第六十七話



 ミソラがグラネスとレイブンに六魔人との素敵な時間を要求していた頃。

 ゼクト達は医務室にてアリンを介抱していた。

 念のためアリア達はそのまま宿に戻ってもらい、アカネを護衛につけて今はリリアとゼクトのみである。

 


 「蘇生の途中で転移が発動していましたから、大丈夫か心配でしたが問題ないようですね」


 そう言えば蘇生途中でキャンセルしたらどうなるんだろうか。

 色々と大変な事になりそうな気もしなくもないな。

 修復途中の傷とか普通の傷よりもグロそうな気がする。


 「ミソラさん大丈夫ですかね? 一体どこに行ったんでしょう……」


 「ミソラは多分大丈夫ですよ。 ミソラをどうこうしようと思うなら、この前の魔族が一万匹くらいは必要ですからね」


 「…………ミソラさんってそんなに強いんですか? 正直サポート専門というイメージなんですけど」


 普段見るのは回復とか蘇生ばっかりだもんな。

 自分で設定しておいて言うのもなんだけど、ミソラの場合は回復特化だけど魔法攻撃にもそこそこ長けている厄介なサポート職だからなぁ。

 自分では使わない最高レアの魔法職装備も装備させてるから、この世界の生物でミソラにダメージを与えるのは難しい気もする。

 リベラルファンタジアの数値上では俺より防御力高いし。

 いや、俺が防御力を完全に捨ててただけってのもあるけど。


 「そうですねぇ。 普段から全力戦闘なんてやる機会もないので見せる事もないですが、ミソラが手加減や周りへの影響も考えずに本気を出すならこの前のフォームランドの軍を相手に一人で真っ向から叩き潰せるくらいには強いですよ」


 「…………あははははははは。 聞かなかった事にしますね」


 予想外……ある意味では予想通りとも言えるその答えにリリアは乾いた笑いを浮かべている。

 この世界でのレベル二百五十五なんて規格外も良いところだよな本当に。


 そんな話をしていると、意識を失っていた少年が目を覚ました。


 「……ここは……」


 「気が付きましたね。 ここは王立学園の医務室ですよ」


 起き上がった少年は少しぼーっとしていたが、場所を告げると何かを思い出したように表情を変える。


 「あ、あの! 英雄リリア様の使い魔であるミソラ様のお金を盗んだ人! ぼくその人を見つけて! それで……それで……あれ? 足を……斬られて、それで喉も……」


 だんだんとその時の事を思い出した少年は痛みや死の恐怖を思い出したのか、体が震え始めていた。

 喉を貫かれる経験なんてそうそうないからな。

 相当怖かっただろう。

 少年の背中をさすると少しだけ収まったような気もする。


 「あ、ありがとうございます。 ……ぼくどうして生きてるんですか?」


 「ミソラが生き返らせたんですよ。 今は君を殺した相手を捜索中です」


 「ミソラ様が……。 は、犯人の人はこの学園の制服を着ていました! た、たぶん顔をみれば分かります! あ、でもあと一人いたんですけど……そっちは分かりません……」


 おぉぉぉ。

 殺された相手かもしれないのにこんな勇気ある発言が出来るとは……凄いな少年。格好いいぞ。

 しかし学園の生徒が犯人……?

 いや盗難にあうのはまぁ分からんでもないが、あの傷は学園生のレベルとはまた違うような気も……。

 かなり綺麗な断面だったから、相当な技術と膂力がないと骨なんて切れないからな。

 


 「無理はしなくてもいいんですよ? まだ本調子じゃないでしょう?」


 「い、いえ! ぼくも役に立ちたいんです!」


 いい子だなぁ。

 世の汚い大人にはこの子の純粋さを三分の一くらい分けてもらったほうが良いんじゃないだろうか。

 俺?俺はほら……紳士だから大丈夫。


 「ふむ。 じゃあ、協力してもらいましょうかリリア様。 私は学園の生徒を集めておきますので、その子にブレイブソウルでもかけてあげて下さい」


 「集めてどうするんですか?」


 「その子を全校生徒の前に出します。 その子が死んだと思っているなら、多少の反応はあるはずです。 妙な反応をしたのを捕まえるとしましょう」


 「……全校生徒同時に見るんですか? 一人一人の方がよくないですか?」


 「ふふん。 アカネやミソラとのトランプで鍛えた観察力を舐めてもらっては困りますね」


 結局勝ててないけどな!

