第五十八話


 リリアが金属バ……じゃなくてキンゾ・クバットで危ない蜂さんを素敵に撲殺した翌日。

 思い出した事があったので、ホームのアイテムボックスのコンソールを開く。


 「結局あの蟻のくれたものは何なのか」


 コンソールを操作して専用の倉庫に琥珀色の球体状の何かをぶち込んでみる。

 さて一体どんな物なのか……。


 『サタネルアントの秘宝の一つ。 正式名称はなし。 食べると魔力の自然吸収量が大幅に増大する。 人間なら魔法はほぼ撃ち放題! 君もこれで人間砲台に変身だ! なお食べると非常に硬くて不味い上に五日間は便秘になります』


 …………このふざけた感じのフレーバーテキストがいかにもリベラルファンタジアを思い出させるけど、この世界は実はゲームでしたとか言わないよな?

 ただこのコンソールがふざけてるだけだよな?

 五日間便秘とかどうでもいいわ!

 あ、いや便秘になった事ないから辛さは分からないけども。


 サタネルアントとかいう格好いい感じの名前のインパクトが便秘のせいで二秒で消し飛んだわ。


 「しかし魔法は撃ち放題か。 …………使い道がないな」


 リリアに詳細を説明したとして食べてくれるだろうか?

 多分断られる。

 アカネやミソラに関してはそもそもそんな物自体が必要ない。

 銀のメンバーは基本的に前衛タイプだったり暗殺タイプだったりで、そもそも魔法をそんなに使わない。


 セイン辺りはどうだろうか?

 一応魔法メインとか言っていたような気もするし、あの変態なら多少の腹痛も余裕で超えそうな気がする。

 

 「……今度ケーキでも作って混ぜ込むか。 不味いみたいだし」


 使用方法は分かったが、正直こんなもの要らなかったかもな……。

 あ、いやそんな事言ったらサタネルアントに失礼だな。

 それにしても格好いいなサタネルアント。


 『ゼクトさーん? いま大丈夫ですか?』


 「ん? あぁ大丈夫」


 『冒険者ギルドに私とゼクトさんへの指名依頼が来てるみたいなんです』


 「リリアと……俺も?」


 『そうみたいです。 いま急ぎでギルドから使いの方がこられて、すぐに来て欲しいとの事でした』


 「なんだろう? じゃあ一緒に行こうか」


 『はい! 待ってますね!』


 最近リリアが明るくなってきた気がするなぁ。

 何かいいことでもあったのか、妙にスッキリしている。

 悩み事でも解決したのかな……便秘とか?

 

 






 急ぎという事だったけど、取りあえずリリアとのんびり露店を覗きながらギルドへと向かった。

 最近人が増えて流通がよくなっているからか商品も面白い物が多くてついつい立ち寄ってしまう。

 まったく急ぎだと言うのに魅惑しおって。


 「あっ!? あんたねぇ! 待たせすぎよ!」


 ギルドの扉を開けるとフードをかぶった華奢な女がいきなりお怒り状態で出迎えてくれた。

 はて、どちら様だろうか?

 リリアの方を見ると、リリアも分からないと首をふる。


 「……どちら様でしょうか?」


 「んなっ! 忘れたとは言わせないわよ!? あんなに私達の事を弄んでおいて!」


 女がそう言った瞬間にギルド内の空気が一瞬にして凍り付いた。

 そしてなぜか冷たい視線が俺に飛んでくる。

 隣からは地獄の冷気のような気配まで伝わってきますよ、なぜでしょう?

 女がフードを外すと、出てきたのはいつだったか俺が交通事故みたいな事をしてしまったエルフさんが現れた。


 「あー。 イレーヌ様でしたか。 取りあえず……」


 「なによ? あ痛っ! な、何するのよ!?」

 

 当たり前だ阿呆が。拳骨で済ませただけありがたく思え。

 身に覚えのない冤罪で針の筵に座らされた気分だわ。


 「……ゼクトさん。 この人……というか私達って言ってたからエルフの人達を弄んだんですか? 性的に? 言ってくれれば私もミソラさんやアカネさんだっていつでも良いんですよ!? むしろばっちこいですよ!? まさかゼクトさん貧乳派だったんですか!? おっぱい切り落としたほうがいいんですって痛い!」


 「はいはいヒートアップしない。 このエルフさんの言っているのは別の事ですよ。 弄んだっていうのはまぁ……語弊のある言い方ですが、彼女の配下らしき魔物を私がほぼ全滅させたからですよ」


