第七十二話


 早朝。

 自分達を泊めなかった宿に嫌がらせを済ませた偽リリアと偽ゼクトはベルトラントに移動することを決め、その出港時刻を確認する為に港へと足を伸ばしていた。


 「ん……ぬぅぅぅ……。 仕返しは済ませたが……少し早起きだったな。 眠いぞ」


 「我慢しなよ。 しっかし……ベルトラント行きの船はまだみたいだねぇ。 どこかでまた名前を使って稼いどくかい?」


 「そうだな。 商人共なんかは俺たちがベルトラントに行くことを話せば賄賂も弾んでくれるだろうさ」


 その様子を想像して嬉々とした笑みを浮かべる偽ゼクト。

 英雄の名を語り稼ぐ事に味を占めた二人はすっかりと調子に乗っていた。


 「おや、これはリリア様にゼクト様。 こんな朝早くにどちらへ?」


 この港町でも有数の商家である壮年の男性が二人を見つけて非常に友好的な笑みで近づいてきた。

 

 「今日あたりベルトラントにでも向かおうかと思ってね。 次の船はいつ頃になるんだい?」


 「なんと、ベルトラントですか……。 最近は少し厄介な魔物が出ますので便を減らしているので、次は恐らく二日後になりますな。 ……もしお二人が倒してくださるのであれば前倒しにして出港も出来ますが? 勿論報酬も弾みますよ?」


 「はっ! 魔物なんざ楽勝さ! ねぇゼクト?」


 「おう! 多少の魔物なんざ敵じゃねぇな!」



 商人の男性の言葉に余裕たっぷりで答える二人。

 実際そこそこの実力はあるため、二人は調子に乗っていた。

 その二人の何とも力強い返答に商人の男性は満足気な表情を浮かべる。


 「いやぁそう言って頂けると思っていました! 実は魔物には困っていたものでして……。 では出港の準備をはじめますので、当家の船へご案内します!」


 商人の男性は二人を早速自分の船へと二人を案内するのだった。

 二人はまた収入が入ることと簡単に移動手段が見つかったことにご満悦の表情で商人の後に続いた。



 完全に気を抜いていた二人は気づかない。

 商人があくどい笑みを浮かべていることに。


 そして背後に隠れる六人の人物に。










 

 

 「標的が食いつきましたね。 では私達も船に行きましょうか」


 商人に案内される二人を見て不敵な笑みを浮かべるゼクト。

 そんなゼクトの様子にラクトルやシードルは嫌な予感を覚えていた。

 シードルやマーブルは二人が本物なのではと感付いている。

 だからこそ疑問に思っていた。

 もし本物ならさっさと名乗り出て、二人を捕らえればいいのではと。


 だが言葉にするには少しばかり度胸が足りていなかった。


 彼らはゼクトが見せた隠行符の性能に驚き、そして二人が本物ではという確信を深めたからだ。



 「あ、あの……。 もしかしてお二人はその……本物、ですか?」


 普段は砕けた喋り方をするイスカも、実は目の前の相手が本物の英雄かもという緊張感から堅い喋り方になっていた。

 

 「ふふふ。 私はただのリリネアでこちらはゼットさんですよ?」


 「……よくよく考えたらひねりの無い名前かも……」


 リリアの返答にぼそりとこぼすマーブル。

 

 「ひねりが無いとはなんのことでしょうかね。

ほら、それより行きますよ。 あ、あとちゃんと戦闘準備はしておいてくださいね」



 「戦闘準備? ゼットさんあいつらと戦うのか?」


 「いえいえ。 最近私も体が鈍ってきているので脅しついでにちょっとしたレクリエーションでもやろうかと思いまして。 巻き込むことはないと思いますが、念のためですね」


 ゼクトの返答に意味が分からないという表情を浮かべる四人。

 それとは違いリリアは確信した。

 これは間違いなく面倒事になるだろうと。


 「ゼク……ゼットさん。 私は待機しておきますんで頑張ってくださいね!」



 「逃げる気満々ですね。 逃がしませんよー」


 「……ですよねー……」


 

 逃げても絶対に捕まると分かっているリリアは早々に諦め、そして悲しそうな表情とこれから巻き込まれるであろう四人に同情するような表情をむける。

 ある程度構えていれば心に余裕が出来るかもしれない。

 そう考えたリリアは何かを口にしようとして、途中で止める。

 