 いやそれはいいや。

 たかだか数百人の中から妙な反応をした奴を探すなんて朝飯前ですよはい。

 ……いや本当は超全力で探すけど。


 「あ、あのリリア様って……も、もしかして英雄リリア様ですか!?」


 「あ、あははは。 ま、まぁそうですよ」


 「ご、ごめんなさい! ぼく、知らなくて失礼な口をきいてしまって!?」


 リリアの事はきちんと知らなかったのか名前を聞いて慌てる少年。

 ……とうとうリリアもこんな反応をされるような立場に来てしまったんだなと、しみじみと思う。

 主に俺達のせいだけど。


 「大丈夫ですよ。 じゃあもう少し休んで、準備が出来たら私と行きましょう」


 「は、はい!」


 よし、じゃあ学園長を使って全員集めますかね。

 ……啖呵きった手前見つけられなかったとかだと恥ずかしいな。

 頑張ろう。










 生徒達を集めてほしいというゼクトの唐突な提案に困惑する学園長だったが、別の用件もあったので集めるのは問題ないと快諾され急遽開かれる事になった全校集会。

 校庭に集められた生徒達は一体何事だろうかという様子だったが、滅多にない事であるためその内容に興味を持つものがほとんどだった。


 そんな中オーグはアリンを殺害してしまった事の罪悪感と、もしかしたらその事での話だろうかという気持ちで内心かなり怯えていた。

 実際学園の近くで殺人などあれば集会が開かれるのは当然とも言える。

 

 ただオーグとしてはもう証拠はないと高を括っている部分もあった。

 故に何とか表情には出さずにこの場所へ来る事も出来ていた。


 そんな中、生徒達の前に姿を現した学園長であるヘイゼル。


 「おほん。 皆忙しい時間に集まってもらってすまんのう。 実は最近町の発展に伴って町の拡大が行われておるが、人手が足らんらしくてのう。 町の方から人手を少しでも良いから借りたいと要請があってのう。 特に土属性の魔法を使って壁を作れるものには色をつけて報酬を出すそうじゃ。 学園からもいくらかの支援金を出すので、もし興味があるものは儂の所へ来てくれ。 そしてもう一つ連絡がある。 リリア殿」


 ヘイゼルが手短に話をした後に、リリアが前に出る。

 英雄でありながらあまり前に出たがらないリリアが生徒達の前に姿を見せている事にざわめきが広がる。

 リリアはアリンを連れて前に出ると、拡音石を使って生徒達に用件を伝える。


 「え、えっと。 実はこの子が先ほど学園の近くに倒れていました。 幸い発見が早かったので治療は間に合いましたが、場合によっては死んでもおかしくない傷でした。 どなたか心当たりのある方は私の元へ情報提供をお願いします。 この子の話を聞いたところミソラさんのお金を盗んだた人をこの子が目撃していたらしくその口封じのために襲われたようです。 ……私のような立場でこのような事を言うのは烏滸がましいかもしれませんが……このような子供の命を平気で奪う人には……罰が必要だと思います。 どうかよろしくお願いします」



 リリアの言葉に生徒達は少年を見て、こんな子供が襲われたという事実に眉を顰め同情的な視線を送る者がほとんどだった。

 またアリン自身が手紙配達という仕事をしているため彼自身を知っている者も多く、そんな彼が襲われたという事に憤慨する者も少なくなかった。

 

 (……こんな数の中から反応の違う人を探すって……ゼクトさん大丈夫かな?)



 自分でも探してみようと思っていたリリアだが、見渡してみてすぐに無理だと判断したリリアは隣のアリンに視線を向ける。

 ブレイブソウルのお蔭で問題なく立っているが、自分を害した相手がここにいるのだと思うと、この年齢の子供ならば恐怖に怯えても仕方の無い事だ。

 

 リリアは一礼してアリンを医務室へと連れていく。

 

 その後各教員たちから幾つかの連絡事項が伝えられ解散となった。

 









 「分かりやすい反応だな。 隣の奴に疑われるとか考えないのか?」


 リリアがアリンを前に出した瞬間に、一人面白いように驚いている男がいた。

 逃げ出そうとしているあたりバレるのはすぐだと思ったのかな。 


 どこへ行こうというのかね?

 

 ……いやなんでもない。言いたかっただけだ。


 オーグが後ろを向いて逃げようとした瞬間に静の世界と神速符を発動し、停滞した世界のなか屋上から飛び出して生徒達の隙間を縫うように着地し彼を背後から捕まえる。

 この場所で問いただすのは色々と面倒なので、首根っこを捕まえたまま学園の外へと向かう。



 アリンが殺された場所に到着した所で静の世界と神速符を解除し、オーグをまだ血溜まりの残るその場所に放り投げる。



 「ぐあっ!? な、なんだ今の……ひっ!? 血!? いや、それよりここは……!?」


 「やぁオーグ君。 ここがどこか分かるかな?」


 「使い魔!? な、なんでここが!? あ、いや……し、知らない! 僕は何も知らない!」


 分かりやすい反応だなぁ。

 そんな反応を見せておいて見逃してもらえると思っているのだろうか。


 「……なぁオーグ。 あまり舐めないで欲しいな。 あの少年を見たときのお前の反応を見てここに連れて来たんだ。 なんであんなに焦って逃げようとしたのかなぁ?」


 「知らない! こんな事をしてただですむと!?」


 「……普段はリリアやその他大勢の手前だから真面目なゼクトさんだけどな。 中身はそんなに優しくはないんだよ。 なんならお前が少年にやったように両足斬り落として喉を貫いてやろうか?」


