第七十四話
レムナントから東に遠く離れたとある場所に、まるで大地を引き裂いたような大きな谷が存在する。
そこには非常に濃い魔素溜まりというものが発生しており、耐性の無い者が入り込むとその濃い魔素が体を蝕み半日もすれば脳を破壊され死に至るという危険な場所である。
危険な場所ではあるが、魔素に耐性のある者達にとってはむしろ快適な場所とも言える。
濃い魔素は魔法を使って消費した魔力の回復を手助けし、また発動する魔法も通常より強化される。
そんな場所に住まうとある種族がいた。
褐色の肌に銀にも近い白髪が特徴的なダークエルフである。
一説では濃い魔素の影響を受けたエルフがダークエルフに変異したと考えられている。
ダークエルフ達は谷に魔法で吊り橋や家を作り、そこで生活をしている。
濃い魔素だけでも体が維持出来る為、基本的には食事なども大きく消耗したときや祝い事の時以外は基本的に摂ることはない。
彼等は大地と風の声を聞いて自然と共に生き、エルフや他種族とも交流を図りながら生きている。
ある意味では開放的とも言える彼等がこんな辺鄙な所で閉鎖的にも見える生活をしているのには、とある理由がある。
それはこの谷の奥底に封印された悪魔の封印が解ける事の無いように監視する役目があるからだ。
億が一にも封印が解けてしまった際にはその悪魔を抹殺、若しくは再封印する事が出来るように彼等は常に自らを鍛え上げている。
特に族長と呼ばれる者は代々驚異的な強さを誇っており、悪魔から民を護るものとして君臨している
。
特に今代の族長はすでに三百年近い時間を代替わりすることなくその座に居座り続けており、歴代最強の族長とも言われている。
その強さもさる事ながら、あまりの美しさに心奪われる者も多い。
彼女の名はカーラ・ムーチョ。
長く美しい銀髪を纏め、右肩の辺りで結わえており均整の取れたプロポーションに端正な顔立ちと氷のように冷たい表情。
加えて知識に於いても右に並ぶものはなく、名実共にダークエルフのトップである。
そんな完全無欠とも言えるようなであるカーラは目の前の問題に関して悩み、その秀麗な眉を潜め小さな溜め息を一つ漏らした。
「…………それで今度は何をやらかしたの?」
その視線の先にはその巨体が小さくなったのではと錯覚してしまうほどに萎縮したガーチとそのガーチを虫けらのように見下すキリネアがいた。
「う、うむぅ……ちょっと勢いあまってその……壺を壊してしまい……面目ない……」
「ガーチ様。 正確に仰ってください。 筋トレしていてテンションが上がりすぎて、腕を振り回した際に叩き割ってしまったと」
「あ!? ちょっ、何故そこまで正確に伝えてしまうのだ!?」
「貴方が悪いからに決まってるじゃないですか」
なんとか誤魔化せないかと話を曖昧に伝えたガーチの蛮行を包み隠さずカーラに伝えるキリネア。
ゼクト達と触れ合って以降キリネアのガーチに対する対応は厳しくなっている。
「全く……困った愚弟だな。 貴様はいったい幾つになったら落ち着きというものを覚えるんだ?」
「恐らく死ぬ前くらいであろうな!」
「なるほど。 つまり半殺しにすれば黙りそうだな」
「…………そ、その拳の光はちょっと洒落にならんのではないかな姉上?」
「本気だからな」
再び口を開こうとしたガーチの頬に拳がめり込み入り口を吹き飛ばして外に放り出されるガーチ。
谷の底が比較的近かった為、落ちても死にはしなかったが拳のダメージで間違いなく危険な状態である。
「……カーラ様。 いっそガーチ様に家庭でも持たせてみては如何ですか? 子供の一人でも出来れば落ち着くかもしれませんよ?」
「ふぅむ。 ……アレと結婚してくれるような物好きがいると思うか?」
「……ダークエルフの中にはいないですね。 もし私が結婚しろと言われたら自殺します」
「……適当にヒトか……それかエルフにでも頼むか?」
キリネアの言葉にガーチに対する評価が伺い知れてしまい、また大きな溜め息をついてしまうカーラ。
性格は豪放磊落とでもいうべきガーチ。