 その行動が四人の不安を煽る事になる。



 「……久しぶりに俺の警戒心が警鐘を鳴らしてるんだが」


 「偶然だな。 俺もだ」


 「……やっぱり本物……」


 「いや本物なのは良いけど……私達何をしようとしてるのかしら?」



 四人は思う。

 無事に帰ってこれるのだろうかと。

 主に精神的な意味で。


 ともすれば邪悪とも思える笑みを浮かべるゼクトの表情を見て四人はそれぞれに不安を抱えるのだった。












 時間は少し進み正午に差し掛かろうかという頃。

 船に乗り込んだ偽者二人は用意された豪華な客室でのんびりと過ごしていた。

 

 英雄と呼ばれる立場になるとこんなに快適なのかと二人はその状況を満喫し、同時にそんな権力を実際に持つ本物に対し空恐ろしい思いも抱く。



 「あとはこのまま逃げれば完璧だねぇ。 魔物が出ないに越した事はないけど、出なかった時でも報酬をだすなんてあの商人は太っ腹だねぇ」


 「まったくだな。 あとはベルトラントでどうするかだな。 向こうで英雄様の名声が広がってるなら利用してもいいかもしれんな」


 「本当に英雄様々だね。 お陰でこうして楽に稼げるんだ」


 愉快そうな偽リリアはふと、部屋の外からこちらに向かってくる足音に耳をそばだてる。

 同時に離れた位置からおぞましい程の気配が急に出現したことを感じとる。


 「ゼクト! 魔物だよ! ちっ……かなりヤバそうなヤツだね……」


 「マジかよ……でも船上だとやるしかねぇぞ!」

 

 「言われなくても分かってるよ! いくよ!」


 二人が武器を手に部屋を出ると、ちょうど二人を呼びに来た船員と鉢合わせた。

 屈強にも見える船員は、恐怖のためか全身を震わせ二人にすがるように訴える。


 「え、英雄さんよ! 頼む! 手を貸してくれよ! アレはヤバすぎる! あんたら強いんだろう!?」


 偽リリアは船員がすがり付いてくるのを鬱陶しそうに振り払い、偽ゼクトに目を向けて二人は頷くと同時に走り出した。


 相手がいったいどんなものなのかを確かめるために。


 


 船員が走り回る中を進み甲板に出た二人は、視界に入ったそれを見て心臓を鷲掴みにされるような圧迫感に襲われる。



 


 二人の視線の先には、正しく化け物がいた。


 見るものを萎縮させるような金眼。

 女性の腰ほどもありそうな太い四本の腕。

 上半身と下半身は物理的に繋がっておらず、その中心に人の頭ほどもある赤い宝珠があり煌々と輝いている。

 背には四対の黒い翼を持ち、その手には船員の一人が無惨な姿で握られている。

 

 『ふむ。 呼ばれたと思って来てみれば一体ここはどこなのか……』

 

 偽リリアや偽ゼクトは化け物が何か言葉を発したという事は理解出来たが、聞き及ばない言語であったため顔をしかめる。


 「……先手必勝だよ!」


 「……ッ!  おうよ!」



 偽ゼクトは手にした戦槌を振り上げ、一気に化け物に向けて叩きつける。

 周囲の被害など考えない全力の一撃。


 更には偽リリアが横合いに滑るような動きで回り込み細剣を赤い宝珠にむけて突き込む。


 ほぼ同時かつ完璧と言ってもいいタイミングでの攻撃は、しかし化け物に届くことはなかった。


 淡い半透明の頼りなく見える光が二人の攻撃を受け止めていた。


 『どうやら言語が違うようだな。 しかし……この程度の貧弱な攻撃で我にダメージを負わせるつもりなのか?』


 化け物は尚も武器に力を込めて障壁を突破しようとする偽ゼクトに向けて魔力の塊をぶつける。

 それだけで偽ゼクトの武器は砕け散り、両腕も吹き飛ばされる。


 むき出しになった筋肉や骨を見て一瞬固まった偽ゼクトは次いで襲ってきた激痛に絶叫をあげる。


 「こっの野郎!」


 偽リリアは細剣に炎を纏わせ、素早い突きを放つ。

 武器が傷むため基本的には使わないその技だが、威力は抜群であり例え鉄板であろうと容易に貫くそれは、やはり障壁を貫くことは出来ない。



 『……武装しているということは一応戦士なのだろうが……話にならんな』


 

