第六十三話
ゼクトを生贄としたリリアはそのまま町で買い物をしていた。
本当ならそのまま寮に戻ろうかとも思っていたが、近いうちにアリアとルリアが来る事になっているため、二人にプレゼントを用意しようと思い立ったからだ。
二人によく似合うような小物の店を見つけたリリアは、陳列されたものを見て楽しんでいる時に一つのブレスレットを見つける。
「わ……これってゼクトさん似合いそうだなぁ……」
銀のブレスレットを手に取り、そう言えば自分の髪の色も同じ色だと思いリリアはくすりと笑う。
これを付けてもらえたならゼクトの傍に常に自分がいるような気がしたからだ。
(そういえばゼクトさんにプレゼントなんてした事無かったな……喜んでくれるかな)
アリアとルリアのプレゼントと一緒にゼクトの分も購入したリリアはスキップしそうな様子で残りの買い物を済ませ、寮へと戻る。
早くゼクトに帰ってきて欲しいと思いながら自室のドアを開けるリリア。
「お帰りリリアお姉ちゃん!」
「ぶぅっ!?」
扉を開けた瞬間に唐突に飛んできたルリア。
その飛び込みでルリアの頭が見事にリリアの腹部に突き刺さる。
痛みは少ないとは言えその衝撃に吹き飛ばされる。
「あ、ごめんリリアお姉ちゃん……」
「…………うん」
「りりあ様ゆだんしすぎ」
リリアのベッドで横になっているミソラ。
そしてその横で一緒になって横になっているアリアを見て、リリアは溜息をつき立ち上がる。
そしておかしい事に気付く。
「……あれっ!? ミソラさん帰ってくるの速すぎません!? まだ出て三日ですよね!?」
ミソラがアリアたちを迎えに行ったのが三日前。
ヴィスコール領までは移動に本来十日程かかる。
それが何故か三日で帰ってきているという謎にリリアは驚く。
「そうちょうにでてそのひのおひるにはついた。 ぜんりょくしっそうしたからちょっとつかれた。 かえりはばしゃで、うまさんにがんばってもらった」
ベッドに俯せのままそう答えるミソラ。
突っ込むべきかとも思うリリアだったが、あぁそう言えばこういう人達だったと納得し諦める。
「あら、リリア。 ちょと太っ」
「お姉ちゃん? 今何か言おうとした?」
言葉を無理矢理さえぎるリリア。
昔はあまり食べる方でもなかったが、ゼクトが来てから甘やかされる上に美味しい料理も出されるので本人も気にしている所である。
「うふふふふふ。 気のせいね。 それにしても久しぶりに来たけど町も随分変わったのね。 お姉ちゃん驚いちゃった」
「そう言えばそうかも。 最近は特に人の出入りが激しいし」
「そうみたいね。 流石は大英雄リリア様ね」
「リリアお姉ちゃんの噂がこっちでも凄いんだよ! 王都に出た悪魔をリリアお姉ちゃんがやっつけたとか、国をひとつ滅ぼしたとか!」
「……あぁ……こうやってまた私の変な噂が……」
茶化すようなアリアの言葉と、ルリアのいう噂の大きさに崩れ落ちるリリア。
本人としては最早どうしようもなく、噂を止めることなど出来ないと分かっているが、伝言ゲームよろしく話がどんどんと大きくなっている事に不安しかないリリア。
「あ、他にもね! リリアお姉ちゃんがジャイアントオーガを素手で倒したとかも噂になってたよ! リリアお姉ちゃんは脳筋だって言ってた!」
「……ルリア、それの出所を詳しく。 お姉ちゃんその人達とキンゾ・クバットで話し合いしてくるから」
割と真面目に尋ねるリリア。
どこの部分に反応したのかは言うまでもないかもしれない。
「そういえばりりあ様。 ますたーは?」
「ゼクトさんならエルフの方々を観光案内してますよ」