実力も申し分なく男性陣からは人望もあるガーチ
だが如何せん暑苦しい。
そんな彼と人生を分かち合ってくれる女性がいるのだろうかとカーラは考え込んでしまう。
「……ふん……我の……心配より……キリネア殿も姉上も自分の心配をしたらぐべふっ!?」
「一言余計だぞ愚弟?」
「……あの一撃を受けてこの短時間で戻ってきたのはスゴいですね」
ギリギリの状態で戻ってきたガーチは余計な一言で再び部屋の外へと戻される。
ガーチの一言は意外と効果的だったのか、カーラの拳は先程よりもさらに力の込められたものだった。
「そう言えばそろそろリクシアでは祭りの時期だな。 観光ついでに愚弟も参加させるか。 そこでこいつを見初めてくれる女でもいれば文句なしだ。 幸い実力もあるし、意外といい貰い手がいるかもしれんな」
カーラはこの時期にリクシアで行われるとある祭りを思いだし、自分の発案が意外と良いものなのではと考える。
祭りとは毎年リクシアで行われる修練祭という名の闘技大会である。
四人一チームでの戦闘で、相手を全員戦闘不能にするか制限時間で多く残った方が勝ちというシンプルなものである。
闘技場内には特殊な結界が施されており、一定の肉体的、精神的ダメージを負えば結界の外に放り出される仕組みになっている。
参加者は王国の騎士から平民まで幅広く、優勝から上位三位までには豪華な景品や賞金が用意されている。
またその実力を王族や貴族が認めれば引き抜きもあるため、この千載一遇のチャンスをモノにしようと躍起になっている者も多い。
過去には魔族と手を組んで出場した者もいる。
大規模なものなだけあって、各国の重鎮を始め多くの人々がこの祭りに参加するため当然参加だけでなく観客も勿論多い。
カーラはそれだけ多くの人々がいるのであれば、ガーチに好意を抱いてくれるものの一人や二人はきっといるだろうと考えたのだ。
「まぁガーチ様なら良いところまで…………あ、いや今年はリリア様が出られるのなら……無理ですかね」
「リリア? あぁ、たしか英雄とか言われている奴だっけ? そんなに強いのか?」
「リリア様もですが、その使い魔の三名が凄いですね! 特にゼクト様は優しくて格好よくて強いんですよ!」
「…………なぁ……お前もしかして……」
頬を染めてゼクトを語るキリネアの姿に恋する乙女の姿を見るカーラ。
エルフの森で一瞬で魔族を斬殺する程の実力と、観光案内をしてくれた時のゼクトの優しいエスコートを思い出して頬を緩めていた。
「まぁゼクト様の周りには素敵な女性が多いのでどうしようも無いんですけどね」
どこか諦めたような溜め息をついてしょんぼりとするキリネア。
「ほほぅ……。 なぁキリネア……諦めるのは早くないか? 堅物のお前がそんなに惚れ込む相手だ。 諦めていいのか?」
「……それは……その……出来ることなら諦めたくはないですけど……」
「ふふふふふふ。 じゃあ奪いに行くか! あの愚弟の為のつもりだったが、キリネアの為なら一肌脱ぐのは悪くない! その男を奪い取りに行くぞ!」
「え? ……え!?? えぇぇぇぇぇ!?」
永い時を生きるエルフ種にとって刺激となるような娯楽は大切なものだ。
こと恋愛となるとどれだけ歳を経ても女性にとっては蜜の味である。
ましてや我が子のように関わってきたキリネアの事となればカーラが動くのは当然とも言える。
ここに三人のダークエルフが修練祭に乗り込む事が決まったのである。
「私達ここで何を言われるんですかね?」
「さぁ……正直怒られる理由はたくさんあるので検討もつきませんね」
「私は品行方正に生きてるので問題ないですけど、ゼクトさんって影で色々やってますよね。 私関係なさそうだったら逃げますね!」
「酷いですね。 私の罪はリリア様の罪。 リリア様の罪はリリア様の罪なんですよ?」
「え!? あ、でもその理論だと私の罪は」
「勿論リリア様のもの決まってるじゃないですか」
「えぇぇ!?」
自分達の偽物を捕まえて二週間ほどたったある日。
