第七十一話


 マーブルは一人桟橋で風を感じつつ、悩んでいた。

 今回の護衛相手に関して気付いたことを仲間に話すべきか、黙っておくべきか。

 

 魔法を得意とするマーブルはその分魔力の関知にも長けている。

 そんな彼女は今回の護衛対象であるリリネアと……そしてゼットからも自分達よりも遥かに高い魔力を感じ取っていた。


 (……ギルマス直々の依頼だから罠ではない筈……でも色々と引っ掛かる。 皆に話すべきか……でもあのお嬢様は嫌な感じはしない)


 普段から自分の直感を大切にしているマーブルは今回の依頼に少なくとも悪意のようなものは感じない事から少し気を抜いている。


 ただし、楽観視はしていなかった。


 お嬢様と呼んだリリネアはまだいいが、そのお付きの執事が異常だからだ。


 (あの執事さん……たぶん私たちより圧倒的に強い気がする。 あんなに気配が薄くて隙のないヒトは初めて見た)


 最初に顔合わせを行った時の違和感と、その立ち振舞いを見たときの衝撃は彼女に警戒心を持たせるには十分なものだった。


 「マーブルちゃん何してんの?」


 「……まだ来たばっかりなのにお酒臭いシードル」


 声をかけてきたのは仲間であるシードルだった。

 顔は真っ赤で吐き出す息には分かりやすいほどにアルコールの臭いが含まれている。


 「あっはっはっは! 情報集めるならやっぱり酒場じゃん? 気づいたらめっちゃ飲まされてたよ。 いやー参った参った!」


 「…………それで成果は?」


 これでパーティ内では有能な盾役でもあるため強く怒れないのが悲しいところである。

 酔っていてもしっかりと仕事はこなす男なのだ。


 「あぁ……件の偽者さんはここにいるみたいだな。 英雄の肩書きを使って賄賂を貰ったり、ちょっとした脅しみたいなのもやってるみたいだが……」


 どうもスッキリしないような表情のシードルに一体どうしたのかと疑問に思うマーブル。


 「どうしたの?」


 「その偽者達は実力は確かにあるみたいなんだよな。 実際近くに出た地竜を一匹狩っているらしい。 まぁそれくらいはいいんだけど……。 見た目の情報がな……今回の護衛してるお嬢様と執事さんに似てるんだよな」


 「え? …………もしかして……本物?」


 「やっぱりそう思う? いや見た目の特徴が一致するってだけならそこまで気にもしないんだけど、あの執事さん絶対ヤバイ強さだと思うんだよ」


 「……あなたにわかるの?」


 「マーブル……お前俺のこと絶対バカにしてるだろ?」


 「わりと」


 「……せめて誤魔化せよ。 たぶんラクトルあたりも気づいてると思うけどな。 まぁ確定情報でもないし決めつけもよくないから、取り敢えずは様子見だけどな」


 「……そうね」



 普段はふざけている事も多いシードルの指摘に驚くマーブル。彼は彼なりに考えているのだなと少し評価を改める。


 「……あ、でもやばい。 飲みすぎて気持ち悪い」


 「……さいてー」


 改められた評価は更に改められて、元の評価に逆戻りすることになるのだった。








 「あぁん? 宿が空いてないだぁ? じゃあ他の客を追い出しゃいいだろ? 俺たちが誰か知らないのか?」



 「い、いえしかし……順番というものもありまして。 他にも宿屋はございますので、そちらを……」



 「あたし達のような英雄が泊まる事を考えれば他の客なんてどうでもいいと思うけどねぇ……」



 こちらゼク……じゃなくてゼットさんだ。

 観光を楽しむついでにちょっとした仕込みをして宿に戻ると、服装と髪の色だけは俺たちとそっくりな二人組が宿の旦那に詰め寄っている最中だった。

 ちょっと面白そうだったので見つけた瞬間に自分とリリアに隠行符で身を隠し様子を見る事にした。


 「なぁおっさん。 ここにいるのは英雄リリア様だぞ? 王都やレムナントではある意味最高の権力があるといっても過言じゃない。 そんな俺達を泊めないってのはどうなんだ?」


 「それはそうなのですが……やはり他のお客様も大切ですので、無理矢理追い出すというのは……」


 店主の弱々しい態度が気に入らないのか、ピッチピチの執事服を着た男が剣に手をかけようとしていた。


 (ぜ、ゼットさん。 ……もしかしてあれゼクトさんのつもりですかね?)


 (でしょうね。 あっちの化粧で色々と誤魔化してそうなのがリリア様なんでしょうね)


 (執事服のサイズが合ってなさすぎてはちきれそうですね)


 (……ガチムチさんも執事服着たらあんな感じですかね)


 (……ッ! だ、止めてくださいよゼットさん! 笑いが堪えきれなくなるじゃないですか!)


