第七十三話


 リリアとゼクトの名を騙っていた二人は甲板の上でゼットによって最低限ギリギリ生きていられるラインまで回復を施され、縛縄符でその動きを抑制されていた。

 

 「……ゼットさんって……やばいんすね。 えっと……リリア様?」


 「あはははは、やだなぁ。 私はリリネアですよぉ。 ゼットさんもただの執事さんですよ? きっと皆さんが見たのは暑さで海面から出た幻のようななにかですよ」


 シードルの言葉に精一杯誤魔化すために強気な笑みを浮かべながら答えるリリネア。

 意地でも認めないという姿勢を見せる彼女だが、正直誤魔化せていないのが本音である。


 「いやぁ、本当に妙な幻でしたねぇ。 ねぇ?皆さん」


 「あっ……おぅ……えっとその……はい……」


 ゼットが念を押すように四人に輝かんばかりの笑顔で告げる。

 普段の笑顔を知っているリリネアからすれば、その笑顔の輝き具合には背筋がざわつくレベルの笑顔である。


 そしてゼットをよく知らない四人でもその笑みの意味はわかる。


 今日見たことは全て忘れろ



 つまりそういうことである。


 その意図を正しく理解した四人は首を痛めるのではと思うほどの勢いで首を振る。

 ただの口止め程度であれば多少見返りがあるのならいくらでも反故にするのだが、今回に限って言えばそれは適用外である。


 相手は隠している……つもりがあるのか分かりにくいが、間違いなく本物の英雄である。

 先程の戦いで十二分に敵対してはいけない相手だと判断し、行動しなければならない。

 

 それが現在の彼らの全力で行わなければならない対応である。


 「よろしい。 じゃあちゃっちゃと帰りましょうかね」


 先程とは少し違ういい笑顔でそう言うゼットの言葉に誰もがホッと一息安心したような様子を見せる。

 

 「ところでゼットさん。 この人達はどうするんですか?」


 一段落したと思い、リリネアがゼットに偽物二人をどうするのかと尋ねる。

 二人はほぼ虫の息といった様子ではあり、アクティルフィウスによってかなり痛め付けられていた傷もなんとか回復しているが、ゼットが中途半端に回復させているため傷も完全に治っているわけではない。


 「そうですね……。 偽リリアさんに偽ゼクトさん。 まずは本当のお名前から伺いましょうか」


 「…………アルディだよ」


 「オルメギアだ」


 ゼットの問いにたいして恐怖のためか傷のせいか青い顔で応える二人。

 いざとなれば力付くで吐かせようと思っていたゼットとしてはありがたい事である。


 「なるほど。 このまま国に帰ると二人は間違いなく死刑ですが……私としましてはいちいち刑にかけなくても事故で死んじゃったって事にして海に放棄

してもいいかなと思っているんですが……如何でしょうか?」


 「なっ!? ちょっと待ってくれ!? あ、あたしはまだ死にたくない!」


 「お、俺だってそうだ! 頼む! この女なら好きにしていいから! 俺だけでも!」


 ゼットの言葉に慌てる二人。

 特にオルメギアは相方を売ってでもという醜い言動が目立つ。

  

 「なっ! ふざけんなよあんた! 今までどれだけ助けてやったと思ってるんだい!」


 「うるせぇ! てめぇみたいな女と組んだのが間違いだったぜ!」


 実に醜い言い争いを続ける二人だが、オルメギアの罵倒は聞くに耐えない域まで近づいており、アルディは目に若干の涙を浮かべていた。

 

 「聞いている限り、いまのところはオルメギアさん。 貴方が一番鬱陶しいですね。 私の独断と偏見で貴方から死んでもらいましょうか」


 「はぁっ!? なんでそうなる!?」


 「あぁ、単純に相棒でもあった人を罵倒するその姿が気に食わなかっただけです。 というわけで」


 「うわぁぁぁぁぁ! やめろ! 放せ! 放してくれ! 頼むから!」


 縛縄符で動けないオルメギアの身体を軽々と担ぎ上げたゼットは船から容赦なくオルメギアを落とす。


 「……思ってた以上に容赦ない。 あのひと怖すぎ」


 「ばっか! 聞こえるからやめろ! 俺だって怖いっつの」


 躊躇いもなくゴミをすてるかのようにオルメギアを海に放り投げたゼットを見てシードルとマーブルはこそこそと小声でその非道さに恐怖をいだく。


 オルメギアは縛縄符で動けないため、息を止めてなんとか浮き上がろうとするが装備の重量もありゆっくりと深く暗い海の底にゆっくりと沈み始める。


 「こぼっ! た、たしゅけ! ごぼっ」


 「いやぁ、大きな生ゴミの処理は燃やすか海の底に沈めるのが一番手っ取り早くて良いですね」


 沈んでいく男を楽しそうに眺めるゼット。

 やがて声も聞こえなくなり、海の魔物にでも襲われたのか程無くして血がじわりと海面に広がり始めていた。


 ゴミが沈んだことを確認したゼットはくるりといい笑顔で振り返り、今度はアルディに近づいていく。

 自分も同じように殺されるのかという恐怖に歯の根が合わない程にガチガチと震え、失禁しているアルディ。

 