「エルフ!? ゼクトお兄ちゃんってエルフさんとも仲が良いの!?」
エルフという単語にかなり食い気味に反応したルリア。
ヴィスコールから出た事自体が少ないルリアにとって異種族、ましてや排他的なエルフともなればまず会えないと思っていた種族である。
好奇心旺盛なルリアからすれば、ある意味夢のような相手だ。
「るりあ様はあいたいごようす。 ということでいっしょにますたーのところにとつげきする?」
「行きたい! アリアお姉ちゃんもリリアお姉ちゃんも行こう! 町ももっと見てみたいし!」
「うふふふふ。 そうね、今回はルリアもしっかりと楽しまないとね」
「……あんまり行きたくない相手がいるけど……そうね。 ルリアの為になら仕方ないね」
リリアとしてはガチムチさんをルリアを会わせたくないのが本音である。
情操教育上合わせていいのか微妙なラインにいるガチムチさん。
いい人であるのは間違いない。間違いないが、初めて訪れた町の噴水前で上半身裸でポーズを決める相手と妹を会わせるのに抵抗を感じるのはきっと間違いではない。
「わーい! 行こう行こう!」
「あ、そうだ。 お姉ちゃんとルリアに先に渡しとくね」
先程買ってきたプレゼントをアリアとルリアに渡す。
アリアには可愛らしいピンクのリボンと華美にならない程度に花をあしらった麦わら帽子。
ルリアには青いリボンを用意していた。
「あら……すごく可愛らしい帽子ね。 お姉ちゃん似合うかしら?」
「わぁ、触り心地が気持ちいいリボンだ! ありがとうリリアお姉ちゃん!」
「どういたいしまして。 お姉ちゃんも似合ってるよ」
ルリアは早速リボンを自分でつけてくるくると回っている。
アリアも帽子を被ってニコニコとしている。
普段会えない分こういった交流は姉妹にとっては何よりも嬉しいのかもしれない。
「よし、じゃあゼクトさん達を探しに行きましょうか」
「ますたーのいちならたぶんにおいでわかる。 あんないはまかせて」
さらっと恐ろしい事を言ってのけるミソラだが、アリアもリリアも努めて気にしないようにしていた。
この使い魔さん達がおかしいのは今に始まった事ではないのだから。
「いい加減にしなさいよあんた! なんで行く先々でポーズ決めてるのよ! さっき子供が悲鳴あげて逃げたわよ!」
「うむ……流石にあれは我もショックだ。 ガーチショック」
「……本当ごめんなさいゼクト様……」
「いやぁ……ここまで来ると一周回って逆に面白いですね」
やぁ、ちょっと精神的な疲労がピークに達しそうなゼクトさんだよ。
今の会話を聞いて分かると思う。
流石にガチムチさんも反省したようで服を着てくれたけど、何かしらいいスポットがあるとポーズを取るガチムチさんをみて子供が泣いちゃったよ。
あんな巨体がいきなりポーズ取ったら怖いよな。
俺も怖い。できれば全力で他人の振りをしたいくらいだ。
「まぁ流石にガチムチさんも反省したようですし、時間も遅いのでそろそろ食事にでも行きますか?」
「はぁ……そうね。 もう二度とこいつと観光なんてしないと思ったわ。 せっかくあんたが良いところ紹介してくれてるのに、夢にガーチが出てきそう」
「あははは! 最初の頃は私もガーチさんが何度も夢に出てきました。 何度夢で刺し殺した事か」
「え!? き、キリネア殿は我の事がそんなにも苦手だったのか!?」
「え!? なんで好かれてると思ったんですか!?」
予想外のカミングアウトに驚くガチムチさん。
キリネアさんがどれだけ長くガチムチさんの御付きをしているのか分からないが、今の言葉だけでキリネアさんの苦労が見えた気がした。
