第五十九話


 ガチムチさんという面白……素敵なダークエルフと一緒に御神体があるという場所に向かうと、奥に質素な村には似つかわしくない何とも奇妙な祠がある。

 規模はそう大きくないが、異様な雰囲気がありその祠の中にこれまた似つかわしくない像がある。


 ……何というか……きもい。

 

 悪魔を象っているのかもしれないが、丸々とした巨体の腹部に大きな口があり、頭部はつぶれた豚のようで片翼がある。両手には武器があり、左手には槍をもち右手には戦斧を持っている。

 

 ディティールには凝っているようだが……きもい。


 「あの悪趣味な像がそうなんですか?」


 「うむ、間違いない! なんど見ても気持ち悪い像だな!」


 「まったくですね。 あれを贈り物にするとかネタでも躊躇うレベルの気持ち悪さですね」


 「やはりヒトから見てもそう思うか。 これを持って来た魔族の頭の中身はきっと腐っているのだろう」


 「腐っていたとしても思考する能力があればこれが贈り物になるかどうかぐらい分かりそうですけどね」


 「確かに。 もしかしたらその魔族には頭が無かったのかもしれんな!」


 『キサマライイタイホウダイイイスギダー!』


 ガチムチさんと忌憚のない意見を交わしていると、物体Xが喋ったキモイ。

 お腹の部分の口が頑張って言葉を発しているようだキモイ。

 俺だけでなくリリアもダークエルフの人達も眉をしかめている。


 『エルフドモ! コイツラヲコロセ!』


 その掛け声を合図に村の家々から正気を失った目をしたエルフ達が一斉に弓を構え、矢を飛ばしてきた。

 

 「ふんふんふん! この程度造作もない! ゼクト殿にリリア殿は大丈夫……そうだな!」


 ガチムチさんは手甲で全て殴って矢を叩き落としていた。

 普通にすごい事だよな。風属性の魔法で加速と貫通力の向上をさせてある矢を余裕で叩き落としている。

 こちらも矢が間合いに入った時点で全て叩き落としているので問題はない。


 「む……陽動が引き付けていたエルフも戻ってきおったか……さすがに処理しきれぬか」


 ガチムチさんがそう言うと、奥から確かにイレーヌさんが十人近くを引き連れて戻って来た。

 みんな完全武装状態である。


 『フフフフフフ、ケイセイギャクテントイウヤツダ! シヌガイイ!』


 「あんたたち! 何でダークエルフと一緒にいるのよ! 私が雇ったんだから私に従いなさいよ!」


 勝ち誇ったようなキモイ像は無視するとして。

 イレーヌさんさっき俺達おいていきましたやん。

 流石に知らない土地でむやみやたらと動きたくないです。


 「その前にダークエルフの方々とは話をさせる、という約束だったはずですがどうして先に行ってしまわれたのですか? 先に約束を反故にしたのはイレーヌさんですよ?」


 「約……束……あれ? そうだ、私……約束があるって……言ったのに……アレ?」

 