 「……本当ですか?」


 「そうよ。 それ以外にどんな意味があるのよ? っていうかあんたさっき私の事貧乳とか言わなかった?」


 貧乳というワードにえらく反応しているイレーヌさん。

 …………確かにちっちゃ……あ、いや何でもない。


 「き、ききき気のせいですよ?」


 しかしリリアさんや。

 あなたの御蔭で別の意味での冷たい視線が俺に来るんですよ。

 主に男共から視線で人を呪い殺せるんじゃないかというくらいに凄いのが。

 絶対俺の嫌な噂がたつな。間違いない。

 

 「それで……指名の依頼という事でしたが、一体どうされたのですか?」


 「そうだった! あんたが仲間を一杯殺したせいで、森の守りが薄くなったの。 それでダークエルフの連中が私達エルフの森に侵入してきているのよ。 あんたのせいなんだから手伝いなさいよ!」


 へー。ダークエルフなんているんだ。

 やっぱり褐色系なんだろうか。

 このエルフさんの見た目で褐色の美女とか……最高ですやん。


 「手伝うのは構いませんが……エルフとダークエルフって仲が悪いのですか?」


 「あいつらは邪神を受け入れた一族なの。 精霊にとって邪神は敵、だから例え私達と似たような血が流れていたとしてもあいつらは私達の敵なの!」


 ほほう。何というか……どうでもいいな。

 どうでもいいけど出会い頭で真っ二つにしちゃったりした以上、手伝ったほうがいいよな。

 しかしなぁ…………。


 褐色エルフなんてエロい……じゃなくて素敵な種族を全滅させるのはなぁ……勿体ないというか……。


 「どうするんですかゼクトさん?」


 「……まぁ手伝いましょうか」


 「本当!? 約束だからね!?」


 「えぇ。 ただし条件が一つ」


 「……なによ?」


 「取りあえず、最初にダークエルフさんたちとお話をしておきたいなと思いますので私が話している時は手を出さないでくださいね。 交渉不可能と思ったら私が調教……じゃなくてお仕置きしますので」


 手を出さないでと言った辺りで表情を曇らせるが……そんな薄っぺらい理由の抗争に巻き込まれる方の身からすればたまったもんじゃないのです。


 「……分かった」


 しぶしぶといった様子ではあるが、まぁ納得しているようだしいいか。

 ふとリリアの方を見るとジト目でこっちを見ている。


 「なんですかリリア様」


 「別にー。 ただゼクトさんがやけに素直にお願いを聞いてるなーと思っただけですぅー。 相手が美人だったらお願いも聞いちゃうんですかー?」


 めっちゃ棒読みだけど嫉妬しているのがまるわかりだな。

 別にそういう訳でもないんだけど……誤解を解いてご機嫌はよくしておかなければ。

 

 「そういう訳じゃないんですよ。 イレーヌさんには……ちょっと酷い事をしましたので、罪滅ぼしみたいなものです」


 「ひどい事?」


 普通に言うと周りに聞こえてしまうな。

 リリアの耳元に口を寄せてこっそりと教える。


 「彼女を敵だと思って間違えて出会い頭に斬り殺してしまいまして。 一応すぐに処置したのであの通り元気ですけどね」


 「…………うわぁ…………」


 斬り殺したという部分にドン引きしているリリアさん。

 自分が知りたがるから教えてあげたのにそんなドン引きされても。

 いや悪いのは俺なんだけど。


 こうして俺とリリアはエルフの住まう森に向かう事になったのだった。


 




 



 さて、やってきたエルフの住まう森。

 普通に行けば二日はかかる距離だが、イレーヌさんの魔法でひとっ飛びである。

 気分は某竜の冒険の飛んでいく呪文みたいだ。

 森の中を進みながら戦況を話してくれるイレーヌさん。 


 「昨日から村に対して攻撃しては逃げてを繰り返されてて厄介なの」


 「お互い森の眷属ですから、森での戦いはお手の物なんでしょうね」


 「被害は酷いものなんですか?」


 リリアの問いにイレーヌは渋い顔をしている。

 そんなに酷いのだろうか。


 「……あいつら……私達をバカにしているのよ。 今まで犠牲者は出た事はないけど、いつも御神体だけを狙おうとしてるの……。 私達なんか眼中にないとでも言うのかしら」


 「御神体とは?」


 「エルフの森を護ってくださっている精霊様の像よ。 それが私達に加護を与えてくれているの」


 「…………へー」


 「ゼクトさんすごい興味なさそうな返事ですね」


 いや……犠牲者が出た事がないって所と、御神体だけを狙うっていうのが引っかかるなぁ。

 襲う側は守る側よりもアドバンテージが大きい。

 ましてや今回のケースで言うとエルフ側はいつ襲われるか分からないような状況で戦っているんだ。

 ダークエルフ側はその疲弊の隙をついて襲えば、割と楽に全滅させてその御神体を奪えそうな気もするんんだが。

 