「今日は奢りますよキリネアさん。 アレの愚痴をどんどん出していいですからね。 本人にもきっといい薬になりますよ」
「……ゼクト様優しいんですね。 どうせなら私ゼクト様の御付きになりたいです」
「キリネア殿!? み、見捨てないで頂きたいなぁ……。 我のもろもろの管理をお願いしているから、流石にいなくなられると我も大変な事に……」
「あら、いいんじゃない? いっそ大変な思いをしてみれば」
「…………確かに、離れてみるのもいいかもしれませんね。 いっそ族長に相談して……」
族長というワードが出た瞬間に脂汗を流し始めるガチムチさん。
苦手なのかもしれないけど、若干怯えた様子があるのは何故だろうか。
「あぁもう。 さっさと行きますよ」
いつまでも進みそうにないので取りあえず無理矢理引っ張って連れて来たのはレムナントでも割と有名な酒場で、いい酒と幅広いジャンルの料理を提供してくれる店である。
海の幸も少しだけ扱っているあたり中々の商売上手だと思う。
今度銀の連中とここの調査をしたいと思っている所だ。
「へぇー結構いい雰囲気の店ね」
「うむ、料理の良い匂いが漂っておるな。 取りあえずビルロフトを四つである!」
「……この人は本当に遠慮を知らないというか……」
早速注文をいれるガチムチさんに毒づくキリネアさん。
怒っていいと思うよ本当に。
「まぁ今日は気にしないでください。 万が一暴れるようなら私がガチムチさんを気絶でもさせますので」
「いっそヤッてもいいですよ? むしろゼクト様に無礼を働いたという事にして打ち首にされたとでも言えば族長も納得してくれるかもしれません」
「そうですね。 でしたら酔って暴れるようでしたらヤっちゃいますか」
「そういうのは我のいない所で話してくれないと、流石にガーチ傷つく……」
「傷つけばいいんですよ」
「キリネア殿が酷い!?」
「いいからさっさと料理を決めなさいよあんた達。 あ、こっちにグラスシープの焼き肉一つお願いします」
この二人をしっかりと窘めつつ料理を注文するイレーヌさん。
もうこの状況に慣れてきている辺り流石というか何というか。
「そう言えば勝手な偏見でしたけど、エルフの方もこういった肉料理は食べるのですね」
「まぁ肉はあんまり食べないって人の方が多いかもね。 森の中で生活しているとやっぱり森の恵みが中心になるから。 私はお肉も大好きよ」
「成程。 でしたら今度王都を案内する機会がございましたら銀を紹介しましょう」
「なにそれ? 美味しいの?」
「王都で最高の肉料理を提供してくれる店ですよ。 私も少し関わっているのでお安くしますよ?」
「へー! それは一度は行きたいわね! じゃあ、また今度も案内してよね!」
非常に嬉しそうなイレーヌさん。
自分でいうのもなんだけど、エルフが肉食って違和感凄いな。
だが……森の中で生活していたエルフが果たして数々の調味料を揃えた銀の料理に耐えられるかな?
ふふふふふふ、今から反応が楽しみだ。
ビルロフトが届き皆がそれぞれに料理に舌鼓をうち酒を楽しむ事しばらく。
それは突然やってきた。
店の扉がかなりの勢いで開けられ、一瞬酒場が静まり返ったあと。
入って来たのは一人の少女と、その後ろに三人の姉妹。
「ますたーのにおいはここだ!」
開けられると同時に発された言葉。
聞こえた瞬間に誰か分かってしまうあたり非常に悲しい。
「み、ミソラさん!? もうちょっと優しく開けてくださいよ!?」
「ますたーのにおいをかいでいるうちにがまんできなくなった。 しかたない。 むしろこれはますたーのせい」
「いや、なんでだよ」
流石にそこは突っ込ませろ。
俺のせいじゃないですよ?