 (いやぁついつい)


 でもガチムチ執事さんもそれはそれで面白そう……一緒に働きたくはないけどな。

 視界に入ったら毎回笑いを堪えないといけなくなるのはちょっと辛いな。

 

 「ちっ……いくよゼクト。 ここの宿の事は覚えておくからね」


 「どうなっても文句を言うんじゃねぇぞ」


 捨て台詞を吐いて去っていく二人。

 どうでもいいけど、偽リリアは良い尻してるなぁ。


 「はぁ……どうしたもんか。 やっぱりいやがらせなんかがあるんだろうか……でも他の客に迷惑をかけるわけにはいかないしなぁ……」


 悲壮感漂うおやっさんだな。

 権力者に楯突いたら心配だよな。

 というかなんかこの人日本のサラリーマンみたいな哀愁が凄いな。

 

 「……色々と大変そうでしたね」


 「おや! これはお見苦しいところを……」


 隠行符を解除して話しかけると、さっきまでの暗い雰囲気を吹き飛ばして気さくな笑顔を見せるおやっさん。

 


 「あ、あの! 絶対大丈夫ですからあんな人達の言うことなんて気にしないで安心してください!」


 「はっはっはっ。 すいませんねぇお客さんに心配させちゃって。 やっぱり英雄って言ってもヒトなんでしょうねぇ。 清廉潔白な英雄という噂もありましたが権力を持つと変わるんですかねぇ……」


 少し寂しそうな悲しそうな表情を浮かべるおやっさん。

 どんな英雄像を持っていたのか知らないが、噂とは違いすぎるその英雄達の振る舞いが残念だったのかな。

 まぁでも確かにアレはないな。

 ちょっと調子に乗りすぎかな?


 「あ、あの! わ、私もそこそこなお嬢様なのでなにかあったら言ってください! 力になりますから!」


 「そう言ってくれると助かるよ。 まぁそうそう困ったことにはならないから大丈夫だよお嬢さん」


 うちのご主人様は優しいな。

 実際どうこう出来る訳じゃないだろうけど、いざとなったら紳士仲間に頼めばどうにかなるだろう。

 こういう時に頼りになる相手がいるのは心強いもんだ。

 中身には色々と問題のある人だけども。


 しかしあの二人は英雄と呼ぶにはガサツな感じだったな。

 もう少し頑張ってフリをしてくれてもいいんじゃなかろうか。

 リリアがおやっさんを励ましているのを見ながらそんな事を考えてしまった。







 翌朝。


 夜中にリリアの体重でベッドが軋んでいましたねとからかってガチで怒られたりと色々あったが比較的よく眠れた清々しい朝なのだが。


 「覚えておけとか言ってたけど……ここまでやるかねぇ」


 「あぁお客さん……すまないね……嫌なもん見せちまったね」


 「間違いなくあいつらでしょうね。 片付けお手伝いしますよ」


 朝からホールに向かうと一帯に生臭いゴミが大量に撒かれていた。

 掃除しないと臭いも取れないだろうし、かなりの営業妨害だな。


 「……やっぱり偉い人に逆らうのは良くないんだなぁ」


 「でもそれで他の人を追い出すなんて嫌だったんでしょう? 私は貴方の選択を尊重しますよ。 それに……」


 「それに?」


 「いっそ貴族お断りくらいの看板をかけてみるのも悪くないと思いますよ」


 「……………ははははははは! そいつはいい! そこまでやればいっそ清々しいな!」


 お茶目に言ってみたが、思いの外気に入ったのか暗い表情が驚きに変わり、そして盛大に笑い始めた。

 

 「お? 何やってんのゼットさん……ってうお!? なんじゃこりゃ!?」


 意外にも早く起きてきたシードルがホールの悲惨な状況を見て驚きの声をあげた。

 丁度いい。


 「いいところに来ましたねシードルさん。 はい雑巾」


 「……くそぅ……もうちょっと寝とくんだった」


 「早起きは良いことです。 今日は面白いイベントもありますので頑張りましょう」


 「……あんた気づいてないかもしれないけど、かなり悪い顔してるぜ?」


 「人聞きの悪い。 素敵な笑顔と言ってほしいですね」 


 三人で仲良く掃除をしつつ、別のゴミのお掃除も考えていた。

 若干のランダム要素があるけどたぶん大丈夫だろう。

 綺麗になっていく床を見ながら、ゴミが片付く様を思い浮かべついつい笑みを浮かべてしまっていた。

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