第六十一話


 早朝のレムナント。

 日が昇り始めるもまだまだ薄暗いその時間でも仕事を始める者達は多い。

 店舗経営者であれば店の準備を行い、農業や畜産関係者であれば畑の手入れや家畜の世話などなど。


 そんな早朝に一人の少年が手紙の配達の為にレムナントを走り回っていた。

 少年の名前はアリン。

 冒険者の父親を亡くし、母と二人で生活をする少年は今日も日銭を稼ぐために元気にレムナントの町を駆け回る。

 十四歳になる彼は来年に王立学園に入学する予定で、少しでも母親の負担を減らすために手紙を配達する仕事を続けていた。

  

 手紙を届けるという仕事のおかげでレムナントの町の地理もしっかりと把握しており、また各家庭に手紙を届けるため知り合いも多く、子供ながら頑張る彼に好感を抱く者も多かった。


 そんな彼には王立学園でどうしても感謝を伝えたい人がいた。


 火竜が襲来し、襲われた時にもう少しで死にそうになっていた彼を救ってくれた大英雄とその使い魔である。


 叶うならば英雄達と楽しい学園生活を過ごしてみたい、友人になりたいという思いを胸に日々を過ごしていた。



 そんなアリンが冒険者ギルドに手紙を届けに向かうと、一人の顔を隠した男性が大きめの袋を抱えてギルドから急いで出ていく姿が見えた。

 薄い金髪に右手の甲に炎のような紋様が浮かんでいるのが見え、一瞬だけその男性と目が合ったアリンは何かあったのだろうかと思いながらも手紙がまだ残っているため気にはなったが配達を続けるのだった。




 



 

 レムナントの冒険者ギルド支部のマスターであるゴルドアは、増加する人口に合わせて増える依頼の多さに嬉しい悲鳴を上げつつ、書類を次々と処理していた。

 荷物の運送の護衛や資材の調達、開拓のための調査など多岐に渡る依頼が押し寄せ、それを依頼として冒険者達にまわし、難しそうな依頼は信頼のおける者達に依頼するなど多忙な日々を送っていた。


 それもこれもリリア達一行の御蔭で、喜ぶべきかはたまた休暇の無い状況にされた事を恨むべきかと悩ましい所だ。


 そんな忙しくも充実しているゴルドアがそろそろ昼の休憩を取ろうかと、背伸びをしていた時。

 彼の元にドアを文字通り蹴破ってターシャが侵入してきた。

 普段はもっとお淑やかな行動を取る彼女が、恐怖とも怒りとも絶望ともつかない表情で慌ててゴルドアの机を叩く。


 「な、なんだ? どうしたターシャ? ドアを蹴破るなんて意外とたくましいのだな」


 「そ、そそそそそそ、そんな冗談を言っている場合ではありません! き、きき、ききき緊急事態です! 本気で洒落にならない事態なんですよ! あぁぁぁぁぁどうしよう!? 私どうなるの!?」