 「あ、あぁ……! た、たすけ……!」


 「ふむ。 時に貴女のレベルはいくつですか?」


 「ふぇ……? あ、あたしは二十四……です」


 予想外の質問だったのかアルディは変な声が出た事にも気付かずに、そう答えていた。


 「…………よし。 貴女には今まで迷惑をかけたところに行って謝罪の後に奴隷の如く働いてもらいましょう」


 ゼットはそういうと何かの丸薬を無理矢理アルディに飲み込ませた。

 飲み込むときの不快感以外は特に体に変化はないが、いったい何を飲ませられたのか分からないアルディは震えながらゼットを見る。


 「いま飲ませたのは遠距離からでも操作できる爆弾のようなものです。 貴女はこれからグリントとこの港町の為に働いてもらい、もし貴女が迷惑をかけていると分かれば容赦なく身体を爆破させていただきます。 文字通り海の藻屑になるかもしれませんね」


 「……そん……な!? いきなり何て事すんだい!?」


 「いや、貴女も大概な事をしてきたじゃないですか」


 「それはそうだけど! 誰の命も奪ってなんかないよ! あんたのこれは私が死ぬかもしれないじゃないか!」


 「たかがクズ一人の命がどうなろうと知ったことではないですし。 貴女がこれから頑張ればいいだけの話でしょう?」


 取り合う気など更々ないゼットは満足そうに主であるリリネアのもとへと戻り、アルディは崩れ落ちていた。

 これから償いをするにしても、住人達の言葉次第ではいつ爆殺されてもおかしくない状況に置かれるのだ。

 平静でいるというのが難しい話である。



 「ゼク……じゃなくて、ゼットさんそんな危険な爆弾まで持ってるんですね」


 「ふっふっふっ。 ていっ」


 ゼットは油断しているリリネアの隙をついて口のなかに同じ丸薬を放り込む。

 突然飛んできたそれをリリネアは避けることも出来ず、反射的に飲み込んでしまった。


 「ちょちょちょちょ! 何してるんですかゼクトさん! 飲んじゃったじゃないですか!? 私を爆発させたいんですか!?」


 「あっはっはっは。 爆発できるってのは嘘です。 本当はただの薬です。 どうですか? びっくりしたでしょう?」


 「むぅーーー! ゼクトさんのバカ!」


 ゼットの悪ふざけにご立腹なリリネア。

 自分に危害を加えるようなことは絶対にしないと分かっているリリネアは大きくため息をつく。


 「……まぁいいや。 じゃあ帰りましょうか」


 「そうですね。 皆さんもお手伝いありがとうございました」


 頭を下げるゼットだが、ライネルやシードルを始め誰もが思っていた。

 今回自分達は全く必要無かったのではないかと。

 だが、彼らは知らない。


 とある実験の為に同行させられていたという事に。


 彼らがそれに気づくのはギルドに戻って報告を行う時である。








 ※小話?




 ミソラ「うむぅ……」

 ゼクト「ん? 何してるんだ?」

 ミソラ「あ、ますたー。 じつはなやみごと」

 ゼクト「珍しいな。 相談には乗るぞ?」

 ミソラ「ありがとうますたー。 でもどうせならそうだんよりわたしにのって」

 ゼクト「悩みはないみたいだな。 じゃあ行くわ」

 ミソラ「じょーだん。 とてもじゅうようなあんけん」

 ゼクト「なんだよ」

 ミソラ「わたしはどえむ。 それはまちがいない」

 ゼクト「お、おおう」

 ミソラ「ますたーからのにくたいてきなばつならさいこうによろこぶ。 せいしんてきなばつはつらいけど。 たぶんますたーがじゅんびしたごうもんきぐならよろこんでつかう。 さんかくもくばなんかよろこぶかもしれない」

 ゼクト「…………人の性癖暴露を受け止めるのって辛いな」

 ミソラ「でもおもった。 きもちいいけど、じゃあヒトがいたいとおもうものでもきもちいいのなら、ヒトがきもちいいとおもうものはわたしにとってどうなのかと」

 ゼクト「そりゃあ……気持ち良いんじゃないか? あ、いや刺激が足りないと思ってしまうのか? どうなんだろう?」

 ミソラ「ためしにまっさーじというものをうけてみた。 とくになにもかんじはしなかった」

 ゼクト「いや、普段からリラックスしてるようなお前に疲労してるところなんてあるのか?」

 ミソラ「もちろんだよますたー! わたしはおっぱいをおおきくするためにひびどりょくしているんだよ!」

 ゼクト「そ、そうか。 うむ」

 ミソラ「というわけでますたーがかるいのでいいから、きもちよくしンムッっ!?」

 ゼクト「…………。 どうだ?」

 ミソラ「……………え?」

 ゼクト「普段からのお礼も兼ねて、な。 これが気持ち良くなかったらやっぱり刺激が足りないってことだな」

 ミソラ「………………だいじょーぶ。 ……………………きもちよかったけど…………これはつまりけっこんということでよろしい?」

 ゼクト「だめ」

 ミソラ「うふ。 うふふふふふふふふふふふふふふふふ! ますたーときーす! ますたーときーす! やっふぅーい!」

 ゼクト「…………あれ? 特大の地雷をぶち抜いたかもしれない?」





 この後。

 ミソラがゼクトにキスされたという話を脚色しまくってアカネに伝え、大層な修羅場に発展したという。

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