第六十八話
時間は深夜。
気絶していたオリヴィアは奇妙で不快になるような音で意識が少しずつ覚醒する。
小さな部屋でベッドに横たえられていた事に気付き、身体を動かそうとしてまったく動かない事に困惑するオリヴィア。
(わたしは……邪神に身体を貫かれて死んだはず……。 ここはいったい?)
邪神と思われる青い髪の少女の触手に身体を貫かれた事を思い出し背筋の凍るような悪寒を感じながら現状を把握しようと脳内をフル回転させるオリヴィア。
動かない身体に質素な部屋。
周囲には大した物は何もなく、この場所から抜け出す事自体は容易そうである。
問題は動かない身体と魔法が全く使えないという事だ。
オリヴィアの身体は縄で縛られているが、強く締め付けられているというわけでもないのに全く力が入らない状態だった。
「くっ……! なにこの縄……特殊な魔道具なの?」
何とか抜け出そうともがいていると、オリヴィアの耳にこの部屋に近づいてきているかすかな足音が聞こえて来た。
音の種類が違う足音が複数あり、向かってきているのが複数人だという事が分かる。
(まさか邪神? ……私を捕らえているという事は何かしら使い道があるという事かしら? ……取りあえず様子をみるしかなさそうね。 それにしてもこの縛り方ちょっとエッチじゃないかしら?)
自分の胸が強調されるような縄での縛り方にやや眉を顰めるオリヴィア。
サキュバスでありながら実は彼女は初心で処女である。
普段は妖艶な色気をばら撒いている彼女だが、こと恋愛になると逃げ腰になるというヘタレである。
複数の足音が部屋の前で止まり、ゆっくりと扉が開いていく。
オリヴィアの目に最初に入ったのは黒髪の端正な顔立ちの青年である。
燕尾服を身に纏った青年はまさに執事といった様子で扉を開け、後ろに続く人物のために道を譲る。
続いて入って来たのは銀髪の可愛らしい少女で、さらに邪神と思っていた魔族も入室してきた。
さらにその後ろには真っ赤な髪の角の生えた魔族もいた。
「お邪魔しま……うわぁ……えっちな縛り方すぎません?」
「えへん。 じょうずにひしなわしばりができた。 ますたーもわたしにやっていいんだよ?」
「すまん。 流石にこのレベルで縛れる自信はない。 こんなに崩れのない綺麗な縛り方は初めてみたぞ」
「ふっふっふっふ。 あか姉とこっそりほーむでれんしゅうしてた」
「妾もこのくらいなら余裕ですわ」
「お前ら本当に何やってんだよ」
オリヴィアはなにやら意味の分からない事を話す四人を観察し、その関係を見定める。
自分がしっかりと生き残れる道を探すために。
「あの……いいかしら? 邪神様は何故私を生かしているのかしら?」
「じゃしんじゃないけど……まぁあえていうなら……いけにえ?」
「生贄!?」
邪神ではないというミソラが一体自分をどんなバケモノの生贄にするのかと驚き怯えるオリヴィア。
そんな様子を楽しそうに見ているゼクトとミソラ。
完全にからかう気満々である。
「ふふふふふ。 はんぶんじょうだん」
「半分は本当という事!?」
「うむり。 ますたーがあなたをほしいならぷれぜんと。 いらないならさっさとしょぶん」
「ますたー? ……邪神様のマスター? え、邪神様がトップではないの?」
邪神と思っていた相手がマスターと称する相手。
オリヴィアからすれば圧倒的すぎる力を持っているミソラが主人と仰ぐとは一体どんなバケモノなのか。
マスターと呼ばれる執事服の男に目を向け、オリヴィアは戦慄する。
「ちがう。 ここでいちばんえらいのはあるいみりりあ様。 いちばんつよいのはますたー。 つよさでいえばわたしはさんばんめ」
「三番目……? 私達上位の魔族を一人で倒せる邪神様が……三番目?」
「わたしとあか姉はあいしょうもあるけどあか姉にはぜったいかてない。 ますたーにはあか姉とふたりがかりでもかてない。 そしてそこのりりあ様はそんなますたーのごしゅじんさま」
簡単に説明するミソラの言葉を何とか理解しようとするオリヴィアだが、もしその発言が事実ならばゼクトの強さはいかほどのものなのかと恐怖を覚えていた。
そんな男が自分に興味を持たなければ自分は死ぬ。
そう考え、オリヴィアは何とか自分の生きる道を必死で考え始める。
「それでどうするますたー?」
「うーん…………正直裏切られる事もあるなら面倒だし死んでもらってもいいかなぁ」
「ま、ちょっと待って! 裏切らないから! どうか命だけは! 何ならあなたの奴隷にでもなんでもなるから!」
「奴隷ねぇ……リリアはどう思う?」
「……ゼクトさんにちょっかいを出さないなら好きにしても良いと思いますよ? 少しでもゼクトさんに色仕掛けとかしたらキンゾ・クバットで頭を打てばいいですし」
若干目のハイライトが消えたような目でオリヴィアを見るリリア。
冗談抜きでゼクトに性的な何かを仕掛けようものなら間違いなくリリアはオリヴィアの頭にキンゾ・クバットの一撃を炸裂させるだろう。
「お、おぅ。 ……ちなみにその羽と尻尾は隠せるか?」
「で、出来ます!」
「命令を遵守できるか?」
「ご命令とあらば何でも!」
「…………俺の密偵にしてみるか。 使えないようならミソラの触手に食わせるからな」
「はい!」
何とか危機を乗り切った事に安堵し、若干涙目になっているオリヴィア。
しかし次のゼクトの言葉で全身の血の気が引く思いをする事になる。
「じゃあ実力を見たいから外に行こうか。 想定以下だったら地獄の特訓だな」
「…………え?」
ゼクトが縛縄符を剥がして、そう楽しそうに話す様子を見たオリヴィアは愕然とする。
この化物の地獄の特訓とは一体なんなのかと。
この後レムナントから少し離れた場所でオリヴィアの怒りと絶望と諦めの色々と混ざった悲鳴がしばらく響く事となる。
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