 普段から冒険者を相手に気丈にふるまう彼女が、ここまで取り乱す事は珍しくそんな様子にゴルドアは一体何事かと表情を引き締める。


 「落ち着け! 一体何があった?」


 表情は変わらず、そわそわとしながらもターシャはどうにか深呼吸をしてゴルドアを見つめる。

 緊張から声が上ずりそうになるのを必死に押さえたターシャは何とか言葉を絞り出す。


 「み、み……ミソラ様への支払いのお金が……盗まれ……ているみたい……です」


 「…………ほぁ?」


 ミソラが怪我人やそれによって死んでしまった人を蘇生させて稼いだお金。

 ミソラは破格の安さでそれらを行っているが、それでも全てを合わせるとかなりの額になる。

 普段は一週間に一回の間隔でミソラが受け取り、それをゼクトかリリアの冒険者カードにストレージさせていたのだ。

 今日で丁度一週間になり、相当額が貯まっていたそれは金庫に保管されていたのだが盗まれた。


 その予想外の言葉に、ゴルドアは普段の彼からは想像も出来ないような間抜けな声とも吐息ともとれるようなものが口から漏れる。



 「や、ヤバイ……ですよね。 …………一応、金額は記録してありますけど……」


 「……よし、ちょっと私は今日は依頼でも受けるか。 いやぁ忙しいからなぁ」


 「現実逃避して逃げないでくださいよ!? 私は絶対に対応したくないですからね!?」


 金額の設定から何から任せてくれているミソラの信頼を裏切るようなその出来事。

 一体ミソラからどんな言葉をかけられるのか、どんなお怒りが来るのかという事を考えると、二人は一瞬にして胃に穴が開くのではないかという状況だった。


 「ど、どうしましょう? いっそ無かったことにしてギルドから支払いますか?」


 「…………ちなみに幾らだ? たしか先週の中頃に結構な人数を治療していただろう?」


 「金貨二百五十枚程です。 ただ盗んでいった者は金庫の中身の他の分にも少し手を付けていて、純金貨も五十枚程持っていかれています」


 「……なんて奴だ……。 いや、それよりもどうやってあの金庫を破った。 アダマス製で衝撃にも斬撃にも強く魔法にもかなりの抵抗力のある金庫だぞ……。 そうそう破れるものではないのだが……」


 その堅固な金庫であったからこそ安心して保管出来ていたのだが破られてしまった事や、これから来るであろうミソラ達にどう対応するか……考えるべき事が次から次へと出てくる。

 更に言えば盗難されてしまったという事が知られるのは、ギルドにとってもマイナスイメージとなり信用を損なうのは間違いのない事だ。


 「…………いや、ここで虚偽を語るのは更に信頼を失うか……。 まずはミソラ殿に謝罪を行い、その上で補償を行おう。 私のストレージに金貨二百五十枚程度ならある。 私が謝罪している間にターシャは兵士に盗難があった事を連絡して情報収集にあたってくれ。 これはこのレムナント支部の存続がかかった問題だ」


 「分かりました! 周辺住民にも何か不審な事がなかったか確認しておきます!」


 ターシャはすぐに走り出し、一階で現状をギルド員にミソラが来た場合はすぐギルドマスターの部屋へ通すように伝えギルドを出る。


 「……私の管理が甘かったという事もあるが……随分と舐められたものだ。 …………犯人には死ぬほど後悔させやる」


 普段の長としての顔ではなく戦士としての怒りの表情を滲ませたゴルドア。

 犯人への怒りを胸に今後の行動を考え、対応策を練っていくのだった。









 アリンは朝の手紙の配達を終え、疲れた身体を癒すためにレムナントの中央付近にある公園で体を休めていた。

 この公園は昔は無かったのだが、火竜が襲撃した際に壊された場所を整地しなおして新たにつくられた公園である。

 ちなみにこの公園はリリアの功績も称えるという意味もありヴィスコール中央公園と呼ばれている。


 余談だが本人は恥ずかしさのあまりここには基本的に近寄らない。


 この公園は花壇の花が実に美しく、子供の遊び場としてだけでなく若いカップルや高齢な方の憩いの場としても人気のある場所である。

 近いうちにリリアの像を建てる計画もあがっている。


 「はぁ……いつか僕も英雄の隣に立てるくらい強くなってみたいなぁ……」


 この公園に来ると少年は火竜が襲ってきた時の事を思い出す。

 絶対に立ち向かえないと感じてしまう程の絶望的な火竜の存在。

 尾で胴体を引き千切られ、もう死ぬかと諦めそうになった時に現れた英雄達。


 そんな英雄達の事を思い出せるこの場所は少年にとって何よりも大切な場所となっている。

 

 とはいえ少年はその時のことはほとんどうろ覚えで英雄や使い魔の事はほとんど覚えておらず、自分を助け起こしてくれたのが青い髪の女性だったという事だけである。


 そんな事に思いをはせていると、公園の入り口から一組の夫婦と子供が入って来たのがアリンの目に留まる。


 「うっわぁ……すっごい美人。 それに男の人も格好いいなぁ。 ……夫婦と子供かな? 子供にしては大きい気もするけど」


 男性は整った顔立ちをしており執事服のようなものを着ていて、世のお嬢様が喜びそうだとアリンは思う。

 妻に見える女性は麦わら帽子をかぶっており、長い蒼銀の髪に整ったスタイルの持ち主で緑色のワンピースがよく似合っていた。優しそうな雰囲気に素敵な笑顔を浮かべて男性を見る姿はまさに幸せの絶頂といった様子だ。

 その間に挟まれた少女は母親譲りのような蒼銀の髪でこちらも可愛らしい少女だ。白いシャツにピンクのスカートが実によく似合っており、男性と女性の間で手をつないでいる仲睦まじい姿に彼等を見る人達からは微笑ましい視線が送られていた。


 理想的なまでに綺麗な家族の光景を見て一瞬寂しさを感じたアリンだが、すぐに気を取り直して再び仕事のために動き出す。


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