というか臭いで追ってきたとか怖すぎますよミソラさん。
「ますたーはっけん。 いっしょにたべよー」
「すいませんゼクトさん。 あ、お姉ちゃんとルリアも到着しましたので、一緒にいいですか?」
「ゼクトお兄ちゃん久しぶりー!」
「うふふふ。 お久しぶりですゼクトさん」
リリアの後ろからアリアとルリアがひょこりと顔を出してきた。
三姉妹揃うと中々に壮観だな。
「二人とも久しぶりですね。 どうぞご一緒しましょう」
「む? リリア殿にそっくりであるな。 姉妹であるか?」
「あ、はい。 姉のアリアと妹のルリアです」
ガチムチさんの言葉に二人を紹介するリリア。
二人ともエルフとダークエルフに興味津々である。
「姉のアリアです。 よろしくお願いしますね」
「ルリアです! よろしくお願いします!」
「うむ、我はガーチ・ムーチョ。 ガチムチと呼んでくれ」
その自己紹介は変わらないんですね。
そしてアリアもルリアも特に気にせずスルーとはやるな。
あ、いやアリアはちょっと手が振るえている。我慢しているのかもしれない。
「私はイレーヌ。 よろしく」
「キリネアと言います。 よろしくお願いしますね」
三人の自己紹介が終わり、エルフ達の視線がミソラに向くがミソラはさっそくビルロフトに手を伸ばしており聞いてもいなかった。
自由な子である。
「あー……この子はミソラです。 基本的に自由な子なので適当に相手をしてあげください」
「よろしくー」
ビルロフト片手に肉をつまむミソラ。
見た目は子供なんだけど、ミソラの場合酒はどうなんだろうかと今更に思う。
……なんの躊躇もなく飲んだあたり問題ない……のかな?
こうしてカオスなメンバーによる宴会が始まり、他の客まで巻き込んでそれは夜遅くまで続いた。
ところ変わってレムナントの郊外にある森にて一人の魔族が、テレパスという魔族特有の魔法を発動し通信をおこなっていた。
「グラネス様。 取り急ぎのご報告をお許しください」
『あぁ、レイブンの事は信頼してる。 気にするな。 で、どうした?』
「一つ確認なのですが……邪神様の外見的特徴は魔族で蒼いオーラを放つ女性で間違いないでしょうか?」
『俺はそんな感じで聞いてるな。 それがどうした?』
「実はレムナントに向かう途中に、馬車がいたので捕まえて偽装し侵入しようと思い、ワイルドドッグを使って襲ったのですが魔族の女に返り討ちにあいました。 見た事のない女の魔族で……蒼いオーラを纏い、いくつもの触手を操ってワイルドドッグを殺害してのけました。 千里眼で離れて観察していたのでこちらに気付かれてはいませんが……その邪神様の特徴といくつか符号するので取り急ぎ確認をと思いまして」
『…………まじかよ。 勝手に顕現してたのか?』
レイブンという魔族の男性の予想外の報告に喜びと、驚愕の声をあげる。
『そいつぁ……まだ本物と確定したわけじゃねぇからな。 ……取りあえず観察だけはしっかりと続けろ。 最初に任せた英雄と使い魔は後回しだ』
「了解しました。 他の幹部の方々には内緒の方向でよろしいでしょうか?」
『勿論だ。 何かあったらいつでもいえ。 それが本当に邪神様だった場合は何が何でもこっちに来てもらう必要があるからな。 いざとなったらお前の転移術で邪神様ごとこっちにこい。 くっくっくっく。 こいつぁ大手柄だぜ』
他の者を出し抜けると喜びの声をあげるグラネス。
これがもし事実なら自分が邪神に先に取り入って、どの幹部よりも上の地位につく事も出来る。
そう考えるだけでグラネスの心は暗い愉悦で満たされる。
「了解しました。 では引き続き観察を継続します」
『おぅ、頼んだぞ』
通信を切りレイブンは思う。
まだ伝えはしなかったが、あの女が邪神であった場合人間の味方をしているのは何故なのか。
もし弱みを握られているのであれば、その問題も解決しなくてはならない。
そう考えるレイブンは気付かれないように最大限に配慮しながら、観察を継続するのだった。
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