 「エルフ側にはかなりお強い方がいらっしゃるのですか? 襲撃を受けても迎撃出来るだけの」


 「……飛びぬけて強い、という者はいない。 ……悔しい事に敵の族長はかなり強いけどね」


 「ん? それなのに御神体は奪われていないのですか?」


 「私達が体を張って食い止めているからね。 相手もそういう時は絶対に深追いはしてこないの」


 自慢気に話しているが、やっぱりどうもしっくりこないな。

 褐色エルフをどうにか出来ないかという思いで最初に話し合いをするように言ったつもりだったが、意外とファインプレーだったかもしれない。


 森を進むこと三十分ほどして何やら霧のようなものを抜けると、そこには小さな集落があった。

 藁によく似た乾燥した植物を屋根とした質素な建物がいくつもあり、そこにはイレーヌさん同様金髪エルフがいる。

 どいつもこいつも美男美女である。

 羨ましい限りだ。そう言えばここのエルフも不老長命とかそんな感じなんだろうか。


 イレーヌさんに案内されながら中に進むと二人の男のエルフが立ちふさがって来た。

 一人は剣を持ち、一人は弓矢を手にしている。

 

 「こいつらは誰だイレーヌ」


 「昨日話したでしょ。 守りの魔物達を倒した奴。 責任を取らせるために手伝わせるの」


 「こいつが? ずいぶんとひ弱そうな奴だな。 とてもモーフィンやドライアドを倒せるようには見えんが」


 おっと喧嘩売ってるのかなこのエルフさん。

 イケメンだからって何を言っても許されると思うなよこの野郎。

 ……渋い感じのイケメンめ……刻んで整形してやろうか。


 「やめなよ。 それよりダークエルフの連中はきたの?」


 「いやまだだ。 だが先ほどから森がざわついている。 もう少ししたら……むっ! 来たぞ!」


 イレーヌさんがイケメンと話していると、イケメンが唐突に動き出した。

 どうやらタイミングよくダークエルフさんが来たようだ。

 イレーヌさんもイケメンも俺とリリアを放り出して行ってしまった。


 「……私達を応援で呼んだのに、私達を連れて行かないのは何でですかね?」


 「…………敵を目の前にしたら興奮して突撃しちゃうタイプなんだよ」


 まるで赤い物を見せられた闘牛さんである。

 

 それはともかく、今からどう行動しようか。

 敵さんの動きはよく分からんがエルフさんたちは何かしら感知して動いているようだし、イレーヌさんを追いかけたほうがいいのかどうか。


 「あ! 見てくださいゼクトさん! ダークエルフっぽい人ですよ!」


 リリアが指を向けた先は木の上で、そこには確かに褐色銀髪の男性が三人と女性が三人いた。

 もっと大人数で攻めてきているかと思ったが……いや、陽動と本命かな?

 にしても一人だけやたらとごつい男がいるな。

 エルフって言ったら線の細いイメージだけど。


 ダークエルフ達もこちらをしっかりと把握しており降りてきた。

 

 「我々の用意した陽動に掛からないとはお主やりおるな。 見ればヒトのようだが一体ここで何をしている?」

 

 一際ごつい奴が見た目通りのごつい声でそう語りかけて来た。

 割と理性的な感じはするな。


 「エルフに村を護るのを手伝って欲しいとの依頼がありましてね。 一応お聞きしますが、一体どういう理由でエルフの村を襲撃されるのですか?」


 「…………ふむ。 話は分かるようだな。 目的はこの森のエルフ達を救うためだ」


 「救う?」


 リリアが首をかしげて聞き返してていた。

 そりゃそうだ。なぜ襲撃する事が救う事になるのだろうか。

 俺もリリアも疑問が表情に出ていたのか、ダークエルフの男は溜息をついて口を開く。


 「奴らとは元々友好関係を築いていたのだ。 それがとある日に魔族の男がこの村に贈り物だといって妙な像を置いていった。 エルフの連中がおかしくなったのはそれからだ。 ……故に! 我らは同胞であるエルフを救う義務があるのだ!」


 自分で話しているうちにだんだんと熱くなってしまったのか、いきなり大声をあげるごつい奴。

 まぁ言いたい事は分かったが……魔族が置いていった御神体か。

 一体どんなものなのか気にはなるな。


 「……本当に救いたいと思っているのであれば、貴方がたに理がありますね。 いいでしょう、一旦その像を調べてみましょう」


 「うむ! お主名は何という?」


 「私は使い魔のゼクトです。 こちらは私の主であるリリア様です」


 「そうか! 我が名はガーチ。 ガーチ・ムーチョである。 親しみを込めてガチムチと呼んでくれ!」


 俺もリリアも自己紹介で名前を聞いて思わず吹き出したのは初めてだった。

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