 意識が混濁しているのか頭を抱えてうずくまるイレーヌさん。

 んーやっぱりそっちの気持ち悪い何かが悪さをしているのだろうかキモイ。


 「ふむ。 そこの気持ち悪い物体Xさんがどうも怪しすぎていけないんですよね。 ちょっと調べますね」


 近寄りたくもないし、触りたくもないが原因かどうかはちゃんと調べないとな。

 一歩踏み出した時点で一斉に矢が飛んできた。

 邪魔なので全部叩き落として更に近づくと、今度は最初に会ったイケメン二人も突っ込んできた。


 「大人しくしていなさい」


 縛縄符を貼り付けて動きを奪い、更に接近してきた全員に貼り付ける。

 正直どれだけ向かって来ようと全員動けないようにするだけなので問題はない。


 『…………ジュツシカ。 ヤッカイナ。 マァイイココデノマリョクハアツメオワッタ。 キサマナドワタシノテデコロシテクレルワ!』


 物体Xは身の危険を察知したのか、黒い霧に包まれたかと思うとキモイ像がそのままの姿で大きくなって出てきたヤダキモイ。

 腹の口からは涎も滴っているし、つぶれた顔もアップになったおかげで乱杭歯の隙間までしっかり観察出来てしまうキモイ。

 取りあえず動きを止めてみようと思い縛縄符を飛ばしてみると、予想外な事に何か障壁のようなものに弾かれた。


 『ふふふふふ無駄だ。 この姿になった私にその手の魔法は効かぬぞ!』


 「ほほう。 斬撃は効くみたいですね」


 『何を言って……あれ?』


 符が弾かれたので取りあえず一閃してみたが、腕は余裕で切断できた。

 面白い相手かとも思ったが雑魚か。これで斬撃や物理耐性でも持っていたらその耐性の上から本気で切り刻めて楽しそうだったのに。


 「まぁこの世界で初めて縛縄符を防いだんだから誇って良いですよ。 私も冥途の土産に面白いものを見せてあげますよ。 見えないかもしれませんが」


 『ぬぅあああああ! 調子に乗るな人間風情がぁ!』


 右手の戦斧を振り上げ叩きつけるように振り下ろす。

 巨体に見合う中々の膂力のようで地面を砕き、凄まじい衝撃波だ。


 「一瞬だから見逃すなよ?」


 『なっ!? 止めたのか!?』


 残念。ちゃんと避けただけだよ。蟻さん達を練習台にして発動を確認しておいて良かった。

 回避し無敵時間が発動した直後に静の世界を発動し、神速符を連鎖発動させる。

 超スローモーションになったその世界で更にスキルを発動する。


 「伍の太刀 疾風はやて


 一瞬で抜刀し横薙ぎに両断した後、追撃に時間の引き延ばされた世界で刀を振るう。

 二十にも及ぶ斬撃が魔族を刻み、納刀と同時に静の世界と神速符の発動を止める。


 『何……を?』


 納刀の軽やかな音と共に斬撃による切断が魔族の全身に及び、肉片へと変わる。


 「残念。 ゆっくり眠れ」


 最後に紅蓮で肉片を全て灰にして完了。

 実に素早い処理だったと思う。

 魔族が消えた事で洗脳というべきか暗示というべきか、その影響が消えたようでエルフ達は正気を取り戻し始めている。

 ダークエルフの女性陣やガチムチさん以外の連中がその介抱に動き出した。

 それに合わせて縛縄符も解除して動けるようにしておく。


 リリアも離れて見ていたが、物体Xが完全に燃え尽きたのを確認すると近寄って来た。

 

 「ゼクトさん、さっきの何したんですか!?」


 「ん? さっきのと言いますと?」


 「あの気持ち悪いのが攻撃したあと、ゼクトさんの武器が鳴ったらそれだけで気持ち悪いのがバラバラになりましたよ!?」

 

 リリアさん……二回も言うなんて相当に気持ち悪いと思ったんだな。

 

 「ああ。 まぁ特殊なスキルですね。 さっさと片付けたい時には役に立つんですよ」


 「……ゼクトさんってびっくり箱みたいですね。 一体どれだけ技をもってるんですか」


 「内緒です」


 「むぅぅぅぅ。 教えてくださいよー」


 うむ、その反応が可愛いから絶対に教えません。

 実際他のクラスも含めたら相当なスキル数だしな。面倒くさい。

 ガチムチさんはどうやらイレーヌさんと知り合いなのか何やら話している。

 イレーヌさんにはここに来る時に見たような怒りの表情もないし、どうやら意識もしっかりしてきているようだ。



 「でもなんで魔族はここを狙ったんですかね?」


 「なんででしょうね。 ここでの魔力は溜まったとか言っていましたし、それと何か関係あるんでしょうかね」


 「謎ですねー」


 真剣な表情で悩んでいるつもりなのかもしれないけど、正直リリアがそういう考え込む姿をしてもあんまり真剣味を感じないんだけども。ただただ可愛らしいだけです。


 「……ごめんね。 ……なんだか私……あんたたちに迷惑かけちゃって……」


 「気にしないでいいですよ。 意識はハッキリしてきましたか?」


 「うん。 ガーチさんたちにも迷惑かけちゃったね」


 「ふふん。 そう気にするでない。 我らダークエルフ一同誰も気にはしておらんよ」


 そう言うガーチさんの言葉に少し照れ臭そうに笑うイレーヌさん。

 操られていたとはいえ記憶は残ってるみたいだし、どう折り合いをつけていくかだな。

 自分達がした事が悪いと思ったのなら後は改善あるのみだ。


 「そもそもなぜ魔族があの像を置いていったんですか?」


 「あれは魔族がいつの間にかおいていった物なんだ。 私達もよく分からないけど、あの像が私達から少しずつ魔力を吸ってどこかに送っているのだけは覚えてる」


 「魔力を送る?」


 意味は分からないけど、あんまり面白い事では無さそうだな。

 そんな事をしていったいどういう意味があるのだろうか。


 「……まぁ考えても分からんものは仕方ない! 今日はお主等が助かった事を祝わねばな!」


 「ガーチさん! あんまりはしゃいでばかりいると族長にいいつけますからね!」


 「…………ガーチしょんぼり」


 最後の最後にもの凄い情けない姿見せていったなガチムチさん。

 っていうかガーチさん族長じゃなかったんだ。

 あの雰囲気だと普通に族長もやってそ……あ、いやあんな脳筋そうな族長はみんな嫌だよな。


 「さて……じゃあイレーヌさん。 依頼はこれで完了でよろしいですか?」


 「あ、うん。 ……なんだか本当に迷惑かけたわね。 でも……助かった。 私達が元気になったら遊びに来てよね! そっちのリリアさんも!」


 「あ、はい! 正直私本当に何にもしてないですけど」


 確かに……。 でもリリアがキンゾ・クバットでエルフさん達を殴ってたら大変な事になってただろうし、そこは仕方ない。


 「私はリリア様の使い魔なのですから、私の功績は全てリリア様のものですよ」


 「あんまり胸をはってそんな事は言えないですよぅ」

 

