てください!」

 ルリア「むー! 私リリアお姉ちゃんより家事も出来るし大人だよ!」

 リリア「お、お姉ちゃんだって……で、できるよ? 野菜炒めとか」

 ゼクト「野菜ちゃんと切れてませんでしたけどねー」

 リリア「はぅあっ!?」

 ルリア「んふふふー。 ゼクトお兄ちゃんのお嫁さんに一番ちかいのは私だねー」

 リリア「…………このままだとうちの三姉妹が……あ、でもそれはそれで良いのかな……」

 ゼクト「どうしましたリリア様?」

 リリア「なーんでもないですー。 ちゃんと皆の責任取ってくださいね。 …………ふふふ」

 ゼクト「ん? まぁ何か分かりませんがたぶん大丈夫ですよ。 さて、それでルリア様。 そのガキの話を……」

 リリア「だからダメですってばー!?」


 


 その日ヴィスコールの村にとある男の子の悲鳴が響き、以降ルリアは嫌がらせを受ける事はなくなり、男の子達の間で女王様のような扱いを受けるようになったという。

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