第六十二話


 時間は遡りミソラの報酬盗難事件の三日前まで戻る。



 「…………たいへん……申し訳ありません」


 目の前で深々と頭を下げるダークエロフ……じゃなくてダークエルフの女性。

 森でガチムチさんを怒っていた美人さんで名前をキリネアさんというらしい。

 そんなキリネアさんがなぜ謝罪しているのか。


 「ふはははははは! まぁそう気にするでない! 我は楽しんでおるぞ!」


 「ほんっと! やめてよ! 田舎者みたいじゃない!」


 リリアと俺はイレーヌさんから報酬を渡したいという知らせを受けて来たのだが、なぜかガチムチさんとキリネアさんもいたのだ。

 キリネアさんはまだ常識人だからいいが、あの筋肉さんはなぜついてきたのか。

 そしてなぜ上半身裸なのか。

 なぜダブルバイセップスのようなポーズで噴水の前にいるのか。


 色々と疑問はつきないが、イレーヌさんは恥ずかしそうにガチムチさんを何とか止めようと頑張り、諦めたキリネアさんはこちらに真っ先に謝罪に来た。

 その謝罪はいったい何に対してなのか分からないが、取りあえず謝罪は受け取っておこうと思う。


 「ゼクトさん! じゃあ私は買い物してきますね! 楽しんできてください!」


 「……待ちましょうかご主人様。 何を良い笑顔で逃げようとしているんですか?」


 いつもよりも五割増しに輝いている笑顔なのに、全力で逃げようとするのが分かる声で去ろうとしているため容赦なく捕まえて元に戻す。


 「な、何するんですかゼクトさん! 私には買い物という重要な任務があるんです! ゼクトさんは折角なので楽しんできてくださいよ!」


 「ほほう。 ちなみに何を購入されるのですか? 筆記用具や授業に使う道具なら一式購入してありますので問題ないですよ? それに服も以前購入したばかりですし、今のところ緊急性の高いものはなかったと把握していますが」


 「……くぅぅぅ、こんな所でゼクトさんの有能さが邪魔をするなんて!」


 おい、今邪魔っていったよこの子。

 有能さが邪魔ってはじめて聞いたけど、何それ怖い。


 「ふはははは! リリア嬢よ! 忙しいなら構わぬぞ! 我はゼクト殿とそこな小娘共と観光してくるからな!」


 「本当ですか!? 分かりました! 大変心苦しいですが、緊急なんで行きますね! じゃっ!」


 ガチムチさんが言うか早いか、構わぬぞと言った瞬間には動き始めていたリリア。

 ……帰ったらお仕置きしてやる。

 心の嫌がらせメモにしっかりと記載して、一つ溜息をつく。

 こうなった以上逃げられないのだし、諦めるしかない。


 「いやもう本当……すいません」

 

 「いいんですよキリネアさん。 貴女は悪くありませんよ。 むしろアレ……じゃなくてガチムチさんの御付きをしているだけでも貴女はとても立派だ。 今日はなるべくキリネアさんも一緒に楽しみましょう」


 「ぅぅぅぅぅぅ……そんな事言われたの初めてです。 なんだか少し頑張れそうな気がしてきました」


 ちょろいな。

 じゃなくて、こんな事言われるだけで泣くとか相当追い詰められていたんじゃなかろうか。

 イレーヌさんはまだガチムチさんに恥ずかしい行動をさせまいと頑張っている。

 