 化け物は溜め息まじりに手にしていた船員を偽リリアに叩きつける。

 ヒト一人が凄まじい勢いで迫り偽リリアは避けることも叶わずその肉塊によって甲板に押し潰される。


 胸骨や背骨が折れ、立ち上がれない程のダメージに苦悶の声をあげる偽リリア。


 「くっそ……こんなバケモノだなんて……」



 相手が強いだろうというのは予想していても、全く歯が立たないとは考えていなかった二人は予想以上に実力が開いていた事に絶望を覚える。


 両腕を破壊され、立てないほどの一撃をもらった以上この先にあるのは死だけである。


 「いやぁ派手にやられましたねぇ。 英雄の名を語るんだからもう少し善戦するかと思いましたけど」


 絶望していた二人の前に暢気とも言えるゼットが姿を見せる。

 ゼットは二人の前で屈み、傷を見てニヤニヤとしている。


 「見世物じゃ……ないんだよ! さっさと助けな!」


 「俺達は英雄だぞ! 国の損失になる! 早く助けろぉ!」


 痛みのためか涙や涎を撒き散らしながら吠える二人をそれでも楽しそうに見つめるゼット。

 そんなゼットに警戒しているのか化け物は様子を見ている。


 「助けるねぇ。 本物の英雄様は確か治療も出来るはずだけどなぁ?」


 「こ、こんな状況で治療なんて出来るわけ無いだろ!」


 「あっはっは。 そうですねー。 んーそちらは出血が酷いのでもって十分。 お姉さんも内臓いってるみたいですし、一時間もてばいいですね」


 冷静に二人の状況を見て笑顔を崩さないゼット。

 二人はそんなゼットを見て理解した。

 この男は助ける気は無いのだと。


 『……貴様は……なんだ?』


 『お、日本語。 久しぶりに聞いたな。 ボスエネミーをランダムで呼び出す課金アイテムだったけど……よりによってアクティルフィウスかぁ』


 『なぜ我の名前を知っている? それに言葉も』


 『あぁ気にしなくていい。 どうせ今から死ぬんだし、覚えておいても意味無いだろう?』


 『そうか。 そうだな。 今から死ぬ貴様には関係の無い事だ!』


 ゼットの軽い挑発に応え、アクティルフィウスと呼ばれた化け物は手から光剣を出現させ、ゼットへと斬りかかる。

 

 ゼットは一気にバックステップで海へと飛び出し、それを追ってアクティルフィウスも飛び出す。


 翼を持つアクティルフィウスの方が海上では有利かと思われたが、ゼットは符を使って足場を作り器用に空中を駆け抜ける。


 『先程の二人よりは強いようだな!』


 『うーむ。 ゲーム内では喋らない奴だったけど実体化したらこんな奴なのか』


 全く噛み合わない会話を交わしながら二人は一瞬の間に数合打ち合っている。

 ゼットは刀でアクティルフィウスの光剣を打ち払い、少しずつ船から離れていく。


 『ふん……余裕そうだが、これはどうだ!』


 黒い翼が淡い光を放ち、光剣を操りつつ二本の腕から鉄をも蒸散させる閃光を放つ。

 超近距離で放たれたそれを消えたとも思えるような速度で回避したゼットは、その勢いのまま回転しけりを放つ。


 普段は出さない本気の蹴りがアクティルフィウスの顔面に吸い込まれ、海面に恐ろしいほどの速度で叩きつけられる。


 「…………夢でも見てんのかなぁ……」


 「……つねっていい?」


 「自分ので頼む……って痛い痛い!?」


 シードルの呟きに同調したマーブルはシードルの頬をつねり、これが夢では無いことを確認する。

 現実離れしすぎた動きで戦うゼクトとアクティルフィウスにリリアを除く誰もが魅入られていた。


 そんな中リリアはゆっくりと死が近づいている二人の側に屈んでいた。


 「……はっ……なんだい……見世物じゃないよ……」


 這いつくばったままの偽リリアにリリアはそっと顔を寄せて耳元で囁いた。


 「別に私達の名前を語るのはいいんですけど……例え本人じゃなくてもゼクトさんに命令してるのを見ると……なんていうか殺したくなるんですよね。 これに懲りたら二度とゼクトさんを騙らせないでくださいね? もし何処かで同じ話を聞いたら、貴女を肉の塊にして魔物の餌にでもしちゃうかもしれません。 …………ふふふふふふ」