 別に気にしなくてもいいんだけどな。まぁそれでリリアが威張りだしたらちょっと引くけど。


 「あんたたちって……恋人同士なの?」


 「ふぇ!? え、いえ、その……今は違いますけど……」


 「似たようなものですけどね」


 「ぜ、ぜぜぜゼクトさん!? 何言ってるんですか!?」


 こうやってからかうのも楽しいけど、そろそろリリアの気持ちを遊びすぎるのも不謹慎だな。

 きちんとそこら辺も話しておかないとな。


 「まったく……。 今度またレムナントに報酬は持っていくよ」


 「いえ、別にいりませんよ? そんな大した事をしたわけでもないですし」


 「レムナントに遊びに行く口実も含めてよ。 ありがたく貰っておきなさい」


 むぅ。そう言われると断りづらいのだけども。

 もとはと言えば俺が悪い部分がありますし。

 

 「……分かりました。 じゃあ、今度来た時に美味しい店でもご紹介しますよ」


 「あ、それは嬉しいかな。 楽しみにしてる」


 あれだな。イレーヌさんの表情はダークエルフに対する憎しみというか怒りが消えたからか笑顔が随分とスッキリとして見えるな。

 やはり女性は笑顔が一番だ。


 もうやる事もないのでエルフやダークエルフに帰る事を告げると、御礼に宴会をしたいとの事で断ろうとも思ったが日も落ち始めていたので参加する事になった。


 ダークエルフ達はエルフ達が正気を取り戻しやっと元の関係に戻れた事を喜び、またエルフ達も魔族の洗脳から解放され、傷つけてしまったダークエルフ達と再びこうして語り合う事が出来るようになった事を喜んでいた。


 「うむ。 やはり我ら森の眷属はいがみ合うよりもこうして酒を交わす方がよいな」


 既に出来上がっているガチムチさんが隣でどんどん酒を浴びるように飲んでいる。 

 別に飲むのは構わないんだが、酒に呑まれるような事は勘弁してほしいな。

 すでに一人介抱しないといけない相手がいるんだから。

 

 「んふぇふぇふぇ……ゼクトしゃんがいっぱいでしゅよぉ~」


 「リリア様……なんでいつも弱いのに飲むんですか?」


 「しょこにおしゃけがあるからでしゅ!」


 登山家のそこに山があるから見たいに言わないでおくれ。登山家に失礼です。

 しかしこの酔っ払いは血統なのかな?

 もしアリアやルリアもこのパターンならヴィスコール姉妹にはお酒禁止令を出す事も考えないといけないな。


 「あーゼクトしゃんいまわたしのことばかにしたでしょー」


 「気のせいです。 それよりももう部屋に戻りますよ」


 「じゃあおひめさまみたいにおねがい!」


 …………後でデコピンの刑に処してやろうか。

 いまならきっと笑って許してくれる気もするぞ。

 酒の席を中座する事を謝りつつ、泊めてもらう部屋に向かう。

 正直かなり質素です。まぁベッドがあるだけマシなんだけど。


 リリアを横たえようとすると手を離さないので、結局一緒にそのまま横になる形になった。

 無理矢理剥がそうかとも思ったが、どうも様子がおかしい。


 「どうした? もう早めに寝たほうがいいぞ?」


 「ぜくとしゃんはー、もーうちょっとはっきりわたしにいってくれていいんでしゅよ?」


 「ん? 何を?」


 「ぶー。 ほらまたそうやってー。 わたしはぜくとしゃんがしゅきー。 ぜくとしゃんはー?」


 どうやらそこら辺が気になっていたのかな。

 まぁ返答は誤魔化し誤魔化ししてたもんな。


 「………………俺もリリアの事が好きだよ」


 「んふふふふー! もういっかいです、もういっかい!」


 「調子に乗るな」


 「あう! ひどいですぅ!」


 ちょっと今回は泥酔が酷いのでデコピンで黙らせる。

 面倒なのでしっかりと抱き寄せて頭を撫でていると、すぐに寝息が聞こえ始めた。


 ……この酒癖は本当に改善させないと、大変な事になりそうだな。

 物体Xを倒すよりも正直泥酔リリアを相手にする方が万倍疲れる。

 そう強く実感する夜だった。

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