第七十話
グリントから南下した場所にある港町。
以前は巨大な海蛇が近海を荒らし、一時期は町を廃棄する事も検討が必要な程に廃れていたのだがとある男女が海蛇を撃破した事で再び盛り返し、海蛇の頭を飾り守り神と崇め始めたころから漁業が盛り返し今ではかなりの賑わいを見せている。
そんな港町のとある一角で六人組のパーティが物珍しそうに周囲の賑わいに目を向けている。
「いやぁ……開発中の転移魔法って言ってたけどすげぇな。 リリネアさんは凄い魔法使いなんだな」
「あ、いえいえ! 私なんてまだまだですから!」
「……謙遜するなんて。 ……私の修行不足を痛感してしまう」
「あはははは! マーブルは体の成長も不足してるしね」
「……イスカ、あとで嫌がらせ決定」
「おい、お前ら。 遊んでないでまずは情報収集だ。 ギルマスから依頼されたのはお二人の護衛だけじゃなくて英雄リリア様の名を語る不届き者も見つけないといけないんだからな」
にぎやかなパーティーのメンバーにそう声をかけるのは鎧を装着した剣士のラクトルである。
「皆さんも港町は初めてのようですし、折角なので羽を伸ばす意味でも自由行動としませんか? 宿の手配などは私の方で済ませておきますので。 夕方に宿で合流して情報をすり合わせればよろしいかと」
「さっすがゼットさん! 出来る執事はやっぱり分かってるね! じゃあ俺は情報収集がてら見て回ってくるぜ!」
軽いノリのシードルはそう言うと町の露店に向けて駆け出して行った。提案した執事の男性はにこやかにシードルを見届け、他のメンバーもそれに倣いそれぞれに動き出す。
残された依頼主であるリリネアとその御付きであるゼットはさっそく宿を手配し、そこで情報収集にあたる。
訪れた宿屋はログハウス形式の宿屋で防音性は非常に悪い造りだが、開放感のある部屋が特徴的でベッドや枕、布団類の質がよく使用者に良質な睡眠を約束してくれるであろう造りである。
宿の受付は見るからに海の男といった風貌だが、快活な男性でリリネアやゼットの質問にも快く返事をくれていた。
「あの、そう言えば前の町のグリントで英雄様が来ているっていう話を聞いていたんですけど、もしかしてこの町に来ていたりしませんか?」
「お、嬢ちゃん詳しいね。 実は昨日あたりに英雄リリア様がこの町に来たらしくてな。 今は適当な依頼をこなしているって話で、また近々ここに戻ってくるらしいぜ。 いやぁ俺も会ってみたいもんだ」
「あ、あははは。 ど、どんなヒトなんでしょうね」
「そりゃあ、あれだけの偉業を成し遂げてる方なんだ! きっとごついヒトなんだろうな!」
「ふふふふふふ。 そうかもしれませんねリリネア様?」
「なんでそんなに笑ってるんですかゼク……ットさん?」
「気のせいですよリリネア様。 しかし依頼で外に出ているのなら仕方ないですね。 折角ですし我々も町を観光しましょうかリリネア様」
「むー……色々買ってもらいますからね!」
「はっはっはっは! 最近はパールが女性に人気だぜ執事さん」
「なるほど。 ではそれでご機嫌取りしておきましょうかね。 ありがとうございます」
「目の前でご機嫌取りって言っちゃだめですよ!?」
銀髪の少女リリネアは店主に礼を言ったあと、ゼットを連れて宿を後にした。
「ねーねーラクトル。 今回の依頼どう思う?」
「どう思うと言われてもな。 どこぞの御令嬢の魔法の実験の付き添いと英雄様の名を騙るバカの情報収集だろう」
「それはそうなんだけどさー。 ギルマス直々の依頼ってのが不思議というか」
やや堅物なラクトルと少し軽い感じのある女性イスカは初めて訪れた港町の活気や潮の香を楽しみながら、ギルドマスターから依頼された英雄の名を騙る者の情報収集を行っていた。
幸い派手に動いているようで足取りは簡単に掴めそうであった為、二人は露店に出ているものなどを見物していた。
「……まぁ言いたい事は分かる。 あのお嬢様もそうだがあの執事もなんというか……オーラがあるな」
「あ、それ私も思った。 あの執事さん格好いいよねー。 出来る男って感じだし、あんなヒトに尽くされてみたーい」
「そういう意味じゃないが……。 いずれにせよ俺達は言われた事をこなしておけばいい。 リリネア様の護衛と情報収集。 それだけで十分だ」
「そうねー。 あ、そういえばあの二人ってここに何の用があったんだろうね。 実験がてら逢引かな? あの二人なんていうかちょっと怪しい関係みたいだし……もしかして禁断の恋!? お嬢様と使用人の許されざる愛! あぁ……燃えるわねー!」
「まったく……ん? なんだあれは? 魔物の頭の骨か?」
ラクトルとイスカはのんびり歩いていると町の少し高い位置にかなり大きな魔物の頭蓋骨が飾られているのを見つける。
見ただけでその魔物が巨体であった事を想起させるであろう頭蓋骨。
一体どこで手に入れたのかとラクトルは考えながらその場所へ向かう。
観光名所でもあるのか、その頭蓋骨を崇めているヒトもいる。
「凄いわね。 あの頭の大きさからすると相当大きいわよ」
「ああ。 一体なんの魔物なんだろうな」
珍しそうに見る二人が初見であると気づいたのか、案内らしき人物がいい笑顔で二人に近づいてきた。
「あんたらこれを見るのは初めてみたいだな。 これは以前までこの近辺を荒らしていた海蛇の頭でな。 今はこうして守り神と称して客寄せになってもらってるんだよ」
「守り神と称してって。 崇めている言い方じゃないな」
「はははは! あんたら冒険者だろう? なら魔物が神だなんてありえないって分かってるだろ?」
「おじさん正直だねー。 でもこの大きさの魔物をどうやって倒したの?」
イスカのその質問に案内の男は待ってましたとばかりに得意そうに鼻をならして語りだした。
「よく聞いてくれた。 この魔物を倒したのは一人の魔族なんだがな。 燃えるような真紅の髪に額から生えた角が特徴的な女性でな。 恐ろしい程の美貌の持ち主だったんだ。 その魔族は男連れで、男を守るためなのかその魔族は体長十メートルはありそうな巨大な海蛇をたったの一刀で仕留めたんだ。 いやぁすごい光景だったな」
「へぇ……。 すごい魔族だねぇ……なんか聞いたことあるようなないような特徴な気も……。 まぁ私らじゃすぐに殺されちゃいそうだ」
「ああ。 このサイズに襲われたら逃げるしかないな」
「そうなんだよ。 ……ただ昨日見に来た英雄様なんかはこんなのも余裕で倒せるなんて言ってたな。 正直そんな風には見えない奴等だったんだが……おっと陰口はいかんな。 じゃあゆっくり楽しんでくれよ」
「ああ。 案内ありがとう」
ラクトルは気さくなその案内の男性に銅貨を渡し、ため息をつく。
「偽物はこんな所で調子に乗っているようだな」
「偽物って実際どのくらい強いんだろうねー。 本当に倒せるのかな?」
「十中八九無理だろう。 そんな事が出来る奴はそもそも他人の名を騙る必要がない」
「あっははーそうだよね。 よし、他のとこも見に行ってみよう!」
「……ほどほどにな」
二人は知らない。
正確に言えば、ラクトル一行はまだ知らない。
自分達がいったい誰を護衛し、彼等が何をしようとしているのかを。
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