陛下から城に来るように呼ばれたのだが、待たされている間暇だったのでリリアをからかっているのだけどもいい加減暇だ。
そろそろ待たされている部屋に悪戯でもしかけようかと考え始めた頃。
「すまない、待たせたな」
「ちゃんと大人しく待っていたんでしょうね?」
「お久しぶりですリリア様! 神兄貴!」
陛下とフィオナ、それにエイワスが揃って入室してきた。
三人とも久しぶりに会ったような気もするが、実に元気そうである。
特にフィオナに関しては活力というべきか、活き活きとしているようにも見える。
エイワスの腰には渡したアストラフィステが輝きを見せている。ちゃんと使えているか心配になるな。
「お久しぶりです。 皆さんお元気そうですね」
「うむ。 忙しいであろうなか足労すまんな。 早速だが、リリア嬢達は修練祭はどうする予定かな?」
修練祭っていうとあれか。
国全体での闘技大会という名のお祭り騒ぎか。
面白そうだからリリアに内緒でこっそりエントリーしようかと思ってたけど。
「これ以上目立つのは嫌なので不参加のつもりでしたけど」
うぬぅ……やはりそのつもりだったか。
先手を打たれてしまったな。
先に参加しないって言われると動きづらい。
それでもこっそりやるけども。
「そうか。 いや助かった。 実はお主達には頼みたい事があっての」
「頼みたいこと、ですか?」
「うむ。 まぁ包み隠さず言わせてもらえば、賭けが成り立たん。 お主達が出たら勝負にならん。 かといってわざと負けると問題だからな」
あぁ、そういうことか。
まぁこれだけの規模でやるとなると、儲けも大きそうだし国の維持費用にも必要だしな。
俺が攻め落としたフォームランドにも復興費用とか諸々だしたりして、今年はちょっと費用圧迫してるだろうし……。
「なるほどー! いやー残念でしたねーゼクトさん! いやー残念! うふふふふ」
残念とかいいながら、めっちゃ笑顔になってるよリリアさんや。
面倒事が今回はないー!みたいな顔してるぜ。
「あぁ、そう残念がらなくても大丈夫。 他の仕事を用意してますから」
「……えっ? えっと……えっ?」
「リリア嬢達には審判や警備の手伝いをしてもらいたいのだ。 勿論報酬は弾ませてもらうぞ」
あ、それはそれで面白そうだな。
ただ相手をぶっ飛ばすよりは面白い…………いや、待てよ。
「陛下ちょっと質問よろしいですか?」
「うん? どうした?」
「私達は出ませんが折角なので私の知り合いや部下を出場させてもよろしいですか? ヒトじゃないのもいますが、きっと大会を盛り上げてくれると思いますよ」
「ヒトじゃない……という表現が気になるが、まぁ魔族にも平等に出場権を与えているからな。 別に構わんが」
よしっ!
これはチーム編成が楽しみになってきたぜ!
早速声をかけて特訓させないとな。
「うわー……ゼクトさんがまた悪い顔してる……」
「神兄貴……僕も出るんでちょっと手加減を……」
「何をいってるんですか? むしろエイワスの全力を見せてそこのお姫様……じゃなくて次期女王様に
格好良い所を見せてあげなさい。 どうせ死ぬわけじゃないんですし」
「…………頑張ります……」
ふっふっふっふ。
きちんと良い相手を見つけといてやるからな。
いやぁ……ちょっと楽しみになってきたなぁ。
「…………そういえばフォームランドの王が雪辱を晴らすといって息巻いておるそうだ。 将来の婿殿には頑張って貰わんとなぁ……。 あやつのチームに負けたら……分かっておるよなぁ婿殿?」
「やだ父上ったら……婿殿なんて……まだ早いですわ」
「…………あぅ……ちょっと胃が痛くなってきたかも……」
…………陛下もう婿予定として認定してるんだな。
頑張れよエイワス。
多分これからチサトさんやらエレインさんやらヤクト辺りが地獄の特訓をしてくれるかもしれないな。
こうして楽しい楽しい修練祭に向けて色々と準備が進んでいく事になるのだった。
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