 あ、サイドチェストに変わった。

 そんな良い笑顔向けられても困りますはい。


 「……よし、取りあえず観光しましょうか。 ガチムチさん行きますよ」


 「うむ! 今日は多くの者が視線を送ってくるから筋肉たちも喜んでおった」


 すいません。筋肉が喜ぶという表現に何一つ共感できないのでこっちに良い笑顔を向けないでいただきたい。


 「はぁ……。 でも急にきてごめんね。 その……あんた達には世話になったし、迷惑かけたからその……早く御礼しとかないとって思ったから」


 「そう気にしなくてもいいんですけどね。 じゃあ行きましょうか」


 「ふふふ。 私こういう町は初めてなんでちょっと楽しみです」


 「私も町には来た事はあるけど、あんまり観光なんてしたことないかな。 しっかりと案内しなさいよね」


 「ええ、もちろん。 色々とご案内させていただきますよ」


 美形のエルフとダークエルフの女性に挟まれて町を案内か。

 すさまじく良い展開な筈なのに、一輪のラフレシアのせいで両手に花と表現しにくいのが難点だな。


 「ふははははは! 我も楽しみだ!」


 一輪のラフレシア……じゃなくてガチムチさんは楽しそうに笑いながらついてくる。

 できれば上に何か羽織ってくれないだろうかとつくづく思う。


 そんなこんなで楽しい楽しいレムナント観光を始めたのだった。










 その頃、とある一つの馬車がレムナントに向けて疾走していた。

 魔物を引き寄せる可能性もあるので普通は馬車はもっとゆっくりと走るのだが、この馬車においては襲われても心配がないため普通の馬車の二倍以上の速度で走っていた。


 しかも馬にはオートヒーリングと、身体能力向上に加え敵を恐れないように恐怖を抑える魔法まで使用してある。

 そんなある意味で超強化された馬はその能力を発揮してひたすらに走り続けている。


 「ありあ様もるりあ様もゆれはだいじょーぶ?」


 「うふふふ。 このくらいなら全然大丈夫です」


 「私もだいじょーぶ! ちょっと楽しいくらいかな!」


 ミソラが御者を務める馬車は、馬が元気に走る分よく揺れる。

 車輪に触手を巻き付かせて切り離し、クッションの役割をさせているため比較的ましではあるが、もしなかったなら馬車の中は大変な事になっていただろう。


 そもそもなぜミソラが二人を馬車で運んでいるのか。

 それは夏期休暇に入る前の保護者面談というものがあるらしく、一応名義上はアリアがリリアの保護者ということになるためアリアを迎えに来ていた。

 それならルリアにレムナントを見せてやりたいというアリアの希望とルリアのお願いもあり、二人が来ることになったのだ。



 「それにしてもふたりにあうのはひさしぶりだけど……かわってないね」


 「うふふふふ。 ミソラさんも相変わらずとても可愛いですよ」


 「私はちょっとは成長してるよ! 身長もちょっとだけ伸びた!」


 そう元気に答えるルリアに珍しく優しい笑みを浮かべるミソラ。 

 微笑ましいものを見たからとも思えるが実際は少し違う。


 (わたしとますたーのこどももこんなかんじにかわいいといいな)

 

 少しばかり飛躍した感想を抱きつつ、ルリアに自分の将来の子供の理想を見て笑っているのである。

 そんな事は知らない二人は初めて見るミソラの笑顔の愛らしさに一瞬ハートを撃ち抜かれそうになっていた。


 「あ、あああ、アリアお姉ちゃん! ミソラお姉ちゃん笑った! な、なんだかすごくかわいかったよ!」


 「え、ええ……。 ミソラさんの笑顔の破壊力は恐ろしいわね……。 リリアはちゃんと頑張っているのか心配になるわね」



 リリアがきちんとゼクトをものにするために積極的になれているのか急に不安になるアリア。

 そんなアリアの不安を余所に、馬車に向かってくる魔物がいることにミソラが気付きルリアもまたそれに気付く。


 「ミソラお姉ちゃん! 何か来てるよー!」


 「うん。 るりあ様はそんなにすぐにきづけるなんてゆうしゅう。 あれくらいならもんだいないからだいじょうぶ」


 馬車の後ろから迫ってきているのは八匹のワイルドドッグである。

 疾走する馬車は支援魔法がかけられているとはいえ、キャビンを牽いているうえにこれ以上の加速はレムナントまでを走破する前に馬が潰れてしまう。


 それに対しワイルドドッグはただただ獲物に向かって体力もさほど気にせず、ひたすらに加速するだけでいい。

 やがてワイルドドッグはもう少しでその爪牙の圏内に馬車を捕らえようとしていた。


 「わ、私も攻撃魔法を使いましょうか?」


 「だいじょーぶ。 うちもらしたらぎゃくにめんどうだから、わたしがやる」


 ミソラはそういうと戦闘形態へ移行し、蒼いオーラが漂いはじめる。

 黒く不定形な触手が背中付近のオーラから姿を現し始め、それらは一気に膨張して八本に分かれワイルドドッグを襲う。


 何かが馬車から飛び出した事に警戒したワイルドドッグだが、初動のモーションがほとんどなく伸縮の速度が見た目からは想像もつかない程に速い触手は、その先端を鋭利な形へと変えてそれぞれがワイルドドッグ達を貫いていく。

 全てを一瞬にして一撃で貫いたミソラの技に感動するルリア。

 

 しかし、更に後ろから追加で十匹近いワイルドドッグが近づいてくる事にアリアもミソラも違和感を覚える。


 「ミソラさん……」


 「……畜生共ならこれで戦力差は分かったはず。 それでも向かってくるのは違和感がある。 まぁ……問題ない」


 戦闘状態に移行したことで言葉が流暢に変わったミソラ。

 多少の違和感は感じていたが所詮は犬と歯牙にもかけない美空は、手綱を握り後ろすら振り向かないままさらに触手を展開し、後方から近づいてくるワイルドドッグを一斉に刺し殺す。