 「ひっ!? ち、違う! やったのは僕じゃない! あんな殺し方をするなんて思わな……あっ!」


 刀チラつかせて脅してみたが割とあっさり吐いたな。

 ゼクトさんの脅しもまだまだ捨てたもんじゃないな。

 ……オーグがちょろいだけか。


 「今のは自白したと見て問題ないな。 それで? じゃあ誰が殺した? あの傷から見てもなかなか良い腕をしてる奴みたいだが?」


 「あ、あれは魔族がやったんだ! その……なんでも青い髪の使い魔に用があるとか何とかで……。 あの使い魔を呼び寄せるためにも、僕がその……盗んだ事を隠すのにも都合がいいって事で……」


 むぅ?別に魔族がこいつと関わる必要はなかったような……。

 魔族がそのまま裏でアリンを殺せばむしろ犯人が分からなかったような気も……。

 まぁその魔族の事を知らないことには何とも言えんが……まぁいいか。


 「さて……いつもの俺ならお前を私的に罰する所なんだが……どうしようかな」


 「……お前が……そもそもお前さえいなければこんな事にはならなかったんだ!」


 急に激昂するオーグ。

 この展開で逆ギレはおかしいだろ。


 「あぁ?」


 「僕はずっと一番だった! これからだってそうだった筈なのに! あの新人戦から僕の生活はおかしくなったんだ! そうだ……お前が悪いんだ!」


 どういう論法だよ。子供の八つ当たりでもまだマシな理由があるぞ。

 そんな事言い出したら社会に出てもっと色々と面倒な事に直面するぞ?

 その度に殺しでもするつもりなのか?


 「なんともアホ臭い理由だな。 ……男なら努力して見返すぐらい言ってみろよ」


 「したさ! 冒険者に協力してもらって沢山の魔物を倒した! サラマンダーとも協力して連携もスムーズになった! それなのに聞くのはジャイアントオーガを殴り殺しただの軍を崩壊させただのふざけた話ばかりだ! いったいどうやって見返すっていうんだ!? お前みたいに強いやつに僕の気持ちが分かってたまるか!」


 涙を流しながら叫ぶオーグ。

 別に努力を否定するつもりはないが、だからといって比較対象にされても困る。

 それに努力したと言ってもまだ新人戦からそれほど経っていないのに、それだけで追いつけるとでも思っているんだろうか。


 「……逆に聞くがお前には他人の気持ちが分かるのか? お前は弱い奴の気持ちが分かるのか? そんなに自分の気持ちを理解してほしいなら自分の口でしっかり伝えればいいだろう。 そんな事もせずに勝手に卑屈になって暴走されても迷惑なんだよ」


 「うっ……うっ……ぼくは……ぼくは」


 泣き出してしまった。

 もうこのまま首刎ねていいかな?

 鬱陶しくなってきた。


 そんな事を考えていると近くにミソラを連れて行った転移の術式が浮かび上がった。

 こいつが窮地に陥って迎えが来たかな?


 「ふぅー。 めんどうだった。 ますたーせいぶんがたりな……あっ、ますたーーーーーー! ……がいじめてる」


 「苛めてるのは間違いないが、あの少年をやったのはこいつとどっかの魔族らしいぞ?」


 「なんと。 せいさいぱんち!」


 あっ……。


 女性を抱えたままのミソラの拳が泣いているオーグの顔面に突き刺さった。

 いや、俺も殺そうかなとは思ったけど……ちょっと可哀想なくらい綺麗に顔面にいったな。

 スローカメラで見たら間違いなく顔面陥没の瞬間が見れるような一撃だった。


 オーグはその勢いに吹き飛ばされ壁に衝突し、生死ギリギリのラインでなんとか生きている。

 回復しないと間違いなくデッドラインは超える。


 

 「よしもんだいかいけつ。 わたしのおかねのぶんはこれでちゃらにしてやろう。 あっますたー。 いいおみやげ。 さきゅばすだって」


 そう言って渡されたのは完全に気絶している中々に色気溢れるお姉さん。

 ……渡されても困る。

 困るがここでいらないとか言ったらミソラさんはそのまま処分しそうだ。

 

 サキュバスという最高にエロい種族をそのまま殺すのはちょっとコレクター魂が邪魔をするな。

 取りあえず保留しといて。


 「ミソラ。 後ろのそいつは?」


 「しょうねんをころしたやつ。 しっかりとこうせいさせてわたしたちのあしがわりにしようかと。 そこそこちょうきょうはすんでるけど、ほんかくてきなのはこれから」


 「えっ!? わ、私は勿論裏切りませんよ!?」


 「くちではなんとでもいえる。 わたしとますたーのことをしっかりとからだにたたきこまないと」


 「…………に、逃げたい…………」


 真面目な空気作ってたのに一気に消えちゃったな。

 オーグ君の悲痛な叫びが一瞬で砕け散ったよ。


 ……まぁいいか。一応回復させて兵士に引き渡そう。

 どうせギルドからもお咎めがあるだろうし。



 そう言えば魔族がミソラを連れて行ったのは何だったんだろう。

 サキュバスを魔族に持たせて、そんな事を考えながらリリアの元へ戻るのだった。

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