 リリネアの言葉とその横顔に全身の痛みすらも忘れるようなゾッとする雰囲気を感じた偽リリアは、その言葉の意味することに気づき、そして本当に危険な相手に手を出してしまったことを知る。



 『おのれぇ……高貴なる我が顔を足蹴にするとは……!』



 『一昔前とはいえ流石にレイドボスは硬いな。 折角だし、黒鉄後光の実験台になってもらうか』


 ゼットはストレージからその刀を呼び出し手に握る。

 漆黒の鞘に銀の美しい装飾。

 抜き放たれた刀身には常に赤い光のラインが無軌道に輝き続けている。


 はじめて抜き放たれたその刀身はゼットの魔力に呼応し、さらに外界から魔力を取り込み続け所有者に無限とも思える力を与え続ける。


 『……なん……だ? それは一体なんなのだ!』


 普通の武器とは明らかに桁の違う黒鉄後光の異様にアクティルフィウスは怖れにも似た感情を覚える。


 かつては魔王と呼ばれる存在として設定されていたアクティルフィウス。

 そのフレーバーテキスト通りに実力も性格も魔王に相応しい彼ですら、その刀の異様に呑み込まれる。


 『これは……ははっ。 SPの消費なんざ気にせず好きなだけ技をぶちこめるのは面白いな。 どこまで持つか試してやるよ』


 刀身を抜いたゼットはその内包する力を理解し、そしてまるで新しい玩具を手に入れた子供のように無垢な笑顔を向け…………アクティルフィウスの視界からその姿を消す。


 『なっ……!? どこに!?』


 『紅蓮・貳重ふたつかさね


 炎を纏った刀身がほぼ同時に両腕を斬り落とす。

 反応しようとしたアクティルフィウスだが指一本動かすことすら出来ずに腕を落とされる。


 『反応が遅いぞ? 吹き飛べ』


 四枚の符を貼り付け、後ろ回し蹴りでアクティルフィウスを吹き飛ばし貼り付けた符の力を発動させる。

 

 『爆雷符』


 貼り付けられた符がその身に宿した力を解放し、凄まじい爆炎と雷がアクティルフィウスの身を包む。

 海面が吹き飛び船が揺られる程の衝撃が周囲にも余波を伝える。


 『まだまだ』


 刀を鞘に戻し、ゼットの意思に応えるように鞘から紅黒い光が集束を始め、やがて光はゼットの全身を包む。

 爆炎がその力を納めた頃には全身をボロボロにしたアクティルフィウスが姿を見せる。


 『……こ……やる。 殺してやるぞ! 人間がぁ!』


 アクティルフィウスの中心にある宝珠が一瞬波打つと更にその中心から極大の魔方陣が現れ光が現れる。

 光は一瞬にして肥大化し、その光の中にアクティルフィウスが手を突き入れるとその腕に光が吸い込まれていく。


 『星すら砕く我が拳撃にて果てるがいい!』


 超強化されたその拳が淡い光を放ちながらゼットへと迫る。

 例え格下であろうと防御力を捨てているゼットであれば直撃で絶命する可能性もあるその一撃。

 魔王の名に相応しいその一撃はゼットとの距離を一瞬にして零にしてその肉体を砕こうとしていた。


 

 鞘に納めたまま動こうとしないゼットを見てラクトルやシードル達が悲鳴にも似た声を上げようとしたその時。


 ゼットの身体が一瞬ブレたように動き、ギリギリでアクティルフィウスの拳撃を避ける。

 

 しかし本来なら星をも砕くというその拳撃はただギリギリで避けた程度では致命傷になるのは避けられない。


 しかしゼットは何の痛痒も示していなかった。



 『久しぶりに暴れさせてもらって楽しかった礼だ。 死ね』



 鞘から刀身が現れた瞬間。

 紅い光が巨大な弧を描くように空を吹き飛ばし、海をも吹き飛ばしてアクティルフィウスごと地平の彼方までを切り裂いていった。


 その進路にある全てを呑み込みんでいった極大の紅い斬光は一瞬にして視界から消えていく。


 『……うーん。 そう言えばドロップアイテムってどうなるんだろうか。 あいつから無理矢理奪わないといけなかったのかな?』


 ゼットはそんな事を言いながら刀を鞘に納め、船へと戻る。

 久しぶりに大暴れ出来たことに満足していたゼットだが、海を大きく割ったせいで波が大変なことになってしまいリリアに怒られる事になるのだった。




 ※今日の連続更新はここでおしまいでっす(*´∀`*)

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