 多方面から超速で接近する鋭利な触手を避ける手段などなく、その全てが全身を刺し貫かれ絶命する。


 さらに後方をサーチするミソラは接近するものがない事を確認すると戦闘状態を解除して、鼻歌混じりに前方に意識を戻す。



 「…………ミソラお姉ちゃんってすごいんだね……」


 「……本当にね……」


 強さとしてだけでなく、見た目のインパクトも強烈なミソラの戦闘状態に若干腰が引ける二人。

 実際魔族なので一般人が怖がるのは無理もない事ではある。

 レムナントでは英雄の使い魔として周知されているためミソラが魔族であったとしても、容易に受け入れられているが、実際普通の魔族と人間は共存などありえない。


 「ちょっとこわかったかな?」


 「うぅん! すっごくかっこよかった! 私にも今の使えないかな?」


 「たしかに遠くにあるものを取るのは便利そうね」


 他人の評価など基本的に気にしないミソラだが、やはりアリアとルリアに見られて怖がられたかもと思うミソラだったが、予想外の反応に少しだけ驚く。

 あっさりと受け入れているあたりリリアとそっくりだと思いながら安心したミソラはさきほどよりもさらに柔らかい笑みを浮かべる。


 「……できるかもしれないけど、どこからしょくしゅがはえるかわからない」


 「え?」


 「おしりからでるかもしれないし、むねからでるかもしれないし、ひょっとしらこうとうぶとかかも。 すごいまぬけなえづらになるけど……それでもいい?」


 「お姉ちゃんそれはちょっと嫌かなぁ」


 「でもでも、出し入れ自由なんでしょ? 戦う時だけバーンって出せば格好よくない?」


 「ルリア……お尻からでたらパンツが破れないかしら?」


 「……ん? 脱げばいいんじゃないの?」


 「それだ! るりあ様さすが! それにはきづかなかった!」


 ルリアの言葉に超反応するミソラ。いったい何がそれなのかは分からないが、先ほどまでのふんわりとした優しい笑顔はどこかに行ったようで、今はあくどい笑みを浮かべている。

 非常に残念な子である。


 


 そんな愉快なメンバーは無事にレムナントへ到着する。


 ミソラはある程度の範囲はサーチを行っていたが、そこまで広範囲には広げていなかったため気付かなかった。

 とある男がミソラ達を見つめていた事に。








 


 ※ドキドキ☆ リリア魔改造を楽しみ隊☆



 ゼクト「というわけで始めようと思う」

 店主「すまん。 流石にいきなりすぎてよく分からんぜ」

 ゼクト「タイトル通り、リリア様の魔改造を楽しもうと思って」

 店主「それはいいけど……なぜ俺?」

 ゼクト「今回の目的は……美少女の武器とコスチュームの調和だ!」

 店主「……つまり紳士の仕事だな。 まかせろ」

 ゼクト「さすが紳士だな。 これだけで分かってくれるなんて」

 店主「よせやい。 相棒だろ?」

 ゼクト「あぁ。 じゃあ早速今回考えている武器なんだが……これだ!」

 店主「なんだこれ? 初めて見るが……というか武器なのかこれ?」

 ゼクト「勿論さ。 これは遠距離から一方的に敵を撃ち殺すものでな。 そうだなちょっと実験するとこんな感じだ」

 火竜「!?」

 店主「すげぇ! 火竜の腹にでかい穴が開いたぞ!?」

 ゼクト「これは対物ライフル……リベラルファンタジアではハートブレイカーと呼ばれる武器だ」

 店主「ハートブレイカーか。 妙な名前だな」

 ゼクト「コンセプトは『これでどんなに分厚い盾も装甲もぶち抜くぞ☆ 君の閉ざされた心の壁もぶち抜いてあげる☆』だそうだ」

 店主「正直真面目さが一ミリも伝わらない武器だが、強いのだけは分かった。 つまりこれに合う素敵な紳士コスチュームを開発するんだな」

 ゼクト「そうです。 ちなみに使うのはリリア様だけなので比較的分かりやすいかと」

 店主「ふぅーむ。 動き回って使うよりも遠距離からバンバン使うのがメインだろうから……スカート系のヒラヒラは止めたほうがいいな」

 ゼクト「ほほぅ。 というと」

 店主「スカートってのは動いたときにふわりと広がるその動きがあるからこそ良いんだ。 スカート履いててもまったくヒラヒラしないなんて邪道だろう?」

 ゼクト「たしかに! それは盲点だった!」

 店主「これならいっそ格好いい系統の服の方がいいな。 ……近衛騎士達が着る式典用制服なんかを改造してみるのもいいかもな。 リリア嬢はエロ……失礼、魅惑的な体系をしているからぴちっとした服もよく似合いそうだ」

 ゼクト「…………やはり店主に依頼して良かった。 制作資金として純金貨十枚渡す。 最高の物を仕上げて欲しい。 余った金は好きに使ってくれ」

 店主「まかせろ。 だが余った金は次の紳士御用達の服に回させてもらうぜ。 ……もちろんあんたに最初に渡すためにな」

 ゼクト「……店主……。 あんたやっぱり最高の紳士だ」



 二人の仲は深まり、そしてリリアの嬉し恥ずかしコスチュームが作られていくのだった。

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